安寧を侵す者
おい!とSに怒鳴る。
突然声を掛けられて、Sは驚いているがそんな事はどうでもいい。
Sが身体の前で
その中身を取り出せと指示する。
俺の意図が読み取れないSは、よく分からないという顔。
もう一度、今度は少し強めに指示する。
Sは不満げにアヒル口。
止めろ、ぶん殴るぞ。
ごっ、と左拳が音を立てた。
すまん、手の方が先に出た。
ぶーぶー不満を言っているが、知った事か。
取り出させたのは三つの金塊。
そして指示する。
それを捨てろ、と。
はぁ!?とSは鳴いた。
そりゃそうだ、コイツにとっては戦利品なのだから。
だが、命あっての物種だ。
蜘蛛に食われたいのか!と声を荒立たせる。
Sは逡巡する。
一分。
手にした三つの金塊を見つめ、ぐぐぐ、と唸っている。
二分。
別れるかどうするかを考え、目をきつく瞑る。
三分。
意を決した。
Sは三つの金塊を、思いっきり庄川へ放り投げた。
月明かりを受けたそれがキラリと一度輝き、真っ暗な川へと消えていく。
蜘蛛の群れは落下地点に突撃し、団子状になって蠢いている。
しばらくそうした後にピタリと動きを止め、溶けるように姿を消した。
詰まっていた息が、ようやく元に戻る。
二人で宙に向かって安堵の息を吐いた。
Sの車を回収する必要がある。
近付きたくはないが、宿の近くの駐車場へと車を停める。
そこで、ふと気づいた。
先程と何かが違う。
あ。
俺達が泊った宿に向かう、南側の出入り口が無い。
看板に書かれていたはずの、その宿の名前が消えている。
どういう事だ、これは。
あの蜘蛛どもが俺達を誘い込んだのか?
そう考えると得心する。
何故、二階の一番奥の部屋にSが通されたのか。
何故、他の部屋がすべて埋まっていたのか。
俺達は蜘蛛の巣の中に誘い込まれたんだ。
あの金塊は、かつてこの地を治めたU島一族の物。
そして、U島一族は領民にすら優しい素晴らしい領主。
臣下と領民は土砂に埋もれ、長き時を経ても守っているのだ。
主が大切にしていた宝物を。
それを奪い取ったSの事を恨み、Sに呼ばれた俺も巻き添えになった。
そうか。
だからK蜘蛛城は何処にあるか分からないんだ。
正確には、どこにあるか分からなくしているんだ。
見付けてしまったら、彼らの安寧を侵してしまうから。
K蜘蛛城って知ってるか? 和扇 @wasen
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