12.最愛の弟子と結婚する


それから7日後の朝のことだ。



俺とロークは、フィデス先生の教員用準備室に来ていた。



俺達の結婚式をしてくれるという話だったが、準備に時間がかかるということで、今日まで待つことになった。



どうにも、俺とロークが結婚式をすることで、俺達の抱えている問題が解決することまでは分かるのだが、それ以上は準備が忙しいということで、フィデス先生は準備室に籠もってしまった。



だから、俺達も結婚式をすること以上のことは、まだ分からない。




とりあえず、ロークにずっと治癒魔術をかけ続けてもらいながら、先生の部屋の前に来ているというわけだ。




俺がフィデス先生の部屋をノックすると、扉の向こうでガチャガチャと物音がして、先生が出てきた。



「おう、ちゃんと時間通り来たな。


俺たちの世代のクソッタレ連中と違って、そういう所はお前らちゃんとしてるな、感心感心」


フィデス先生は、心底眠そうにしながら言った。

目元にひどいクマが浮かんでいる。



「先生、もしかしてずっと徹夜ですか?」



「……ああ。

機材や魔法陣の準備なんかをしていたら、時間が足りなくてな。


結局、7日間全く寝てねえ。



俺がもっと若い頃は、1ヶ月徹夜しても屁でもなかったんだが、最近はちょっと無理するだけで身体が重くてしょうがねえ」


先生は目をこすり、あくびをしながら言う。



「すいません、俺たちのためにそこまでしていただいて…。


というか、そんなに疲れているなら、いったん休んでからのほうがよくないですか?」


「何言ってんだよ。

このくらい、あとでいくらでも回復できる。



いろんな術式や魔法陣を用意したんだが、いくつかは効果に期限があってな。


今朝にお前らの結婚式の儀式をやっておかないと、効果が切れちまうんだよ」


「それなら、確かに今朝やらないといけないとは思いますが…」


「俺のことは気にしなくて良い。


これからお前ら二人を魔術的に結びつけるんだが、それと同じ縛りを、俺も結んでいてな。


そのおかげで、俺は身体の回復は早いんだよ」



「それって、先生の奥さんと結んだ縛りですか?」



俺は、たまにフィデス先生の側にいる女性の姿を思い出した。


先生の側には、長い銀髪に一本角を生やした、やたら綺麗で長身な女性が現れることがある。


先生とはかなり昔からの付き合いのようで、お互いに何かと言い合いや喧嘩をするとこを見かけていたが、その仲自体は相当に良いように感じていた。


あの人が先生の奥さんなのだろうか?



「まあ、そうだ。


あの疫病神と俺が夫婦ってのは忌々しい話だが、一応、魔術的な縛りから言えば、間違いなく俺の嫁ではある。



昔、色々あってな。

あの変態女と俺は、魔術的な契約によって、魂レベルに繋がっているんだ。


それで、あいつは化け物みたいな魔力を持っていて───というより、あいつ自体がもともと化け物なんだが───そのおかげで、あいつと繫がっている俺も、魔術や呪いを扱う時の精度が格段に上がったり、回復力が高かったり、他のやつより長い期間余裕で徹夜できるっていう恩恵に授かっていてな。


研究者としては、有り難いことではあるんだが」


フィデス先生が、心底嫌そうに言う。


あまり先生の奥さんについては詳しくないが、そこまでボロクソに言われるような人には見えなかった。


もっとも、直接話したこともないから、正確に判断はできないが。



「それじゃあ、それと同じのを俺達にやっていただけるってことですか?」


「そうだ。

お前たちは、これから魔術的に魂レベルで繫がる。


それによって、お互いに必要なところを補い合っていくんだよ」


「俺にとってはロークの治療を常に受けなくても、これまで通り動けるようになって、ロークにとっては、魔王のように狂わずにすむようになる?」


「そういうこった。


つまりは、お前たちにはこれから二人で一人みたいな状態で生きてもらうってことだな」


先生が疲れつつも、楽しそうに言う。


「まあ、細かいことは式を進めながら説明してやる。


とりあえず式を始めるから、お前らはそこの服に着替えろ」


先生が指さした先に、二着の服が掛けてあった。


一つは男性用の白いタキシード。


もう一つは、真っ白なウェディングドレス。


どちらも、一目で最上級のモノと分かる作りをしている。



「これは…」


「お前らのために用意した、結婚式の服だな。


せっかくの式だからな、良いものを用意してもらった」


フィデス先生が俺の疑問に答える。


「かなり質が良いモノですね。


こんなのを、どうやって用意したんです?」


「熱心な支援者がいるんだよ。


ほら、お前の叔母がな。


あいつ、今はこの国の女王をしているが、お前らの結婚式の話をどこからか聞きつけて、やたらと張り切ってこの服を俺に預けてきやがったんだ。


普段は死ぬほど忙しくてピリピリしているあの女王が、お前らのためにわざわざ時間を作って用意したらしいぜ。


あとで感謝してこいよ。


あいつ、普段は周囲の空気が凍るほどに恐ろしい女傑だが、お前のことになるとタダ甘なんだからな」


「女王陛下が…」


この国の女王と俺は、叔母と甥だ。


両親が亡くなった関係で、幼少期はほとんど会った覚えがないし、俺がこの学院に来てからも、女王が忙しすぎて滅多に会えてない。


だが、たまにこういう時に、便宜を図ってくれる。


魔王の力を警戒されたロークが早く開放されたのも、女王の計らいによるものが大きい。


女王は生涯独身を誓っていて子供がいないし、俺の母───女王の姉も死んで他に身寄りがいないから、女王なりに甥の俺に思うところがあるのだろう。


「わかりました。

あとでお礼を言っておきます」


「おう、そうしておけよ。

じゃなきゃ、あとで俺が女王にボコされるからな。


まあ、そういうわけで服はちゃんとお前たちの背丈にも合わせてある。

早く着替えてこいよ」


ーーーーーー



それから、俺たちは着替えを終えて、学院の中にある教会に足を踏み入れた。



「ほー、お似合いじゃねえか、二人とも。


女王は案外、服のセンスはマトモらしいようだな」


先生は、俺たちの恰好を見て感心して言う。



俺は、白いタキシードを着た自分の姿を見下ろしてみる。


個人的には、自分の姿に違和感がある。

相当に良いものなのは分かるが、根本的に俺はこういう服が苦手らしい。


服に着せられている感、とでも言うのだろうか。


「ライル、ちょっと不満そう。


ボクはカッコよくて好きだけどな、その着こなし」


ロークが俺に声をかける。


「いやあ…。

俺にはこういうキチッとしたのは苦手でさあ……」


ロークに振り返った所で、俺は言葉を失う。


「…?

どうしたの?」



俺は惚れてしまったのだ。


ロークの花嫁姿に。



さっき着替えたときに、すでにロークの姿を見てはいる。


だから、これは初めて見たわけではない。



だが、ロークの真っ白なウェディングドレス姿は、俺への破壊力がすさまじかった。


「ローク……お前……本当に綺麗だよ」


俺はやっとのことでそう答えた。


さっき最初に見た時でさえ、見惚れてしまった。

そして今振り返っただけで、また心奪われてしまった。



これは非常にまずい。

俺は何度ロークに惚れたらいいんだ?



「え?

あ、ありがとう…」


ロークは照れて顔を赤くしている。

そんなロークのことを、俺は本気で可愛いと思ってしまった。


ほら、また俺は惚れた。



「なに急に照れてんだよ。


いつもの生意気なお前はどこに行ってしまったんだ」


俺は自分自身の動揺を隠すために、ロークに少しおどけてみせる。


「だってえ…。

かっこいいんだもん…ライル」


ロークが顔を赤らめたまま、俺の姿を褒める。


「ライルってば……かっこよすぎ……。

ずるい……」


そう言ってロークは、俺の胸に顔をうずめてきた。

俺は自分の心臓の音で動揺がバレるのではないかとヒヤヒヤしながら、ロークを抱きしめ返す。


「ずるいのはお前の方だ、ローク。

こんな可愛い姿を見せられちゃあ、俺…」


「はいはいはいはい、いちゃつくのはそこまでにしとけよ、新婚さん。


また式は始まってすらいねえんだ。


やることやってから、存分にイチャつくんだな」


フィデス先生がパンパンと手を叩きながら言う。


俺とロークは、ハッとして慌てて離れる。



二人共、恥ずかしさで顔が真っ赤だ。


お互いの姿に浮かれて、頭がのぼせ上がってしまっている。


まさか俺がこんな頭の悪いことを先生の前に晒すことになるとは、思いもよらなかった。


「くっくっ。

若いのは良いことだが、場所は選ばねえとな」


先生は面白いものを見たというような、若干からかいも混じったようなニュアンスで言った。


「面目ないです」


俺は、バツが悪いので謝った。



「ま、そんだけアツアツなら、これからやる儀式も問題はねえだろうよ。


さて、そろそろ時間だな。

式の段取りを話しておくぞ」


先生はそう言うと、教会の祭壇に向かい、俺たちに向かって説明を始めた。



ーーーーーー



「───ここにおいて、二つの魂。


一つは闇の底より出でし、永遠の淀みから産まれ、浄化されし者。

一つは光の輝きより出でし、深い闇に交わり、それでもなお輝きを諦めざる者。


両者の交わりは必然の如くして、今後一切離れがたく、輪廻の巡りさえも断ち切ること能わず───」



俺とロークは手を結びながら、壇上で婚姻の儀式を進める先生を見ている。


その装いは神父の姿で、俺達が結ばれるための詠唱をしているのだ。



先生から聞いた話だと、この詠唱は形式だけのものではなく、実際に魔術的な効力が発揮されるらしい。


この詠唱のもとで誓いをした者たちは、今生だけではなく、来世でも離れることがなくなるという話だ。



「我が名はフィデス・サピエンティア。


今ここに、二人の誓いの立会人として、魂の契約を取り仕切る者である。



ライル・ストレーガとロクーラ・プリマベーラ。


この魔法世界の歪み。

その淀みの底から産まれし縁によって、分かちがたく結ばれし者共よ。



汝らは互いに惹かれ合い、互いの運命をより困難にし、それでもなお、互いに助け合うことを望んでいる。


その想いを、これより魂の契りによって結びつける。


汝らの誓い、固く揺らがないことを示せ」



先生が俺の方を見て、軽く頷くような仕草をする。


いつもは割とヘラヘラしてる方の先生だが、今は真剣そのものだ。



「…ライル・ストレーガ。


汝の道は、険しく困難を極める。


それは汝が死した後、巡る魂が生まれ変わったとしても、世界が歪みの下で成り立っている限り、決して変わることはない。



汝は、淀みとの戦いから逃れることはできないのだ」



そこで先生は一息入れて、俺を試すかのように語りかける。


「されど、もう一つの道はある。


それは、ロクーラ・プリマベーラを諦めることだ」


俺はそこで、ロークの手を強く、優しく握ってやる。


ロークも手でぎゅっと返事をした。



「ロクーラ・プリマベーラを妻に迎えることを諦め、今生はお互いが死するときまで一切接触を絶つこと。



ロクーラ・プリマベーラとの関わりによって、汝は戦いの渦に呑み込まれた。


それ故に、汝はロクーラ・プリマベーラの全てを否定し、一切の縁を断絶すれば戦いの渦から開放される。



汝には選ぶ権利がある。


戦いか、平穏か。



それでも汝は、修羅の道を行くことを誓うか?


ロクーラ・プリマベーラを妻として、永遠の如き戦いに身を投じることを誓うか?」


先生は、冷静でありながら、非常に強い圧の声で俺に問う。


俺は答えた。


「もちろん、誓います」


俺がそう言うと、先生はゆっくりと頷いて、今度はロークの方を見た。



「ロクーラ・プリマベーラ。

汝の道も、険しく困難を極める。



汝は、魔王という厄災をその身に宿し、全てを奪われる運命にあった。


しかし、ライル・ストレーガとの愛の力によって、魔王という障害を乗り越えた。



だが、汝の戦いも始まったばかりだ。



汝は、魔王の力に呑まれる危険がある。


抗う方法は一つ。


ライル・ストレーガとの愛を信じ、共に生きることだ。


力の誘惑は甘美で耐え難い。

永く辛い戦いが続く。


それでも汝は、ライル・ストレーガと共に支え合って生きることを望むか?」


「はい。

ボクはライルとの愛を信じます」


ロークは間髪入れずに答えた。


先生は深く頷き、儀式を続ける。


「さすれば、ここに愛の誓約は宣言された。



ニつの魂は固く結びつけられ、輪廻の輪の中で共にめぐり続ける。


その魂は死した後すら分かたれることはないだろう」


先生がそう宣言してから、一呼吸置く。



「では、誓いの結びを」


先生はそう言うと、壇上の机からニ振りのナイフを手に取り、そのそれぞれを俺達に手渡した。



俺達はそのナイフを受け取り、互いに向き合う。



事前に打ち合わせしたとおりだ。


だが、この先やることを考えると、緊張がぬぐえない。


この先は痛みを伴うからだ。



「再度問う。


ライル・ストレーガ。

汝はロクーラ・プリマベーラを妻として、その身を永遠に守り抜くことを誓うか?」


「誓います」


「ロクーラ・プリマベーラ。

汝はライル・ストレーガを夫とし、共に支え合って生きると誓うか?」


「誓います」


ロークも迷いなく答えた。



「よろしい。

それでは、誓いの証を」


先生はそう言うと、右手を上げ、俺達に合図をした。



俺はロークに向かってナイフを構える。



ロークも俺に頷き、同じく俺にナイフを向ける。



少しだけ、その手が震えているのが見て取れた。


俺はロークに目で合図をして、「大丈夫だ」と伝えた。


それを見て、ロークはふっと安心したような笑みを浮かべる。



「汝らは互いを愛し、互いに寄り添い、共に生きる。


その魂は死して後も、分かたれることを許されず。


この誓約を、今ここに証明せよ」



先生のその言葉と共に、俺達はナイフを握る手に力を入れ───互いの心臓へと突き刺した。



「ぐっ…!」

「う…んっ…!」


俺達は互いに苦痛に顔を歪め、歯を食いしばって耐える。



ロークの純白のウェディングドレスが赤く染まる。

俺のタキシードも血が広がっている。




俺は血を流すロークの姿に一瞬動揺しつつも、ロークを抱き寄せた。


痛みで意識を失いそうになりながら、ロークもそれに応える。



まだ、やることがある。


「ローク…」

「うん…」


俺達は、抱き合い、互いの心臓を刺し貫いたまま、顔を寄せる。


ロークの唇が俺の唇に触れる。


そのキスは血の味がした。

その血は、ロークの血でもあり、俺自身の胸の奥から湧いてきた血の味でもあった。


ロークが俺の唇に噛みつくようなキスをする。



俺もまた、やり返すように口付けする。

もう言葉は要らなかった。


互いの血が混ざり合う中で、俺達は強く抱き合ってキスをしたまま、焼け付くような痛みに耐えた。



やがて、次第に痛みはいつの間にか引いていき、血も流れなくなった。


それと同時に、何か、暖かくて不思議な感覚を胸に感じた。



変な表現だが、ロークが俺の胸の中にいるような感じだ。



おそらく、その表現は間違っていない。


実際に俺の胸の中に、ロークの魔力や血が流れているのだから。


さっきの儀式で、俺とロークの魂が繋がったのだ。


だから、俺の魔力や血も同様にロークの中に流れている。




「今ここに、汝らの魂の誓約は結ばれた」



先生が俺達を見ながら宣言する。



「汝らに祝福あれ」


先生がそう言い、俺達はお互いに胸からナイフを抜き取った。



痛みはもはや、全く感じない。


ナイフを抜いたあと、傷口からは全く血が溢れなかった。


それどころか、みるみるうちに傷口がふさがり、俺とロークの服に滲んでいた真っ赤な染みさえも、まるで新品同様の白さに戻り、完全に元通りになった。



「ね…ボクの中に、ライルがいるよ」

「ああ……俺も、お前を感じる」


ロークは胸を撫でながら、幸せそうな声でそうつぶやいた。


「これで、ボク達結婚しちゃったんだね……」

「ああ……そうだ」


ロークが潤んだ瞳で俺を見上げる。


「これからも、ずっと一緒だからね……!」


「当たり前だろ!

俺が一生、いや、死んでも守ってやるからな!」


そう言って俺は、ロークの頭を撫でる。


「うん…!うん…!」


ロークは泣きながら、俺の胸に抱きつく。



そんな俺達の様子を見て先生はフッと笑うと、拍手をしながら言った。


「……無事、おわったな。


二人とも、結婚おめでとう。

これでひとまずは安心していいだろう」



そんな先生の言葉に、俺の中で何かが込み上げてくるような感じがして、自然と涙が溢れてきた。


「先生……ありがとうございます」



俺とロークはそう言って、お互い抱き合いながら泣いた。


こうして俺は、最愛のロークと正式に結ばれたのだった。









======

あとがき・解説


弟子と結婚する話。

結構な共依存の二人ですが、まあどっちも頭おかしいカップルなのでこの先も大丈夫でしょう。


なんか絵面的にはナイフで殺し愛をしているような、結構血なまぐさい結婚式ですが、ただの趣味なんであまり気にしないで下さい。


ほぼ山場も終わりなんですが、もうちょい話が続きます。




フィデス先生とか、ライルの叔母の下りは、本筋にあまりかかわりがなくて、泣く泣く端折った設定の名残です。

本当は12000年前からの年表とか、ざっくりとした世界観や歴史設定とかも考えていたのですが、ライルとロークの物語にはあんまり関係しないので……。


フィデス先生も、魔王とは別ベクトルでやばい女に執着されている苦労人です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る