第3話 霊能者③
二ヶ月前に、国王の第一王妃であるロザリー王妃が亡くなった。
その後、数日も経たないうちに、ロザリー王妃が暮らしていた王宮では次々に失踪者が出始める。
その頃は、王宮を統制していた第一王妃の死が、王宮の瓦解を招いたのだろうと思われていた。
王宮の生活に不満を持つ侍女が、こっそり夜中に逃げ出したのだろうと考え、疑いさえしなかったのだ。
「だが先日、とある侍女が『王妃様の幽霊を見た』と騒ぎ出した。……俺たちは、この『王妃の霊が王宮に現れた』ことについて調査しているのだが、いかんせん専門外で、どこから手をつけるべきかすらわからんのだ」
一気に話してから、アンドロフは静かに息を吐き出した。
「そこで、お前の力を借りたい」
――王妃様の幽霊はいない。侍女の虚言だ。
そう、証言すればよいのである。
アンドロフは最後まで言わなかったが、伝わらないはずはないだろう。
ややのち、女は不機嫌そうに口を開いた。
「それで?」
「それで、とは?」
話は終わったのに、何を促されたのだろうか。
疑問に思っていると、女は言う。
「どうしたいの?」
「当然、今回のことを収拾したいのだ」
「大体の落とし所は決まってるみたいだけど?」
つと、真っ直ぐに黒い瞳に見据えられて、アンドロフは顔をしかめた。
こういった場合、察しているからこそ、あえて尋ねないものではないのか。
「……侍女の証言が元になっている。王妃様は他界されているのだからもういないというのに。俺はその侍女の証言を偽りであると証明したいんだ」
仕方なく補足する。
女は、ふんと鼻を鳴らした。
「ここに来たってことは、偽りだと証明できなかったんでしょう?」
「だから、こうして相談している」
少しの苛立ちを込めて言うと、女は盛大なため息をついた。
「相談、ね。あのね、そういったことを相談されても困るわ」
「なに?」
「誰かを陥れるなら、計略に長けた人に聞いてちょうだい」
「なんだとっ!?」
つい感情的になってしまったアンドロフに、女はまた盛大なため息をつく。
「そもそも、どうしてあんたはその侍女の言葉を信じないの?」
「幽霊などいるはずがないからだ」
「じゃあ、その侍女が嘘をついてるとして、嘘をついた理由は?」
「気が触れてるんじゃないのか。もしくは、虚言癖があるのかもしれん。目立ちたいだけだという可能性だってある。理由はたくさん考えられるだろうが」
「そうね。そういう可能性もあるわ。でも、だったらどうして、その侍女の言葉を王宮の者たちは信じたのかしら」
つと、女の瞳に力がこもる。
侮蔑とも不快感とも判断が付かない視線に見据えられて、ゾクリと背筋が震えた。
「国王自ら調べるように命令したんでしょ? それだけ事態の収拾を求めてるってことよね。きっと、王宮ではそれだけ混乱が起きてるんだわ。……あんたさ。まだ重要なこと、言ってないでしょう?」
(……っ、こいつ!)
カッと腹立たしい気持ちが込み上げてきたが、咄嗟に言葉が出なかった。
女の言うことが正しかったからである。
この苛立ちは、重要な部分を隠して話を進めようとしたことをアッサリ見抜かれたことによる、羞恥心にも似た感情なのだと遅れて気づいた。
「じつは、亡くなった王妃様のご遺体に奇妙な点があったんだ」
「フンド!」
フンドが口を開く。
王妃の遺体については、ごく一部の者しか知らないことである。女は相談内容を他言しないと言ったが、所詮は口約束でしかない。
ならば、こちらで情報を加味して話すべきだ。
しかしフンドは、怜悧さを感じさせる笑みを浮かべていた。
普段の女誑しな――本人に自覚は無いようだが――笑みではなく、仕事中に飲み見せる、知性溢れる参謀の顔である。
アンドロフは口を噤んだ。
類い希なる才能を持つフンドは、若くして国王の補佐官になった男だ。
ここは、彼に任せた方がよいだろう。
「友が失礼をしたね。彼はこういった会話が苦手なんだ」
「脳筋なのね」
「なっ……!」
フンドがアンドロフを手で制する。
今は黙っていろ、ということだろうが、脳筋呼ばわりするとはいくらなんでも失礼ではないか。
「改めて私から説明させてほしい」
王妃が発見されたのは、早朝だった。
第一発見者は、朝の支度を手伝いに部屋を訪れた担当の侍女である。
ベッドのなかで、仰向けの状態で亡くなっていた。
淡々とそれらを説明したフンドは、一度言葉を切った。
逡巡したのち、言葉を選ぶように続きを話す。
「見つかった王妃様の遺体は、焼死体だったんだ。どうやら、生きたまま焼かれたらしい」
アンドロフはぐっと拳を握り込む。
王妃の遺体は、もがき苦しんだままの姿が顕著に残されていたのだ。
シーツを握りしめ、暴れたような跡もあった。
だが、王妃はベッドからは起きず、その場で亡くなったのだ。
それは状況からしても確かである。
なのに、どうしてか王妃以外の物は燃えていなかった。
シーツも皺が寄っていたし足で蹴ったようなあともくっきり残っていたが、火の気配は一切ない。
その異様さに、誰もが尋常ではないことが起きていると感じたのである。
「そのことは箝口令が敷かれたけど、王宮で働く侍女たちの間であっという間に広まってね。しばらくして侍女たちが失踪を始めた。もしかしたら、関連あるんじゃないか……と考えていたところに、侍女の一人が『王妃様を感じた』と言い始めた。さすがに国王陛下も放置できなくなって、こうして調べるように命じられたんだ」
「すでに食い違いがあるようだけど」
「その件に関しては、また正確に伝えるよ。まぁそれで、我々はまず侍女の証言を疑った。侍女の証言が嘘とまでいかないにしても、彼女たちが暮らしている王宮全体が、正常な判断すらできないような、恐慌状態というか……哀れな状態になっているからね。けれど、結局彼女の言葉の真偽はわからないままで、確かめようもない。そこで、きみに手を貸してほしいんだ」
ふとフンドは笑みを深めて、ぐっと身体を前に乗り出した。
「私たちの依頼は、『王宮で何が起きたのか、その事実を解明すること』だよ」
アンドロフは、フンドの言葉の後に『事実をどう扱うかは、我々次第だけど』と続いたような気がした。
女はつとフンドを見据えたあと、そっと料金表を元あった位置に戻した。
「出張依頼になるわよ」
「承知の上さ」
「わかったわ。あなた方の依頼を受けるから、まずは現場に案内してちょうだい」
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