第6話 8年越しの入国

【薮坂さまの第5話はこちら】

 https://kakuyomu.jp/works/16817330661653398946/episodes/16817330662988479876





「買いかぶりすぎだ。俺は安倍晴明じゃない。ユウは見えたけどさ、26年間ユウ以外の幽霊と遭ったためしがないんだぜ。ごく普通の一般市民には荷が重いんじゃねーか。願いを全て叶えろなんて、かぐや姫の要求よりもひどすぎるだろ。あんたがユウの本体なら、根っこのとこは同じだよな。特撮の爆発シーンやってみたいだの、ペッドボトルロケットで宇宙に行きたいだの、あいつの願いは物騒で無謀なものばかりだぞ。それを全部叶えていったら、俺の貯金が底を尽きる。その前に、付き合わされる俺が巻き添えを喰らってお陀仏だ」


 生前のユウはどんな子だったのか、何が未練になっているのか。知りたくないと言ったら嘘になる。だが、いかにもヤバそうなユウ――紛らしいから、今後は黒ユウと呼ぶ――に突拍子のないことを頼まれれば、俺の決断は慎重にならざるをえない。


 親しみやすそうな雰囲気を醸し出している黒ユウが、どこまで真実を話しているのかなんて分からない。本当はユウが本体で、黒ユウと分離したときに記憶を失ったのかもしれない。ユウを成仏したいと言っているのは嘘で、もう一度合体することを目論んでいるとか。だいたいユウそのものなら、すぐに分かるはずだろ。よく笑うアホの子は、いやが上にも記憶に残る。


 訝しむのも最もねと、黒ユウは肩をすくめた。


「自分がなりたいものと、実際の自分の姿は違う。それだけのことよ」


 つまり、黒ユウの見た目はユウと正反対ってことか。


「えぇ。信じられないかもしれないけれど。ファーストコンタクトでは、正気を保った状態じゃなかった。不可抗力なの。誰彼構わず襲ってしまう悪霊に成り果ててから、理性を取り戻せる時間がどんどん短くなっている。今あなたと会話ができていることは、奇跡だと思って」

「随分と都合のいいことで」

「『山月記』の李徴と同じよ。だから私の理性が残っているうちに、伝えておかないといけないの」

「作りためておいたポエムを公表しろと?」

「そんなこと頼まないわよ。あれは黒歴史もいいところ。陽の当たる場所に出しちゃいけないの。誰にも知られないように隠したから、下手に掘り出してみなさい。末代までハゲの呪いをかけてあげる」


 掘り出せる場所なら土の中かと訊きかけた俺は、睨まれて口をつぐむ。子孫から恨まれるご先祖なんてごめんだ。


「軽口を言ったのは久しぶりね。自我を完全に失う前に、人間らしい会話ができてよかったわ。あの子の未練がなくなれば、悪霊の私も消える。幽世にいる3人も、こちらの世界に戻って来られるわ。あの子が闇に取り込まれないうちに、成仏させてあげて。私がしたことは応急処置。時間がかかりすぎたら、あの子も悪霊になってしまうの。このことは絶対に覚えていて。それから」


 黒ユウはまくし立てた後で、俺の耳元に囁いた。


「社会の窓が開いているわよ」


 前言撤回。言いにくいことを伝えてくれる黒ユウは、優しくていい子だ。顔を真っ赤にして恥じらうユウと違い、眉を歪ませて哀れみの表情を作っている気がするけどな。暗すぎて断言はできないが。これもこれで癖に刺さる。


 見下ろしてくれてありがとう、女神様。


 心の中で合掌すると、黒ユウが俺の頭を叩いた。芸人並みの激しいツッコミだな。勢いのあまり首が折れるかと思ったぞ。容赦なさすぎだろ。早く4号室に戻って、ユウに慰めてもらおう。抹茶のハーゲルダッツを献上して。





 ―――――――――――――――――――――




「うりゃうりゃーうりゃー! どうよ、ユウ様の華麗なテク。今日こそは、お荷物だって言ったこと後悔させてやるもんね! 敵として再会できて嬉しいよ。あ、おかえり晴明。遅くない? 待ちくたびれて死ぬところだったよ」

「どこをどう見たら退屈で死にそうなんだ」


 帰ってきて早々、ユウはハーゲルダッツを催促した。呪プラトゥーンしながらアイス食う気かよ。下手くそが同時並行でこなそうとするんじゃない。コントローラをひょいと掴み、代わりにスプーンを握らせた。


「俺が代わるから、溶ける前に食っとけ」

「じゃあお言葉に甘えようかな。負けたら許さないからねー!」

「どの口が言うか。どの口が」


 バトルフィールドに適していない武器を選んでいる時点で、若葉マークが取れていないだろうに。俺はユウの所持している武器一覧を眺める。意外といいの持ってんじゃねーか。宝の持ち腐れとはまさにユウのことだな。


「ちょっ、どーして鉤爪を外すのさぁ! 忍び装束に合うようにコーディネートしてたのに!」

「あいにく見た目より性能を優先するタイプなんでね。初心者装備は狩衣か水干にしておけ。攻撃力より回避と防御を重視した方がいい。お前は攻めることに集中しすぎて、被弾に気づいていないからな」

「ふんだ。可愛いくないと気分萎えるんだよ。だから、そんな装備じゃ絶対勝てないね」


 言ったな。ゲーマーの腕の見せどころをとくとご覧いただこうか。呪符と扇を携えて、3対3のバトルの火蓋が切って落とされた。


 ユユユ:こんばんはー! ど下手くそのユユユが机に小指ぶつけたんで、これから兄貴が代わりに参戦しまーす。短い付き合いになるけど、よろしくでーす。ちゃっちゃとやっつけちゃいましょーねー!


 スノー:御意。妹殿の回復を祈る


 ラギ:頑張りましょうね( ÒㅅÓ)キリッ


「おうよ。期待に応えるぜ」


 俺が扇で飛ばした呪符は、子猿の姿に変化した。


「スキル『見ざる言わざる効かざる』で敵陣における負荷無効化。狭いところを駆け回ってくれるから呪いに当たる心配はゼロ。猿の足跡に沿って呪いをぶつけ合えば、最短距離で自陣を広げられる優れものなんだよな。敵を鬼火でひるませつつ、猿の操作もするのはユウにできないだろうけど、プレイ時間1000を軽く越えてる俺の目なら朝飯前だ」


 かっこいいだろ、俺の指さばき。ドヤ顔でユウを見ると、なぜか膝に顔をつけていた。


「うわあああん。ラギさん、晴明なんかに可愛い絵文字送らないでよ。もう! どうして勝手にチャットするの! 黒衣の刺客、ユユユちゃんのクールなキャラが台無しじゃんか」

「ボッコボコにやられる忍者とか、ギャグ要員でしかないだろうが。こういう顔文字使う女子、あざといけど惹かれるわー。リアルだとギャルしてんのかな。意外に清楚系っていう線もあるか?」

「変な想像するなぁ! ぼくのラギさんが穢れる」


 ユウは奇声を発しながら、大きくスプーンをすくった。ハーゲルダッツなんだから味わって食べろよ。てか、俺に分けてくれないんだな。少しくらいは、暑い中コンビニに行った労をねぎらえよ。黒ユウも、ユウも俺に対する扱い雑すぎんだろ。


 俺の助太刀によって圧勝した後、やけになったユウが3対1で大敗したのはごく普通の話だった。せっかくユウでも勝てる装備にカスタマイズしてやったのに、元に戻したら意味がない。

 ご機嫌ななめのほっぺをつつきながら、俺はユウの願い事を探る。


「遠くに行けるとしたら、どこに行きたい? 夏限定で」

「関東がいい! 修学旅行、行けてなかったし」

「直前に病気にでもなったのか?」

「そんなんじゃないよ。ただ……」


 ユウの視線は宙をさ迷った。


「うーん。ぼく、どうして行けなかったんだろう? 全然思い出せないや」


 禁則事項じゃあるまいし、もう少しヒントくれよ。仕方がないから関東の旅行プランを検索するしかない。


「ふんふん。中華街と赤レンガ倉庫はよく聞くね。ディスティニーリゾート、ぼく行ったことがないなぁ。ランドかシーどっちに行くか希望取らされたけど、結局行けてないんだよね。ほんと、何で行けてないんだろ」


 未練があるのはディスティニーリゾートらしい。せっかくだからホリディ・パッケージを使って、めいっぱい楽しんでもらうか。アトラクション利用券だけじゃなくて、ショーの観覧席も確保してもらえる宿泊プランだ。種類は限られるが、ソフトドリンク無料券は夏場に重宝する。


 料金を確認した俺の指は、つりそうになった。


 たっか! 夏休みシーズンってのも影響してるだろうけど。おかんは、このプランと飛行機代も二人分払っていたのかよ。俺が中学卒業するまで毎年。それはおとんがストップかけるはずだわ。限定イベント以外行くなって。今度実家に帰ったら、なんかいい菓子折でも持参するか。


 盆前はすでに売り切れでいっぱいかと思いきや、表示が急に変わる。


「もしかしてキャンセル出たか? ラッキー! 有給2日取って、ランドとシーどっちも満喫するぞ!」


 倉間の誘いを断っておいて、ディスティニーランドホテルに宿泊するのは悪い気がしないでもない。だが、このときの俺はユウの願いを叶えることを優先した。明るいユウが悪霊になっちまうのは、なんか嫌だった。


 10日と11日に有給を申請し、9日の仕事終わりに新幹線で移動した。寝るだけだからネカフェで十分。

 翌日は6時に起きて高速バスに乗った。ディスティニーリゾート行きの表示を見るだけでわくわくする。体力温存のために寝ていると、ユウが頬をぺちぺちと叩いた。


「見てよ、晴明。開園時間までまだまだ時間あるのに、すごい長蛇の列だよ! ぼく達、乗り遅れちゃったんじゃない?」


 駐車場へじわじわと進む自家用車が、お盆の渋滞ピーク並みに見えるのだろう。ユウは赤くなったり青くなったりした。


『焦るな、焦るな。太陽と人混みの熱気で、俺がダウンしちまう。混雑が緩和するまで、エクスピアリのスタダでお茶しようぜ。スイカクラペチーノをご馳走してやるよ』

「やだやだ。早くランド行きたいのに。目と鼻の先じゃないか」


 そもそも夢の国へ入国する前に、避けては通れない道があるんだけどな。


『まずはスーツケースを預けないといけないから、どっちみちすぐに行けないぞ』

「えぇー? スプラッタマウンテンで叫ぶ準備はできてるんだよ? 一足先に行っちゃおうかな」

『俺はユウと違って保安検査場でやることあるんだから、勝手な行動するんじゃないぞ。なんか修学旅行の引率の先生にでもなった気分になるぜ。あと、今日はランドじゃなくてシーだ。泊まるのはディスティニーランドホテルだけどな』


 俺はユウにスマホの画面を見せる。直接言わないのは、旅行前にした約束だ。4号室ならともかく、誰もいないのに話し続ける奴がいたら不審者認定される。最初はめんどくさいと言っていたユウだが、今は秘密の会話みたいとはしゃいでいた。


 荷物を預けるのはコインロッカーではなく、東京ディスティニーリゾート・ウェルカムセンターだ。ホテルに運んでもらうついでに、チェックインも済ませたかった。ランドに近いのだから、初日はランドにすればいいのではという意見もあるだろう。行きに楽をするか、疲弊しきった足を計算できるかの違いだ。俺は帰りの自分に優しくありたい。


 停留所からウェルカムセンターまでの道のりは、頭よりも足が覚えていた。ただ、チェックインをしたときに「ドアにスマートフォンをかざしていただくと、魔法で鍵が解除されます」だなんて言われるとは予想外だった。さすが最先端の魔法だ。人間の世界よりもはるかに発達している。


 スターダックスコーヒーエクスピアリ店の視察もとい腹ごしらえを済ませ、パークを結ぶモノレールに乗車した。マッキーの手を模した吊革、マッキーの顔の形の窓。入国している実感が強まってくる。


 物心ついたときから行き慣れている俺にとって、実家に帰ってきた感覚になる。ヘスティア火山の噴火も、規則正しく聞こえるテラーオブタワーの悲鳴も安らぐ。ユウに手を引かれながら、冒険と創造の海へ駆け出した。





「もー! 晴明ったら! 全然アトラクション乗らないじゃん!」


 ふてくされるユウに、フード付きタオルを引っ張られる。マッキー型みかんアイスのパッケージがあしらわれたタオルは、すれ違うキャストさんから美味しそうですねと褒められた。


『乗ったって。陽気な亀のトークショー、ランプの精のマジックショー、海底探索、人魚のダンスショー。さっきも、海藻カップでぐるぐる回されたばかりだろ』

「ほとんどシアター系でしょ。360度ループとか、バギーで魔宮ひゃっはーしないの?」

『中学卒業してから絶叫系がマジで無理なんだよ。高校の修学旅行で行ったっきり、縁を切ったんだ。俺は風景と食べ歩きを満喫するために入国してんの。絶叫系行きたいなら一人で行ってこい。俺はカフェで待機してるから』


 晴明が彼氏なら絶対捨てて帰る。

 ユウのセリフはさすがに傷ついた。ヘスティア火山は、姥捨山ならぬ彼氏捨て山じゃないっての。


「次は恋ストーリーマニアの時間だったな。歩くのだるいから文明の利器を使うか。ディスティニーシー・エクセレントレールウェイ……電動式トロリーで」

『ナウいね! そういう乗り物もあるなら先に言ってよ』


 エモいねよりもナウいをあえて使うユウのこだわりが、いまいちよく分からない。


 冷たい海から陸へ上がった俺達は、遺跡へ向かって歩き出す。エクセレントレールウェイ乗り場は少し距離がある。アップルティーソーダで潤った喉が、すぐに水分補給を訴えそうだ。


「あっ。ちょっと止まって」

『隠れマッキーか? マーメイドララバイにあるやつは有名だもんな』

「違うって。アミエルとフリャンダーのタイル」


 俺はユウが指さすタイルをまじまじと見て、写真を撮った。これは初めての発見だ。


「ずるい。ぼくが先に見つけたのに」

「新しい発見があるから、何回行っても飽きないんだよな。ほんと、パークを作った人を尊敬するよ」


 ユウが報告してくることの大半は、ガイドブックやテレビ特集で周知されているものだかりだったが、このタイルは見ようとしなければ気づけなかったはずだ。ささやかな収穫だが、真夏に来てよかったと思える。


 ユウと回るのは正直楽しい。高架鉄道ならではの視線に興奮し、窓ガラスいっぱいに顔を近づけていた。俺は今、小さい子どもを見守るお父さんポジションかもしれん。


 恋ストーリーマニアに着くと、指定された時間の二十分前だった。ワゴンで売られていたティラミス味のアイスサンドに吸い寄せられ、近くのベンチで食べることにした。


『ユウも食べるか?』

「でも、誰かに見られたら」


 俺はアイスを一旦ベンチに置いて、日傘を差した。


『これでいいだろ。俺だけにしか見えてない』

「うん!」


 独占欲キモいと猛省していると、ユウは膝に乗って来た。これ、入ってね……?


「いっただきまーす!」

『なぜ俺をまたぐ必要が?』

「晴明も食べたいの? はい。あーん」


 聞けよ、人の話。俺はユウの手を掴む。


「元々俺のだ」

「あいたぁ!」


 俺は半分以上なくなったアイスをたいらげた。触っただけで悲鳴を上げるユウは大袈裟だ。


「あの姉妹、プリンセスの魔法でおめかししてる。可愛いなぁ。ちっちゃい子はお姫様になれて。ぼくはもう立派な大人だからできないや」


 俺から下りたユウの顔は、逆光でよく見えなかった。




【薮坂さまの第7話に続く!】

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