席替え
事件が起きたのは、その翌日のことだった。
朝、いつものように朝食をしっかり
僕も馴染んだ座席に向かうのをやめ、黒板前の群集に混ざることにした。ため息は吐かない。なぜなら、過去に対して
さっそく席に座ってみる。こんなに後ろから教室中を眺めるのは久しぶりだ。机にはくだらない落書きが残っている。備品に落書きなんて、と消しゴムで消そうと試みたが、油性ペンでしっかり書いてあった。この机ある限り後世まで脈々と受け継いでいく
そんなふうに暇を持て余していると、ふと、視界の端に栗色が映った。──まさか。左に視線を流すと、〝やつ〟が隣の席を陣取って退屈そうに寝ている。陽に照らされたあやふやな輪郭が、目障りなほどきらきら光っていた。
「何でそこで寝ている」と思わず。〝やつ〟はのそっと起きて、「やあ秀才くん」「何でお前が僕の隣に座ってるんだ」あくびと共に、「だっておれの席だもの」
急いで表を確認すると、確かに僕の隣に連ねられていた名は〝
僕はこれまで、席替えひとつで
今日、僕は信じてもいない神に懺悔し、この考えを改める。理由は説明できないが、これから約二か月間、高槻夏乃の隣に座り続けるという事実はそれくらい苦痛なことに思われた。理由は説明できないが、それくらい高槻夏乃のことが大嫌いだった。アーメン。
僕は懺悔を終えると、絶望の
これより会話を試みる。
「今日は、休講なのかい」
我ながら相手に寄り添った良い一手目だ。〝やつ〟はナマケモノと同じスピードでこちらを向き直すと、眉を吊り上げて変な顔をした。
「え、今、おれに話しかけてる?」
失礼な男である。僕は仕方なく
「で、今日は休校なのかい」
「キュウコウ? 何言ってんのさ。秀才くんも元気に登校してるのに。……秀才なのにへんなこと言うなあ」
「……そうじゃない。いつもやってるじゃないか。クジラがどうとか、犬がどうしたとか」
何度かラリーしたところで、それまで眠そうにぽやぽやしていた〝やつ〟の瞳が急に輝いた。
「おれの話に興味があるの!?」
拡声器いらずの
「いや、興味はない」
あまりの勢いに気圧されて、取り繕うのを忘れた。〝やつ〟は僕の返事を聞くと、みるみるうちにしおらしくなって、やがて元のようになった。つまりは存在感のない生徒Tである。そして息を吐くついでに、ぽそりと言葉を落とした。
「こういう日はだめ。こういう日はね、誰もおれのこと覚えてないから」
「……さしも記憶力の乏しい連中だとは思わないが」
生徒Tはふふふ、と笑った。「そうじゃないよ。秀才くんって、面白い人だね」
不可解な夢を見たのは、その日の夜のことだった。
夢の内容は──正直あまりよく覚えていない。ただ長い間水の中を
時計は六時五分を指していた。起床するには十五分早い。僕はぼけた頭で二度寝を選択し、寝心地を求めて身をよじった。……すると、ぐじゅ、という音と共に、何やら不快な感触があることに気がついた。
嫌な予感がした。まさか、高校二年生にもなってまだ寝小便で架空の世界地図を描くようなドリーマーなのか? 冗談じゃない!
僕はここ一番の俊敏さを
空を泳ぐ鯨 七辻 @nanatsuji777
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