第11話 四條智尋➀

 まってりさんとの出来事があった翌朝、結斗たちは前日のように身支度を済ませ、寮を後にした。一限目と二限目は家庭科。一年生の授業は大抵佐神が受け持っているが、家庭科や英語、芸術などを教える先生は別にいる。それでも担当する授業が多く、教師への負担は大きいが深刻な人手不足のため仕方が無い。


 結斗、朔、晴輝は校舎の前までのんびり歩いていると、影から人が音もなく飛び出てきた。糸の様に細い目が特徴的な、四條智尋だ。


「うわっ⁉」


 一番反応が大きかったのは結斗で飛び上がった後、反応の薄い朔にしがみついた。晴輝は少し目を見開けただけである。


「び、びっくりしたー!」

「邪魔だ、離れろ」


 朔がくっついて離れない結斗を無理やり引き離す。朔のつれない態度に目を潤ませる結斗。晴輝はそんな彼の頭を優しくぽんぽんと叩いた。朝から元気な三人をしばらく観察した後、四條は口を開けた。


「昨日の件だが、学校側から連絡があった。正直に話したところ、君たち三人には指導をするようにと指示が入った」


 チッと朔が小さく舌打ちをした。晴輝は「げ」と言って一歩後ろに下がる。一方結斗は悠然としており、二人ほど気にしている素振りを見せていない。


「ということで、今日学校が終わったら特別な任務に付き合ってもらう」

「「「おお……」」」


 好奇心旺盛な三人は先程の態度と違って目を輝かせた。いつも学校か寮、または稀に買い物のために都会に出かけるだけの朔と晴輝にはいい刺激だ。結斗も魔術師の本格的な仕事を見てみたかったので、絶好の機会である。


「今日の五時、寮の下で待っておくから時間厳守で来なさい。良いな?」

「「「はい」」」


 そうして三人は期待と緊張を胸にして、その日の授業に臨んだのであった。


 ~☆~☆~☆~


 魔術師育成高等学校の寮前。芝生に乗った小さな雫が、太陽の光を受けて輝いている。


「ギリギリだ」


 四時五九分三四秒。三人組は四階から階段を駆け下りていた。四條は腕時計と三人を交互に見て、大きく息を吐いた。


 何とか五時数秒前に着き、三人は安堵の表情を浮かべる。四條は額に手を当て、ボソボソと何か呟いてから話し出す。


「場所は近いが五分前、最低でも三分前には集まってくれ」

「でもその——」

「でもその、じゃない」


 晴輝は説明をしようとするものの、四條が彼の言葉を遮る。


「いやでも先生——」


 今度は結斗が事情を説明しようとするが。


「何が起きたかぐらい分かる。結斗が水溜りに飛び込んだ結果思いの他かなり水が散って三人ともびしょ濡れに。違うかい?」


 結斗と晴輝はぽかんと口を開けたまま四條を見つめた。はぁ、と小さく溜息を吐いた朔は腕を組んで顔を逸らした。


「流石ですね、四條先生」


 結斗が四條先生に尊敬の眼差しを向ける。それでも四條は首を横に振って呆れた表情で解説を始めた。


「誰だって分かる。まず君たちのシャツはきっちりアイロンがされてある。雨は数時間前に止んでいるのに枳殻くんの靴が濡れている。ここに来るまでの道で水が異様に飛び散っている水溜りを見つけた」


 四條は一度間を置いて朔を見ると、最後に言った。


「そして何よりも阿刀くんの機嫌が悪い」


 朔は慌てて組んでいた両手を離し、四條に向き直った。


「さっ、今から魔術師と政府が提携を取っている警察署に行くが、阿刀くん」

「はい」

「君の刀を借りてもいいかい?」


 結斗と晴輝は目を丸くして朔に視線を向ける。朔は興味津々な二人を見て大きくため息を吐いた。


「バレたくなかったんですけど……まぁいいですよ、どうせ使いませんし」


 どうやら朔は自分の刀を持っているらしい。阿刀家はみな刀を持っており、自分の魔術を刀を通して行使する。


「俺は魔術が使えないし、刀を使う技量も無いのであげちゃってもいいんですけど」


 朔がむすっとした顔でそう吐き捨てた。彼の口調が重かったため空気も重たくなってしまった。


「はい、朔。このことは後でじっくり話そう。申し訳ないが今時間が押しているから刀を持ってきてくれ」


 落ち込み気味の朔の背中を結斗がバシバシと叩く。朔は恨めしそうに結斗を一瞥すると、寮に戻って一分ほどしてから刀を持って出てきた。


 刀が収められている鞘は頑丈な鮫皮で作られており、刀の持ち手は新品同様だ。


「行こう」


 四條はそう言って繁華街の方に歩き出した。


~☆~☆~☆~


 長い石畳の階段を下り、都会に出た三人は歩いている間に四條が説明をした。


「殺人事件があったのだが、恐らく加害者は妖術師だ。だから魔術師である私に依頼が来た」


 晴輝がわずかに眉を寄せた。妖術師を知らない結斗に、朔は彼らがどういった存在なのかを教える。


「妖術師って簡単に言うと悪い魔術師。悪のために魔術を使うんだけど、大体弱い。まあ、俺だったら会った場合逃げるが」


 妖術師は結斗たちの学校、魔術師育成高等学校に行かないのが多く、しっかりした教育を受けていないので弱いのがほとんどだ。しかし犯罪に巻き込まれる可能性が高いので、自分のランクが低い間は干渉しない方が良い。


 四人は小さな交番に着いた。四條は三人が外で待つように指示し、交番に入っていった。


「なんでこんなに小さな交番にいるの?」


 四條が「警察署」というので期待に胸を膨らませていた結斗だが、この質素な交番を見て肩を落とした。朔と晴輝は特に落胆した素振りを見せず、四條に呼ばれるのを大人しく待っている。


「三人とも入りなさい」


 警官一人以外誰もおらず、薄暗い交番の中に三人の足音だけが響く。


「この三人は私の管理下にいるので問題ありません」


 足を組んで座っている女性の警官が、かけているサングラスを外して三人を見定めるようにしてじっくり眺めた。警官は見られるだけで凍てつきそうなサファイアブルーの瞳を持っている。


「お前ら調子に乗るなよ?」


 冷たく放たれた言葉が三人の言葉を震わす。ここでは絶対にふざけてはならない、と三人は瞬時に理解した。


「まぁまぁ、彼らは私が責任を持って監視しますので通してください」


 四條が笑顔を振りまくと、警官はわざとらしく息を吐いた。


「あっちだ。今日のパスワードは5144771470101だから早く行け」


 警官がエレベーターのある方向にハエを払うかのように手をぱたぱたと振る。交番に入ってすぐ左側にあるのだが、入室した時には無かった。警官がエレベーターの前にあった壁を下げる操作盤を持っている。


「ありがとうございます」


 手を振りながら四條は警官に笑みを向ける。一方、少年三人組は突如して静かに現れたエレベーターに感嘆の息を漏らしている。


 四條がエレベーターを呼ぶと、すぐにドアが開いた。彼は不自然な笑みを浮かべたまま乗り、それに続いて三人が入る。ドアが閉まる時、四條素早くゼロから九までのアラビア数字が並べられたボタンを押し始めた。これは先程警官が言っていた数字で、一回聞いただけで完璧に覚えたようである。


「記憶力すげぇ……ってかこれハイテック……」


 結斗がぽつりと零した言葉に晴輝が頷く。


「噂通りの暗記力ですね」


 小さく拍手をする晴輝。


「私は氷雨流だ。これぐらい出来て当然。そして朔、パスワードを言ってごらんなさい」


 四條が朔に突然の課題を課す。パスワードを打ち終わると、エレベーターから何かが回転するような機械音がした。エレベーターのボタンは点滅を繰り返している。


「5144771470101」

「うん、いいな」


 朔は頭をぽんぽんと叩かれても頭を下げただけだったが、頬が少し紅潮している。結斗と晴輝はそれに気づかず、ライトショーのように明滅するボタンを眺めている。


「そういえば先生、笑顔どこにいったんですか」


 朔が四條に耳打ちする。いつの間にか笑みが消えていた四條は天井を仰いだ。


「あの人怖いから愛想よくしないといけないんだ……それより」


 四條の言葉の直後にエレベーター内の光と機械音が消えた。


「え⁉」

「何、怖⁉」

「静かにしなさい」


 四條に注意され、晴輝と結斗が黙り込む。


「乗り物酔いひどい人?」


 今度は不気味に口の端を上げている四條。次の瞬間エレベーターは糸が切れたかのように、立っているのもままならないくらい高速で落ちて行った。

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