第4話 王宮での聞き取り調査
バカ高い費用を請求してくるに決まっている。
アンドロフは、霊能者という女に対する不信感を強めていた。
しかし、フンドはそうではないようだ。
王宮に向かう馬車の中で、フンドが個人的に纏めてきたらしい今回の概要についての書類を女に見せた。
女はザッと目を通して、それからなぜかチラリとアンドロフを見る。
(なんだ?)
不愉快さを隠すことなくぎゅっと眉をひそめると、女は書類に視線を戻した。
本当に読んでいるのかわからない速さで書類をフンドに返すと、女は窓の外を眺め始める。
そんな、何事にも興味なさげの女に対して、フンドが仕事と無関係の話を始めた。
ほとんど一方的に話しているが、女もぽつぽつと返事をしている。
「――それで、目抜き通りにできたケーキの店がとても美味しいんだよ。今度、食べに行かないかい?」
「あまり人が多いところは得意じゃないの」
「そうなの? じゃあ、ランチの方がいいね。部屋を貸し切りにすれば、ゆっくり寛げるだろう?」
「ケーキは食べれる?」
「作らせよう」
「……じゃあ、考えておくわ」
「ありがとう、二人で出掛けることができる日を楽しみにしているよ。ああ、そうだ。レディのことはなんて呼べばいいかな?」
「アサミ」
(ん?)
珍しい名前に、アンドロフは軽く眉根を寄せる。
エステラルディア王国ではほとんどいない、黒髪と黒目を持っていることといい、もしかしたら異国の者なのかもしれない。
「アサミだね。よろしく」
馬車の中でわかったことは、霊能者という女がアサミという名前を名乗っていることと、ケーキが好きなのだろうということだけだった。
王城に着くと、アンドロフたちは真っ直ぐに王宮に向かった。
アサミが現場に案内するように言ったからである。
使用人より貧相なドレスを纏っているアサミは、よくない意味で目立っていたが、両脇をアンドロフとフンドが囲っているので露骨に軽蔑の視線を向けてくる者はいなかった。
三人は、王宮を取り仕切る侍従長によって応接室に通された。
どうやら王妃の部屋に入るために、国王の許可を貰いに行くらしい。管理者として当然と言えば当然だが、何をするにも決まった手続きをしなければならない事が煩わしかった。
「今から許可を取るの?」
アサミが尋ねると、侍従長が答えた。
「はい。わたくしが今から行ってまいります」
「その間、例の『王妃を見た』っていう侍女に会えないかしら?」
侍従長は、ちらりとアンドロフを見る。
何度も王宮へ調査に来ていることもあり、彼はアンドロフたちの任務をよく理解しているのだ。
アンドロフが頷くと、侍従長は「かしこまりました。こちらに寄越します」と言って部屋から出ていった。
暫くして一人の侍女が、紅茶の準備にやってきた。
くだんの、王妃の霊を見たと言った女である。
青白い顔をしており、以前聞き取りを行ったときよりも目の下にくっきりと隈を作っていた。
ずっと俯いていることもそうだが、慣れているだろう紅茶をいれるという行動一つとっても、まごまごと苛立ちが募る。
彼女には何度か聞き取りをしているが、どうも、アンドロフは彼女の気の弱そうな感じが気に触るのだ。
侍女はアンドロフを一切見ず、紅茶を三人に出すと、深く頭を下げた。
「侍従長様から、私をお呼びと伺いました」
「ええ、そうなの。紅茶美味しそうね、いただくわ」
侍女はゆっくりと顔を上げた。
アサミを真っ直ぐ見つめて、細い目を軽く見張っている。
一方のアンドロフは憮然とした。
アサミの紅茶を嗜む姿があまりにも絵になっていたからだ。
こういった場合、ドレスの質の悪さが浮きだってちぐはぐな印象を受けてもよいものだが、不思議と違和感の類は一切感じなかった。
先程の口調もゆったりと貴族のようだったし、小屋で料金表を見せてきた者とは別人のようである。
「美味しいわ」
「あ、ありがとうございます」
「突然ごめんなさいね。あなたが見た王妃様の姿や場所、何でもいいから教えて欲しいの。……そうね、時系列順に話してもらえると助かるわ」
侍女はさらに目を丸くした。
「私の話を信じてくださるのですか!」
「嘘なの?」
「い、いいえ! 本当です! 私、小さい頃から、時々変なものを見たり感じたりするんです。でも誰も信じてくれなくて……今回も……」
侍女は一瞬だけアンドロフに視線を向けかけたが、途中で留まったらしい。
今にも泣きそうなほど瞳に涙を浮かべ、ぎゅっとお仕着せの裾を掴んでいる。
(嘘に決まっているだろうが)
何が「信じてくれない」なのか。
そもそも霊など存在しない。
見えるという者は、目立って虚栄心を満たしたい、或いは自己顕示欲が高い、そういった理由から嘘をついているのだとアンドロフは考える。
幼子が親にかまって欲しくて悪戯をするような感覚で、多くを巻き込み、己の発言力にほくそ笑む最低のヤツらなのだ。
「あなたが嘘をつく理由なんて、ないでしょう?」
「っ、は、はい」
ぐずっと鼻をすすった侍女は、品も何も無い乱暴さで、己のドレスの袖で涙を拭う。
暫くして、ポツポツと侍女が話し出した。
「あの日、隣の部屋の侍女が失踪してしまったばかりで、とても怖かったんです。だから、遅くまで侍女仲間と一緒に居たんですけど、夜も遅くなってきて部屋に戻りました。部屋は四人部屋です」
部屋に戻ったあと、侍女はふとトイレに行きたくなった。
同室の侍女についてきて貰おうとしたけれど、いつの間にか三人とも眠っていて、体を揺すっても起きない。
朝まで我慢するには長すぎるし、仕方なく、一人でトイレに向かったのだ。
幸い、トイレは部屋からそれほど離れておらず、精々三部屋ほど先にあるため、すぐに帰ってくればいいと軽く考えていた。
しかし、次に我に返ったとき、彼女はなぜか中庭に立っていた。
記憶は部屋を出たところで消えており、いつの間にこんなところまで来たのかわからない。
最初に感じたのは寒さだった。
春から夏になろうとする季節とは到底思えない、肌を刺すような冷気にゾッとする。
これは夢ではなく現実だと理解したとき、脳裏に過ぎったのは最近頻発している失踪事件だった。
慌てて部屋に戻ろうとしたけれど、身体が動かない。
意志と反して、一歩ずつ確かに身体は中庭の奥に進んでいく。
――連れていかれる。
そう感じた。
何故か分からないけれど、そう強く思ったのだ。
しかし、身体は一向に言うことを聞かず、焦りと混乱で吐き気を催してきた頃。
突如、身体に自分の意志が戻った。
「そう。怖かったでしょうね」
「はい。それから……すぐに部屋に戻ろうとしたんです。でも、走り出してすぐに、なんて言うのか……こう、見えない幕のようなものに触れて……」
侍女は、ぞくりとしたように両腕を抱いた。
言い淀んだあと、唾液を飲み込んで、何かに怯えるように口を開いた。
「全身が燃えた気がしたんです。実際は、そんな事ないのに……」
「燃えた?」
「はい。炎に……生きたまま、焼かれているような……」
「答えにくければ構わないのだけど。それは、どんな感覚だったの?」
「どんな……燃えているとき、すごく痛くて苦しくて……幻を見ているようでした」
「痛くて苦しいのに、幻?」
「はい。夜の中庭にいたはずなのに、そのときの私は、中庭でも王宮でもない場所にいました。辺りは明るかったし、今思うと、光景が頭に流れてきていたような……痛みを伴う現実感のある夢を見ていたような感じでした」
侍女は、あ、と小さく呟いて、思い出したように言う。
「その夢のような場所で、とても綺麗な女の人が、燃える私を見ていました。誰かわかりませんけど。そのあと、我に返りました。すごく長い時間が過ぎたように感じたんですけど、たぶん数秒でした。嵐が身体を駆け抜けていくような感じで、去っていって……そこで、私は意識を失ってしまいました。次に目が覚めた時は朝になっていて、駆けつけた人たちに囲まれていました」
どうやら話が終わったらしい。
アンドロフは眉を顰める。
アンドロフが聞き取りにきた時より遥かに具体的で詳細だが、今の話のどこに王妃を見たという下りがあったのか。
アンドロフが聞く前に、アサミが尋ねた。
「王妃様の姿は、はっきりと見たの?」
「いいえ」
「なんだとっ!?」
椅子から立ち上がって、侍女を睨みつけた。
やはりこの女は嘘をついていたのだ。
夢遊病や混乱で見た幻や夢を、まるで本当に起きたかのように吹聴したのである。
「王妃様の目撃を語るとは大罪だ!」
「私、最初から『見た』なんて言ってません。王妃様を感じた、と言ったんです」
おどおどしていたはずの侍女が、今にも舌打ちをしそうに不愉快な顔をする。
そして、深くため息をついた。
「この際ですから言わせてもらいますけど、これまで私は一度も見たなんて言ってません。周りが勝手に言い始めたんです。あなただって、私の証言を聞いたあと『王妃様を見たのだな』と解釈してたじゃないですか。、偽りを広めたのは私じゃありません!」
「それは私も思ってたんだよね。解釈違いっていうか……ほんと、軍部を離れるとポンコツだねぇ」
「ぐ……っ!」
侍女の言い分に言い返そうとしたところで、フンドが彼女に同調した。
確かに、思い返せば明確に『見た』とは言っていない気がする。
あの時すでに、王妃の霊がいるという話は広まっていたから、その情報を脳内で照らし合わせて、見たのだろうと思い込んでしまったのだ。
「でも大丈夫。書類にはしっかりと真実をそのまま纏めておいたから」
ふと、馬車のなかでアンドロフを見たアサミの視線を思い出した。
あれはつまり、「こいつ事実をねじ曲げて話してやがるな」といった意味だったのだ。
理解すると、ムッとした。
(……だが、なんの違いがある?)
王妃の霊がいると噂を広めたのは、この侍女に変わりは無い。
「話を戻すけれど、感じたっていうのはどういうこと?」
「幕のようなものに触れた時、王妃様を感じたんです。どうしてなのか、わからないんですけど。でも一瞬でした。そのあと、すぐに、その」
「全身が燃えたのね」
侍女が大きく頷く。
アサミは、ふと微笑んだ。
そのあといくつか聞き取りをしたあと、アサミが軽く侍女を手招いた。
侍女の両手を掴み、さらに笑みを深める。
「……え?」
呟いたのは侍女である。
突然左右を見回して、他に人がいないかを確認し始めた。この応接室には、四人だけしかいないのはわかりきっているのに。
アサミが侍女から手を離し、彼女が持っていた鞄から腕輪を取り出した。糸を編んで作ったもののようだが、編み込まれた糸に一本だけ赤い糸が混ざっているのが奇妙に目立つ。
「これをあげるわ。お守りよ」
侍女は深く頭を下げると、ここに来たときとは別人のような笑顔で去っていった。
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