穢木
鈴ノ木 鈴ノ子
けがれぎ
私もまだ若かった頃のことです。
良質な木材が揃う長野県で住宅建築をを営む当社には、県内各地に建材などで使う製材工場があるんです。早い出世で役職となり県内工場を何箇所か回り、製品の確認や作業情報をしていました。
終わり頃の工場で作業場の隣にある貯木場にそれは置かれてました。
貯木場ってのは木が積み上げられている場所のことなんですが、そこにね、製品に使えないくらいに細い木や使えるであろう太い大木などが無造作に束ねられていたんです。細いものでは間伐材より細く苗木くらいまであったかな。
置き場は限られるから、あれは邪魔じゃないか?整理して使えるものは使い、ダメなものは廃棄してはどうか?と工場長に言ってみたんです。
そしたらですよ、あれは生きているから、朽ちるまで取り置いてあるって言うんです。意味が分からないじゃないですか、理由にならないから説明を求めたら、ではこちらにって工場長室に連れて行かれました。
「こちらをご覧ください」
工場長が差し出してきたのは、ブルー表紙のどこにでもある事務ファイルでした。
「なんなんです?」
私が手をつけようとすると、工場長はファイルに手を置いて、前口上のように言ったんです。
「死体は見慣れてますか?」
棒読みのレコーダーのような言い回しでした。
「なんなんですか、まったく」
若かったですし役職者で奢りもあったんですね、気を遣ってくれたのに、悪態をついて工場長の手を退けファイルを開いたんですよ。
後悔しましたね。戻れるなら、あの時の自分にやめろ、すぐに帰れって言ってやりたいです。
伐採した木の根元の写真でした。
そこにね、人間の死体が写っていたんです。半分腐ってウジが湧いた男性の写真でした。正直、吐きそうになりましたよ。ページを捲るごとに、女性、高齢者、若者、子供、時には一家と思われるものもあったと思います。
「山で亡くなった方々です。自殺、他殺、不慮の事故など死因は様々ですが、あの木々は方々の血と肉を吸って育ちました。アレらは育たせると怨念を持ちますから、危ないので清めて切り倒し、朽ちるまでウチで預かっているんです」
「祟りますか?」
私がこう尋ねましたら、工場長がほぅっと感心したようにしながら頷きました。
「ええ、祟ります。山では人を惑わす木になり、切れば作業員が怪我をしますし、材木で使えば使った先で不幸が起こります」
「では使えませんね。お客様にご迷惑はかけられない、作業員に事故も起こさせたくないですからね。本社に言えば面倒事になりますから、見なかったことにしておきます」
「それは、ありがたい。しかし、若いのにご理解があるとは思いませんでしたよ」
工場長は感心したように深く頷いてくれましてね。その工場だけはその後も私が管理することにしました。とても感謝されまして、それ以降は色々と便宜をはかってくれてこちらもとても助かりましたよ。
私も山育ちですから、山深い地には色々な怪しいことも起こることは肌身で知っています。だからこそ信じる事ができました。今は引退してここの工場長に収まってますが、若いもんにはそう言うことも、教育して行かなきゃならないと考えていますよ。
彼が痛めた腰を庇う様に工場長室の椅子から立ち上がり、背後のカーテンの引かれた窓を向くと、ゆっくりとカーテンを開け放ちます。
月夜の綺麗な晩で、高台にある管理棟の工場長室からは敷地が全て見渡せます。その一角に貯木場が見えて、その外れに積まれている木材の上に数十人の霞んだ人影が木の上に腰掛けて空を見上げています。
「あそこが穢木の置き場だよ」
「あそこがですか?」
「ああ、そうだ。ちなみに君は家持ちかな?」
「つい最近、マイホームを手に入れましたよ。戸建て売りのやつですけど」
「なるほど、我が社のは管理がしっかりしてるが、使われている木材は大丈夫かな?」
至る所に使われる身近な物だからこそ、気をつけなければならないのかもしれない。
アナタノオウチハ、ダイジョウブデスカ?
穢木 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki
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