崩れた蜘蛛
最悪だ。
Sと俺が寝ていたのは廊下の一番奥。
つまり、階段まで幾つも部屋がある。
その部屋の全てから、ずるずると人間モドキが這い出してきている。
首が後ろに160度近く折れ曲がった男。
腰の位置で体がくの字にへし曲がった女。
首が右に、いや左か?
どっちにしろ人間の限界以上に回転している子供。
腕が一本取れた、鎧武者みたいなのもいる。
そして、それらの服は粗末な麻布のようなもの。
化け物に現代感も何もないが、時代がかっている気がする。
いや、そんな事はどうでもいい。
全ての死人の背中を割って、蜘蛛の脚が外に出ようともがいているのだ。
うおおおっ、とSが叫んで駆け出す。
一番近くにいた首の折れた男に前蹴りを食らわした。
幽霊ならすり抜けるかと思ったが、命中した。
首折れ男は、背後にいた首回転子供ごと吹き飛んだ。
Sは昔から無鉄砲だった。
色々問題を起こしてきた馬鹿野郎だ。
だが、この場ではそれが助かる。
おかげで道が開けた。
首折れ男を踏み潰して二人で駆ける。
背後で肉と骨が砕け割れるような、嫌な音が聞こえた。
背後を一切振り向かず、飛び降りるように階段を駆け下りる。
ああ、最悪だ。
一階も化け物で満ちていた。
うぞうぞと、化け物が階段に近寄ってくる。
るあああぁっ!!!
ふざけんな!!!!
全身全霊の右インステップキック。
足に伝わる嫌な感触。
そして、ごぎっ、という化け物の首が折れる音。
そのまま足を降り抜いた。
ぶぢんっ、と化け物の首が吹き飛んだ。
宿の入口を塞いでいた奴の顔面に直撃して、まとめて粉砕した。
怒りは力になるようだ。
蹴り飛ばし、踏み潰し。
二人で宿から飛び出した。
そして、そこには一番初めに見た女がいる。
ボキボキと体が滅茶苦茶に折れ曲がっていた。
ん?
あの赤よりの紫の着物、見た覚えがある気がする。
昔に時代劇で見たのか?
いや、違う。
もっと最近だ。
!!!
そうだ、この宿の仲居さんだ!
綺麗なお嬢さんだったはずの!
茶色がかった黒のような濃い色は、乾いた血の色だ。
メキメキとその体が割れる。
蜘蛛だ。
それも人間と同じほどに大きな、黒い蜘蛛。
狭い所に閉じ込められていた疲れを癒すように、
その後に何が起きるかなど、火を見るよりも明らかだ。
俺達は勢いのまま逃げる。
逃げる逃げる逃げる。
背後は振り向けない。
がさがさという音がどんどん増えているのだ。
確実にあの化け物蜘蛛が大挙して追ってきている。
二人の目的地は俺の車だ。
Sの車は少し離れた所に停まっているのである。
どっちへ行くべきかなど、分かり切っているのだ。
車が見えてきた。
と同時に何かが聞こえる。
人間の声、と言うべきなのかは分からない。
色々な雑音を混ぜ込んだ音、と言った方が正しいかもしれない。
だが、その中から聞き取れた言葉があった。
逃げるな、と。
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