逃走劇

ポケットの中のキーのボタンを押す。

ピッピッ、と車から音がした。


それに飛び乗る。


ブレーキを踏んで、始動ボタンを押す。

いつもよりも時間が掛かっているように感じる。


くっそ、早く!


蜘蛛の大群が駐車場になだれ込んでくる。


エンジンが息を始めた。

ドライブにギアを入れて、思いっきりアクセルを踏む。


くそ、俺は安全運転第一なんだぞ!

駐車場の地面の砂利をタイヤが吹き飛ばす。


進路を塞ごうとしてきた蜘蛛。

一切速度を落とさず、それを跳ね飛ばした。


畜生!

保険適用されねぇよ、コレ!


幸いにして、駐車場の出入り口は二つある。


一つは蜘蛛がなだれ込んできている南側。

もう一つは無事な北側だ。


一切迷わず、ハンドルを右に回した。


ぎゃぎゃぎゃっ、というタイヤの悲鳴と共に北出口を目指す。


猛スピードで公道へ飛び出した。


今は深夜だ。

他の家や宿から車なんぞ出て来ない。


と祈りつつ、センターラインすらない道を100km/h以上で突っ走る。


だが背後の蜘蛛は火砕流の如く、途轍もない速度で迫ってきている。


一切止まらず、国道へ飛び出した。

お巡りさん、一時停止無視ですが緊急事態故ご容赦ください!!!


広く真っすぐな道だ。


アクセルはベタ踏み。

速度はどんどん上がる。


エコドライブなど知った事か!


二分。

K蜘蛛城埋没地、の看板が右に見えた。


それを一瞬で背後へと追いやる。


後方を確認したSが、ひいいっ、と声を上げた。

バックミラーもサイドミラーも見てたまるか!


このまま北へ北へと向かえば白川郷だ。

しかし、こんな時間には誰もいないに決まっている。


白川郷インターチェンジから高速に乗るか?

いや、駄目だ。


インターチェンジに入るには左へ曲がる。

そこから来た道を戻る様に、南側へ走る事になってしまう。


俺は道交法遵守だが、蜘蛛共には道など関係ない。

先回りされてお陀仏だ。


更に北に向かって、五箇山ごかやまインターチェンジへ向かうべきか!


アクセルはフルスロットルのまま。


七分。

白川郷までもう少しだ。


庄川を跨ぐ小さな大牧橋おおまきばしを超えればっ!


ぬおおおおおっ!?

マジかマジかマジか!!!


先回りしやがった!?

橋を塞いでいやがる!


なんでだ!?

道は一本しか。


そうか!!!

庄川か!


K蜘蛛城は崩落時に川の道を変えた。

庄川は西へ大きく湾曲しているのだ。


道は庄川に沿って西へ湾曲している。


つまり、そこを真っすぐ突っ切れば先回りできるんだ!


畜生、道交法を守れよ、クソ蜘蛛ども!


思いっきりブレーキを踏む。

ぐえっ、とシートベルトに引っかかってSがうめいたが、そんな事はどうでもいい。


道の横の僅かなスペースに車の頭を突っ込ませる。

ハンドルを右に思いっきり回し、ぎゃりぎゃり、とタイヤが音を立てた。


蜘蛛が突っ込んできやがる。

冗談じゃない、捕まってたまるか!


Uターンになんとか成功した。

目の前まで迫っていた蜘蛛の大群から逃れる。


その時、あの雑音が再び聞こえた。


今度は違う言葉だ。


返せ。


そう聞こえた。


返す?

何を?


そこで気付いた。

蜘蛛どもが取られた物なんぞ、一つしか無い。


いや、正確には三つだ。


鈍く金色に輝く、ずしりと重い塊である。

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