第2話 霊能者②
王都の目抜き通りから大きく逸れた、細い路地。
そこに、一枚の看板が掛かっていた。
【霊能者います】
謎の言葉が書いてあるその看板は、ちょっとした風に吹かれただけで、キィ、キィ、と音を立てながら揺れている。
(なんだ、これは……っ!)
看板が掛けてあるのは、こぢんまりとした小屋だった。
これまでアンドロフが見た占い師の店は、もっと神聖だったり神秘的だったりと、普通とは異なる雰囲気を醸していた。
しかし、目の前にあるのは、ただの小屋である。
アンドロフの実家の家畜ですら、もっと良いところに住んでいると思うと、一体どんなヤツがこんなところで商売をしているのか。
「これは……想定外だね」
さすがにフンドも引いているようで、小屋……ではなく店と手元の地図を見比べている。
「場所はあってるんだけど」
「こんな所で商売をするなど、胡散臭いを通り越して正気さを疑うぞ」
道の左右には似たような小屋が並んでいるが、そのほとんどが廃屋で、人の姿がないどころか、建物すらまともに建っていないのだ。
当然ながら行き交う人もおらず、道は閑散としていた。
「霊能者って、人がいないところでしか店を開いちゃいけないのかもしれないよ」
フンドが考えながら言う。
そんなわけあるか、と言いかけて、よく知りもしない職業に関して決めつけるのは愚の骨頂だと、己を叱責する。霊能者は胡散臭い、という考えは棚上げして……。
そもそももし人目のある場に店を構えていたら、アンドロフも霊能者という職を知っていたはずだ。
これは、アンドロフが無知というよりも、知名度の低さゆえだろう。
(もしかして本当に、人がいない所でしか店をやっていないのか?)
そういった縛りがないとは言いきれない。
実際に、霊能者などという仕事を宛にする者は、今のアンドロフたちのように地図を片手に探してでもやってくるのだから。
(ここで立ち止まっていても仕方がない)
フンドと視線を交わしたアンドロフは、【霊能者います】と書いてある看板の店に入った。
店に入って最初に目に付いたのは、簡素なソファだった。
狭い小屋のなかをカーテンで仕切ってあるので、向こう側がどうなっているのか見えない。
大体店というのは、入るなり店の者が出迎えるはずだがそれがないため、アンドロフは困惑した。
(誰か出てくるまで待つか?)
わからないが、こんなにこぢんまりとした小屋なのだ。客が来た音や気配を感じないはずが無い。
ともすれば、こちらから声をかけるのがこの店の常識なのかもしれなかった。
(なんとも関わりにくい店だな)
改めて思う。
商売をする気があるのかと。
「誰かいるか? 依頼をしたいのだが」
声を張り上げると、奥でゴトリと音がした。
誰かいる……当たり前だが……らしい。
やや間があって、女の声がした。
「はぁーい、どーぞー」
まるで寝起きのような、気だるそうな声音である。
(若い女の声だが……)
眉根を寄せていると、フンドが先にカーテンの奥に入った。慌ててアンドロフも後を追う形でついて行く。
机があった。
その向こうに女がいる。
まず……机が大きい。
とにかく、大きい。
どれほどかというと、ただでさえ狭いカーテンで仕切った部屋の半分を占めているのだ。
しかも、奇妙に黒く変色した木で出来ているそれは、明らかに粗悪品である。
そんな机に肘をつく若い女がいた。
ここエステラルディア国では珍しい黒髪と黒目を持つ女で、歳は十六か七ほど。
体躯は小柄で、後ろ姿だけ見れば子どものように見えるかもしれない。
アンドロフは思った。
(……至って普通だな)
占い師といえば顔を隠している印象があったし、法術師といえば神聖な服を纏って偉そうな風体をしている。
この女は偉そうではあったけれど、各々の職によくある独特の雰囲気というものがなかった。
「どうぞ、座って。料金表はここ」
「ありがとう、レディ」
さらりと答えたフンドが、促された向かい側の椅子に座る。二脚あるので、アンドロフももう片方の椅子に腰を下ろした。
「まさか、これほど麗しいレディに出会えるなんて、私はなんて幸運なんだろう」
うっとりと囁くフンドは、大体の女にこういったことを言う。
もはや挨拶のようなものだが、騙されて本気で好きになる女が後を絶たない。
本人に悪気は無いのだが、こうもサラリと口説く友を前にすると、アンドロフはなんと言ってよいかわからず、いつも黙り込んでしまうのだ。
女が、アンドロフとフンドの間にあった料金表をアンドロフの方に押しやった。
「相談だけなら、初回特典で二割引よ。それ以外は初回特典付かないから」
「あ、ああ」
これほどさらりとフンドの口説きを無視する女は初めて見たことに、戸惑ってしまう。
きっと仕事に真摯なのだな、と思いながら料金表に視線を落とした。
相談二十分【三万ベル】
その他【時価】
(その他……? 時価……?)
なんだその他というのは。
そもそも、二十分三万ベルというのは些か高額では無いだろうか。
占いですら、二十分三千ベルほどだったはずだ。
その十倍の値段である。
思わずフンドを見ると、彼はうっとりと目を細めていた。
知的で優秀、若くして国王補佐の一人となった彼は、いつも仮面のような笑みを浮かべている。
誰に対しても公平に優しい……もっともそれを優しさと呼ぶのかはわからないが……というが、フンドだ。
今、そんな彼の仮面が少しばかり外れかけている気がした。
だが、なぜ?
「初めまして、レディ。私は、フンド・シ・デ・アモーレという。よろしく」
女が、ぎょっとした顔をした。
どれほど無関心を装っても、やはりアモーレ伯爵家の名前には反応してしまうのだろう。
「……本名?」
「勿論さ」
「変わった名前ね。覚えやすいわ」
女が頷くと、フンドはさらにうっとりと目を細めた。
まさか本気で惹かれているのだろうか。
出会ってすぐに?
どこに?
そんな疑問を押しやって、アンドロフは咳払いをする。
「すまないが、相談の前にいくつか確認したい。これから話すことは決して他言しないようにして欲しいんだ」
霊能者を頼るという話はすでに国王に通して許可を得ているが、機密保持の観点から不安があるようならば、辞めておこうと考えている。
女は、フッと嘲笑気味に笑った。
「相談だけなら他言しないわ。けれど、現場派遣や調査となると、適した人材を呼んだり材料を集めたりする場合があるの。その際、依頼人の意向は極力優先するけれど、ある程度の情報開示が必要になる場合があるわ。勿論、余程の緊急事態でない限り、私個人の判断で情報を明かすことは無い。その都度、どうするか依頼人に尋ねるわ」
アンドロフは女の言葉をしっかりと反芻して、頷いた。
「わかった。では、今回は相談を頼む」
「では、どうぞ」
女がさらさらと、時計の時間を机の上にあった紙に書き込んだ。
半信半疑ではあるが、藁にもすがる思いで、アンドロフは話し始めた。
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