第5話 アンドロフの違和感

 王妃の部屋は、以前となんら変わりがない。


 もし部屋の主が暮らしていたら、生活感がある。無意識下で、カーテンや物の向きなど、微々たる変化を感じ取るものなのだ。


 それがないのは、王妃が亡くなった当時のまま保存されているからに他ならない。

 だからこそだろうか。

 アンドロフは、自分で考えていたよりも遥かに違和感を覚えた。


 アンドロフが暮らす部屋や侍女の部屋が、なんらかの事情で保存されていてもここまで違和感を覚えないだろう。


 しかし、この部屋は違う。

 豪華絢爛な天蓋付きのベッドに、天井に描かれた神々や天使の絵。床には落ち着いた深い青色のタイルが二色、交互に敷かれている。

 部屋の見た目に合わせるように設えたのだろう長方形のテーブルは、やはり青系色の色ガラスやタイルを組み合わせて作られていた。


 他の家具も、ひと目で一流の職人が丹精込めて作り上げたものだとわかる。


 他ならぬ王妃の部屋が、数か月も同じ見た目のままここにあるなど、本来ならば有り得ない。


 目視で確認できる違和感によって、『有り得ないことが起きている』という事実を否が応でも認識させられる。

 アンドロフは、そのことに心を重くした。


ね」


 王妃の部屋を見渡しながら、アサミが囁くように言う。

 アンドロフは、確かにと思った。


「王宮は、王城のなかでも外れの方にあるんだよ。静かで良い場所だ」

(違う、


 フンドの説明に、アンドロフは心の中で否定する。

 彼の説明は間違っていない。

 実際に、部屋自体も静寂に包まれているのだ。


 しかし、アサミのいう『静か』とは、きっと部屋そのもののことではない。


(待て。なぜ俺はそう思うんだ? 大体、フンドのいう『静か』以外に、どんな意味があるというのか)


 自分の考えに、唇を曲げた。

 横目でアサミを伺うと、彼女は部屋全体をじっくりと見てから部屋を出た。


 彼女の表情がここに来る前より遥かに厳しいものになっていて、アンドロフの心がザワリとする。

 ザワザワと嫌な心地に、胸を抑えた。


(なんだ?)


 王宮をあとにして、王城内にある東屋のベンチに腰を下ろした。

 当然のようにフンドがアサミの正面に座り、じっと彼女の顔を覗き込む。


「どうだった、レディ。何かわかった?」

「何も」


 フンドの質問に、アサミが答える。

 悪びれもなく――といったような態度ならば、ここまでゾッとしなかっただろう。

 だが、アサミの表情は王宮を出たときよりも真剣で厳しいものになっており、何かを考えているようにも見える。


「――アンドロフ? どうかした?」

「なぜ俺に聞くんだ。どうもしないぞ」


 間を置かずに答えてしまったのは、この落ち着かないような心地を知られたくなかったからだ。

 そもそも、アサミがどれだけ厳しい顔をしていようがアンドロフには関係ない。


 幽霊などいないのだから、霊能者という輩は詐欺と考えて間違いないはずだ。

 自分にそう言い聞かせるが、どうしてか、心のザワザワが収まらない。


 いつからだ、とアンドロフは自分に問い、今日を思い返す。

 王妃の部屋を出た時か。

 いや、あのときアサミの表情を見て嫌な心地になったが、それは、その頃にはすでに無意識下でを感じ取っていたからだ。


(何かってなんだ。俺は何を考えている、馬鹿馬鹿しい!)


 考えを振り払うように、フンドを見た。

 彼はなぜか、目をぱちくりとさせている。


「な、なんだ?」


 何気なく後ろを振り返って、何も無いことにほっとした。

 なんとなくだが、自分の背後に何かいるのではないか、と思ったのだ。

 だが、当然そんなはずはないわけで……。

 キッとフンドを睨みつけた。


「フンド、何が言いたい? はっきり言え」

「ええっと。ただ私は、具合でも悪いのかなと。レディが『何も』って言った時、またきみが彼女に当たり散らすと身構えたんだよ。けど、何も言わないし、顔色もなんだか青い……?」

「な、何も無いことが分かったのだから、悪くない成果だろうが」


 咄嗟にしては、よい返事ができたと自分を褒めてやりたい。

 フンドは少し考えて、それもそうかと頷いた。


「ねぇレディ、次はどうする予定なんだい?」

「今夜もう一度来ようと思うの」

「こ、こここここ今夜だと!?」


 盛大に噛んだアンドロフに、二人が訝るような顔を向けてきた。


「人が消えるのは夜なんでしょ? だったら、その時間に行くしかないじゃないの」


 アサミの言葉に、フンドは「なるほどね」と頷いた。


「夜と昼間は、異なるのかい?」

「ええ。でも、場合によっては即時撤退するから、動きやすい格好で来てね」


 心から行きたくなかった。

 全身が行っては駄目だと叫んでいる。


 しかしながら、アンドロフは行かねばならない。

 なぜならば彼は王国騎士団という立場であり、国王からの命令は絶対なのだ。


 それに、ここで行かないと言えば、臆病者だと思われるかもしれない。

 臆病者と見せかける作戦ならば構わないが、単純にアンドロフ個人をそのように評価されるのは我慢がならなかった。


 とくに、この女――アサミには。


(こんな詐欺師と二人きりにしては、フンドが騙されるかもしれないからな)


 アンドロフは、無理矢理胸を張って答えた。


「わかった。では二十一時に門前で待ち合わせ、でどうだろうか」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界に転生した元霊能者は、やがて真相にたどり着く 遠藤あんね @hina02

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ