第12話 四條智尋②

 少し降りたら今度は左にエレベーターは進む。エレベーター内の照明はちかちかと点滅を繰り返し、不気味さが増している。朔は全て分かっているかのように平然としているが、結斗は晴輝にしがみつきながら叫んでいる。


「枳殻うるせぇ」


 朔が結斗に冷たく言い放つ。やっと静かになった結斗は、バツが悪そうに頭をかいた。


「こ、これどうなってるんですか?」


 怯えた様子で結斗が四條に尋ねる。


「魔術界の警察署に向かうエレベーターだ。魔術界は政府と連携を取っているから、こういうのを作るのは簡単なのだよ」

「へー」


 少しだけ冷静さを取り戻した結斗は感心したように小さく拍手をする。


「そろそろ着く」


 エレベーターは徐々に速度を落として止まると、「魔術界警察署到着です」というアナウンスが流れて扉が開いた。白い廊下が遠くまで伸びており、数あるドアの横には操作盤がついている。


「魔法要素あんまないけど凄い……」

「魔術ってそもそも絵本とかにある魔法とは違うからね」


 晴輝と結斗は興味津々に歩き回っており、朔は四條から離れない。


「ここは刑務所の役割もあるから勝手にいろいろ触らないように」


 無意識に操作盤に手を伸ばしていた結斗は四條の言葉で我に返ったように手を引っ込めた。


「取調室で四人の被疑者と話す。君たちは少し離れたところにいなさい」


 一〇六と上に書かれたドアまで四人は行く。少年三人は緊張した面持ちで顔を見合わせた。四條がノックした数秒後に、機械が作動するウィーンとという音がしてから自動でドアが開いた。よく見てみると、ドアには小さなカメラがついている。


 中に入るとそこはドラマなどでよく見る取り調べ室によく似ていた。取り調べ室内には筋肉質な警官が二人立っている。部屋に入っていき、少年三人は壁の前に立つと四條は椅子に座って被疑者が来るのを待った。


「被害者である妖術師の男性は妖刀で自殺したと思われていたが、私が実際に見に行った時にそうは思えなかった」


 四條が語り出す。結斗と晴輝が聞き入っている。一方で朔は目を瞑って情報を整理しているようだ。


「しかしその妖刀は偽物だと思われる。犯人も妖術師の可能性が高い」


 コンコンとドアが鳴り、緊迫した空気の中で数秒後に四人いる被疑者のうち一人目である被害者の元カノ佐江理さえりが入ってきた。そこから聞き取り調査が始まる。



 数分後


「これが最後の人?」


 結斗が晴輝に耳打ちする。晴輝が頷くと、四人目の被疑者である黒い蓬髪の男性、夏実なつみが入ってきた。


「夏実、ちょっと話を聞かせてもらおうか」


 夏実は目を伏せて短く「はい」とだけ言った。




 夏実の取り調べが終わり、夏実を返す前に四條が携帯電話を取り出した。少し顔を顰め「まずいな」と呟くと、少年三人は不安そうに顔を見合わせた。


「四條くん、終わったかね?」


 白い髪揺らしながら部屋に入ってきたのは年配の警官だ。


「ご無沙汰しております」


 四條は携帯電話をジャケットのポケットに戻し、顔を上げた。


「犯人は分かりそうかい」


 警官が問うと、四條はゆるゆると首を横に振った。


「この四人の中にはいません。帰らせても大丈夫です」

「本当か」

「ええ、私を信じて下さい」


 四條がじっと警官を見つめる。警官はしばらく迷っていたが、仕方なさそうに頷いた。


「お前のことだ。何か分かったんだろう」

「お任せ下さい。私は用事ができてしまったので行かなければなりません」

「どうしたんだい?」


 怪訝な表情で警官が四條に鋭い視線を向ける。


「妖術師から連絡があったのです。どうやって私の連絡先を手に入れたか分かりませんが」


 四條が警官に携帯電話の画面を見せる。警官は老眼鏡を取り出すと、目を窄めて携帯電話を注視し「なんと」と声をこぼした。


「大ごとだな。いくら妖術師と言っても気を緩めるなよ」

「きっと大丈夫です。何かあれば連絡するので美鐘小学校に来てください」


 四條は携帯電話をしまい、立ち上がった。


「君たち、行こうか」


 四人は魔術師の警察署を後にした。


「カフェで待ち合わせのまでの時間を潰そうか」


 四條の提案により、四人は交番近くのカフェに寄ることにした。そこまでの道で少年三人は解せない表情で歩いている。


「四條先生、無視した方がいいんじゃないですか」


 結斗が三人を代表して聞いた。四條は口の端を上げて差していた刀に視線を落とした。


「いや、そうしてしまったら追われるだけだ。きっと弱いだろうからこの刀で倒す」


 朔はハッとして四條を見る。


「どうしたの、朔?」


 晴輝が朔の方を向いた。結斗も彼の顔を覗き込んだ。


「なんでもない。気にしなくていい」


 短く答え、朔は深い思想の海に飛び込んでしまった。そうしている内に四人はカフェに着き、それぞれドリンクをオーダーしてから四人席に座った。結斗の両隣に晴輝と朔が座っており、四條が反対側にいる。


「さて、昨日のあの件について詳しく聞いてもらおうか……枳殻くん!」


 四條が突然声を上げた。結斗の後ろには黒いパーカーのフードで顔が見えない男が歩み寄っている。手に握られているのはギラリと光るナイフ。カフェの中は騒然としている。男はナイフを振り上げた。結斗が振り返るよりも先に反応した晴輝が結斗を横に押した。


「わあ!」


 結斗は椅子から落ちてしまったが、タイミングが良かった。ナイフは彼が座っていた椅子に突き刺さる。


「お前……!」


 男が唸るようにして言う。カフェの中にいる人たちは悲鳴をあげながら走って逃げている。


「何をしている!」


 四條が結斗の隣に駆けつけ、彼を立たせた。男はすぐにナイフを取り、四條と結斗に向ける。


「そこのお前、なぜあのお方と同じオーラを持っている!」

「は?」


 結斗は男に恐怖の視線を向けた。男は声を張り上げてもう一度聞く。


「お前はなぜあのお方と似ている!」

「逃げよう」


 四條が三人を連れて入口に向かって走り出す。男は追ってきたが、四條が倒す椅子に足止めされて遅くなっている。


 四人はカフェから出ると全速力で東京の街を駆け、人ごみの中に紛れた。ある程度離れたところで止まり、四人は肩で息をする。


「何が起こってるの……?」


 結斗が一番苦しそうな顔で呟いた。


「心当たりはないのか?」


 朔が結斗の背中をさすりながら聞いた。結斗は首を横に振る。


「全然分からない。でもあの人、何か知ってそう」

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魔術師トリオ、世界を焼く 霜夜みどり @matsuurayumi

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