第13話 ハメられた
翌日、俺はいつものように梓や雪乃と共に登校した
もう悪評の類はなくなったので気楽なものだ。
『ねえ、見てあれ』
『あいつが噂の……』
『マジで? やばすぎない?』
『憎しみで人が殺せたらいいのに』
『妬ま……羨ま……そこを代われ……』
……その筈が、俺への悪意や好機が渦巻いてらっしゃる。
なぜに?
不思議に思い聞き耳を立てる。流れる噂の内容に、俺はひどく動揺した。
宇和木さん由来の悪評は確かに消えた。代わりに、別の誹謗中傷が蔓延していたのだ。
そして彼ら彼女らは、こう俺を呼称する。
『修羅場王ゴッド・エロス』と。
いやどう考えてもふざけてますよね。
「で、どういうことよ?」
とりあえず状況の説明を求めて、俺は四人の少女を空き教室に連れ込んだ。
やっぱりこちらが指示しなくとも全員正座している。
「あの、違うのみーちゃん。おち、落ち着いて聞いて?」
俺が詰問するとそれぞれ気まずそうに視線を逸らす。
しかし逃げられないと悟ったのか、まず梓が口を開いた。
「あの、ね? ほら、宇和木さんの件で、私たち全員みーちゃんの恋人とかセフレとか婚約者とか名乗ったでしょ? せっかく女の子を襲ったって噂がなくなったのに、このままじゃいけないなーって。だから、その。弁明を、しまして……」
最後の方は弱気になってしまったけど、内容自体はありがたい気遣いだ。
なのに結果はゴッド・エロス。どうすればそうなるのか全く理解ができない。
「つまり、恋人関係を否定したっていうこと、なんだよな?」
「……うん」
「ちなみに、どんな感じで?」
「それは……」
梓はたどたどしくも、自らが語った内容を教えてくれた。
【幼馴染・音無梓の弁明】
『みんな、ごめんね。実は、恋人っていうのは嘘なの。みーちゃんがあんなことする人じゃないって証明するためだったんだ』
『え? 仲はいいよ。そ、そりゃあ、ウソでも恋人って名乗れるくらいなんだし』
『うーん、たぶん、女の子の中では一番仲がいいんじゃないかなぁ。なんといっても幼馴染だから、お互い信頼してるし距離も近よね』
『エピソード? えーと、お泊りとか二人でごろごろは普通だし……あっ! 最近なら、今回の件で疲れてたから、体で慰めてあげたことかな?』
「いや体で慰めるってなによ!?」
とんでもないこと言ってるんですけど梓ちゃん。
「え? ほら、この前の休日に、ぎゅーっとして頭撫で撫でしたでしょ?」
「事実っ、事実だけど言い方ぁ!」
絶対みんな違う意味に捉えてる。
すっごい色っぽい解釈してる。
「うん、何となく分かってきた。じゃあ結愛。結愛も、俺との関係を否定してくれた……んだよな?」
「ああ。ていうか、オレは別に変なこと言ってねえよ? ふつーに、道場の話をしただけだし」
【姉弟子・綾瀬結愛の弁明】
『あー、恋人ってのは、瑞貴の醜聞を晴らすためでさ。深い意味はなかったんだ』
『は? 瑞貴がオレのこと意識してない? いやいや、それはないから。はっきり言うけど、あいつオレをわりとエロい目で見てるし?』
『あん? 確かにオレの口調は荒いけど、瑞貴はそんなの気にしねーっての。つーかもしかしたら、女であいつと一番仲いいのオレじゃねえかな?』
『最近のエピソード? まあ、普通に、(道場で)一緒に汗を流してる感じかな。瑞貴は突きもうまいけど、寝技もかなりでさ。俺がどんなに抵抗しても逃げられないんだ』
あかん。それあかんやつ。
寝技(意味深)になってる。
「えーと、クラスメイトが、俺が結愛を女扱いしてないってからかうから、つい反論がヒートアップしたみたいな?」
「そう! そんな感じで、道場での組み手に関して語っただけだからな。特に今回は変なことにはならないと思うぜ?」
いや、既になってます。
道場って主語抜いた時点でもう駄目です。
「うん、ではその、るなちー?」
「うっす」
【褐色ギャル・藤崎瑠奈の弁明】
『え? 普通にエロい関係になる予定だけど?』
「それシンプルに駄目なヤツ⁉ なに言ってんのるなちー⁉」
「えー、だって貸しで、埋め合わせするって。つまり、そういう関係もおっけーかなーって」
「俺にできる範疇越えてます!」
うっそだろ、あの言質でそこまで飛躍するとかスペシャルすぎるわ。
そして間髪入れずに雪乃も申し開きをする。
【義妹・我妻雪乃の弁明】
『婚約というのは、今のところは結ばれていません。なにせまだ十八歳未満ですので』
『兄さんは、私をとても大切にしてくれています。あの時、間音先輩に歓楽街に連れていかれ、手籠めにされそうになりました。ですが兄さんは颯爽と現れ、私を救い出し。なにより……優しく、抱いてくれたのです。ぽっ』
「ハグ的な意味でね⁉」
「ええ、私もそのつもりだったのですが。何故かクラスメイトは顔を赤くしている人が多かったです」
「ねえ、雪乃? 雪乃のそれは絶対わざとだよね? ね?」
口で「ぽっ」とか言ってくるし。
四人の弁明は確かに俺との恋人関係を表面上は否定している。
が、余計なことが多すぎる。しかも事実なのに受け取り方によってはアレなモノばかりだった。
その上、それぞれが「自分が一番好かれている」という前提で話を進めている。
よって現在俺にかけられた冤罪が修羅場王ゴッド・エロス。
恋人関係ではないにも関わらず四人と関係を持つド腐れ野郎ということになっていた。
そりゃ修羅場の王だしゴッドなエロスだよ。
あんだけ頑張ったのに冤罪は絶賛継続中だった。
「もうね、男子生徒の嫉妬がきっついの。修羅場王って何よ。冤罪拭ったのに冤罪が消えてない。ほんと、ほんとなんなのこの状況……」
落ち込む俺に同情を含んだ視線を向けてくれるが、だいたい君達のやらかしです。
しばらくうずくまっていると、雪乃がどことなく気楽な調子で呟いた。
「時々、兄さんは言葉の使い方を間違いますよね」
「え?」
「冤罪とは“罪がないのに疑われたり罰を受けたりすること。または無実の罪、濡れ衣”を指します。なので兄さんの場合は、冤罪という表現は間違いかと」
どういうこと? と思っているのは俺だけで、他の皆は「あー」と納得して何度も頷いていた。
混乱する俺を尻目に、梓はにっかりと、悪戯っぽく笑って見せる。
「だって、ねぇ? 少なくとも修羅場ってのは間違いじゃないと思うよ?」
……そもそも論である。
雪乃は普通に頭がいい。梓も結愛も成績は良くないが、決して考えなしではない。るなちーはぶっ飛びギャルだし。
なので、最初の時はともかく。
冷静になったこの子達が、本当に気付かないで周りを誤解させるような発言をするかといったら、少し疑問に思うところで。
「推定罪人ではあるから、冤罪ってのは微妙に違うってオレも思う」
「だよねー、古いけど、罪なナニナニってのは定番の表現だし?」
結愛もるなちーも、俺に罪があるという物言いだ。
「まあ冤罪ではないにしろ、蔓延した悪評はまた時間をかけて正していきましょう」
そう雪乃が締めくくるも、俺は怖くて「どういう意味で? どういう方法で?」とは聞けなかった。
つまり、結局のところ俺はハメられて。
親しい少女たちに追い詰められている真っ最中のようだった。
おしまい。
冤罪を受けた俺は親しい少女たちに追い詰められる 西基央 @hide0026
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