夜の夢

深夜。


目が覚めた。

というか、寝ていられない。


Sのいびきが酷い。


そうだった、コイツはいびきが騒音公害レベルだった。

いつも一緒の部屋に泊る時は耳栓を用意していたのを忘れていた!


くっ、同じ部屋に泊る予定が無かったのが災いしたか。


目が冴えてしまった。

このまま寝転がっていても寝る事は不可能だ。


仕方ない、眠気が来るまで少し寛いでおこう。


とは言え、公害の隣では寛ぎようがない。


名称不明の細長スペースは、客室との間に襖がある。

閉じれば、同じ部屋よりは僅かにマシだろう。


椅子に掛けて窓の外を見る。


月明かり以外に光源が無い。

りぃりぃ、と虫の音が暗闇に満ちている。


ただ座っているのも寂しいな。

酒、は明日に残りそうだからやめておくか。


何かないかな、と小さな冷蔵を開ける。

霜が目立つ冷蔵庫に一つだけ、350ml缶のコーラが一本だけあった。


うーむ。

コーラにもカフェインは入っているから眠れなくなるか?


まあいい。

喉は乾いているからな。


プシュッ、という音、それから少し遅れて、炭酸が弾ける音が缶から踊り鳴る。


ぐいっ、と呷る。

喉を炭酸が流れ落ちて身体と頭が覚醒した、感じがした。


やっぱり炭酸飲料はこういう所が良い。


缶を傾けながら、ぼんやりと外を眺める。


遠くには、夜に染められて緑が見えなくなった黒の山。

近くの木々も、月明かりが僅かにその姿を照らしているだけだ。


庄川の音が聞こえる。


ごうごう、と。


ごうごう、と。


ん?

まて。


庄川ってそんなに急流だったか?


たしか、深さはそんなに無かったはず。


いや、違和感はそれだけじゃない。

虫の音が、消えた?


ごうごう、という川の音だけが聞こえる。

川との間に有る木々が風に揺れた。


月が雲に隠れて、段々と周囲が闇に包まれていく。


なんだか、現実感が無い。


手にしていた缶の冷たさだけが、俺の意識を現実に留めてくれている。


そこで気付いた。


何かに見られている気がする。


何処からだ?


窓の外からなのは間違いない。


きょろきょろと周囲に目を向ける。


あ。


風に揺れる木の幹の影。

そこに何かがいる。


人影、だろうか。

その位の大きさだ。


しゅわしゅわ、と缶の中のコーラが炭酸を吐き出す。

それだけが救いに感じる。


人影から目を離せない。


まるでそこに縫い付けられているように。


ざわり、ざわり。


風が樹木を揺らす。

音が精神を揺さぶる。


雲が風に流されていく。


段々と、段々と。


月がその光で世界を照らしていく。


山が、木が、そして人影が。


ひゅっ、と喉が鳴った。


そこにいたのは。


がらんどうの左眼窩がんかの中に大きく黒い蜘蛛が蠢き。

茶色がかった黒のような濃い色に染まった、元の姿が分からぬ着物に身を包み。


頭皮の半分が黒髪と共に、ずるりと剥げ落ちた女だった。


息が詰まる。


その時、眼窩にひそむ蜘蛛と目が有った気がした。


ぐるり、と世界が回る。

立っていられない。


背後に向かって、俺は倒れた。


はずだった。


ぶはっ、と呼吸を再開した俺は。


布団の上で目を覚ましたのだ。


そして隣では、Sが暢気にいびきをかいていた。

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