エピローグ

 どぎまぎしながら、電話の前で待機している。かかってくるなら日付が変わるまで待つつもりだ。

 窓の外からで鳴いているセミが煩わしい。万が一にでも聞き逃すことになったらどうしてくれるのか。本当、どこにもでもいるものだ。去年の過ごした土地ほどうるさくはないので、自然が少ない分、数は少ないのだろうが。

 不安な気持ちはあるものの、待つことしかできない。朝からずっと待っているのだ。今度は驚いたりしない。

 待ちに待った電話のコール音。すぐさま受話器を手に取って、耳に当てる。

「やっほ~、お久しぶりきぃくん。元気?」

 電話越しのせいか、あの時とは声が変わっている。でも、伝わってくる雰囲気は幼少期を一緒に過ごして、生まれ故郷を去る前に過ごしたあの子のものだ。間違えるはずがない。

「元気、元気。なっちゃんこそ、また風邪引いたりしてない?」

「いたって健康体だったよ~。それとも、引いたらまたお見舞いにでも来てくれたの?」

「どうだろうな」

「あ、またはぐらかす~」

 互いに笑い合う。ああ、自然体で遠慮する必要がないことがこんなに楽だったなんて。あの時の自分に伝えたい。

「それにしても電話番号と『一年後に』なんて書いてさ。私を描いて欲しかったのになぁ。あれじゃ、描くってよりは書くだよ」

「やっぱり、描くのは恥ずかしくなったんだよ」

「むぅ~、いずれ描いてもらうよ。今度はちゃんとその場でに確認するからね」

 ああ、今度は逃げられなさそうだ。時間を見つけて練習しておかなければ。

「バイトで旅費を貯めてたからさ、会いに行くよ。携帯電話も買ったから、番号教えるぞ」

「うん、私も」

こうして話せているのはあの時に会えたから。あの土地があったから。あの土地が残してくれた風景で、あの夏の光の残りだ。

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夏の余光 不手地 哲郎 @tetiteti

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