怪異は来たりて

何だったんだ、あれは。


夢?


にしては、随分と現実感が有った。

実際、冷や汗をかいている。


岐阜北部で山間だからか、ここはかなり涼しい。

コンクリートジャングルの名古屋の殺人的熱さに比べれば、圧倒的に過ごしやすい。


でありながら、ここまで汗をかくものか?


喉が渇く。

だが、明日に響くから酒はダメだ。


そうだ、冷蔵庫にコーラが有ったな。


名称不明のスペースにある小さな冷蔵庫を開く。

霜が付いた庫内に一つだけ、350mlの缶コーラが有った。


プルタブを引くと、プシュッ、と良い音がする。

ぐいっ、と飲むと、いい刺激が喉を通り過ぎた。


まて。


待て待て待て。


何で俺は、コーラが冷蔵庫内にあると知っている?


あれは夢の中の話だったはずだ。

この部屋に入ってから、二人とも一度も冷蔵庫を開けていない。


少なくとも俺が、そこにコーラがあるなんて知るはずがない。


だが、俺は知っていた。


その理由は一つしかない。

あの夢は、現実だったのだ。


となると、外には。


いや、違う。

違う違う違う!


夢の中で木に隠れていた人影が車道のど真ん中に立っている。


空の左眼窩。

顔が潰れて、明後日の方向を向いた右目。


頭皮は頬の辺りまで、ずるり、と剥げ落ちている。

両腕はだらりと下げているが、人体としては不可思議な曲がり方をしていた。


夢の中で見た蜘蛛がいない。


どこに行った?


そう思った一瞬。

その女の体が滅茶苦茶に動き始めた。


なんと形容するべきだろうか。

人体として折れてはいけない方向に折れ、限界を超える位の関節の回転も同時に。


昔見た、交通事故に遭った人の状態を500%増しで酷くしたような状態だ。


そして気付いた。


女の背を割って、みちり、と黒い虫の脚が出てきている。


その数は八。


蜘蛛の脚だ。


その瞬間、考えるよりも先に身体が動いた。


手にしていたコーラをSの顔面にぶっかける。

溺れて、ごばばっ、とSが音を立てた。


文句を言おうとするソイツに状況を説明する。

化け物が宿の前にいる、と。


そんな馬鹿な、俺を怖がらせようったってそうはいかない、とSは笑う。

そして窓の外を見て驚愕した。


焦った表情で客室へ跳び戻る。


二人とも、あっという間に着替えた。


いや、そんな事してないでさっさと逃げろ、と。

しかたないだろう、混乱しているのだから。


そして、Sはリュックサックを脇に抱えた。

その中には金塊が三つ、捨て置けるわけがない。


一瞬で靴を履き、鉄の扉を蹴破る勢いで打ち開く。


廊下に出て、俺達は見た。


外の女と同じような化け物が、他の部屋から這い出してきている光景を。

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