異世界に転生した元霊能者は、やがて真相にたどり着く
遠藤あんね
第1話 霊能者①
「王妃の幽霊、でございますか?」
アンドロフは、岩のように強面な顔を顰めた。
途端に、小さな咳払いがして、慌てて表情を無に戻す。
(助かった、フンド)
国王の側近であり、補佐官の一人でもあるフンドはアンドロフとは十年来の友である。
顔芸が苦手なアンドロフをよく知っており、なにかと気遣ってくれるのだ。
玉座からアンドロフを見下ろす国王ギヴレイは、ちらりとフンドを見て、それからニヤリと口の端を歪めた。
「そうだ。先日他界した我が王妃が、幽霊として王宮をさ迷っておる――という噂が出回っておる。お前には、この噂についての調査を命じる」
(なぜ俺が?)
喉まででかかった言葉を飲み込んだ。
相手は国王陛下そのひとであり、自分は王国騎士団の騎士という彼に従うべき立場なのだ。
物申すにしても、言葉をえらばなければならない。
「俺よりも、適任な者がいるかと思うのですが」
「余はお前を買っておる」
(信頼に報いろ……と、おっしゃるのか)
どう考えても王国騎士の仕事ではないように思えるのだが、一度物申してしまった手前、再度断ることは出来なかった。
「かしこまりました、全力で取り組ませて頂きます」
「うむ。一人では何かと困難なこともあろう。余の補佐官である、フンドをつける。二人で此度の件、解決せよ」
フンドが、ぎょっとして国王ギブレイを振り返った。
初耳だったようで、持ち前の美貌を繕うことも忘れてパクパクと金魚のように口を開閉している。
「陛下、私より適任者が……」
「もう決めた」
「は、はい。……かしこまりました」
フンドに対してあっさり言ったギブレイは、隣に立つ宰相を振り返る。
宰相は目を細めてアンドロフに下がるよう命じ、次の者を謁見室に呼ぶよう指示した。
◆◆◆
「……どうすればいいんだ」
アンドロフは酒を片手に項垂れていた。
隣には、スマートにグラスを傾けるフンドが、街の酒場に似つかわしくない優雅さで座っている。
「調べたけど、何も分からなかったね」
「うむ。そもそも調べ方もこれであっているのかすらわからん」
聞き取りをしたり、目撃情報を纏めたり。
だが、情報を知れば知るほど、嘘くさく思えてくるのだ。
やれ、王妃の姿を見ただの。
やれ、低く呻く声を聞いただの。
そもそもアンドロフは、幽霊などという非現実的なものは信じていないのだ。
だから今回も、先月亡くなった王妃の死に様から、様々な憶測を呼んだだけだ……と、考えている。
「幻覚や幻聴に決まっている」
「だとしても、収拾をつけるだけの根拠が必要だよ」
「わかっている。だが、陛下は一体何をお望みなのだ……?」
もし噂を消すように、といった命令ならば、個人的に呼び出して命じるだろう。
だがギブレイはあえて、謁見の順番通りのアンドロフを呼び出し、命じた。
まるで大勢の者たちに、言い聞かせるように。
「うーん。この際、幽霊なんかいないってお墨付きを貰うっていうのはどうかな?」
「誰にだ?」
「実は、こういうことの専門家がいるらしいんだ」
「専門家だと?」
顔をしかめるアンドロフに、フンドが笑う。
「そう。このままだと、どうすればいいのかすらわからないからね。何かしないと、進まないよ」
「それはそうだが、専門家というと呪い師のことか?」
堅物のアンドロフでも、占いを専門としている呪い師なる職業があることは知っている。
一度の占いで法外とも言えるカネを取る、胡散臭い職業だ。いや、職業とすら呼べるものではない。
そもそも、人の未来などわかるはずがないのだ。
呪い師は、たはだの詐欺師であるとアンドロフは考えている。
しかし、月に一度の頻度で占いに通っている姉にこのことを言うと、「この食わず嫌いが!」と股間を蹴られてしまった。
しかもドスドスと二度連続で。
(……まぁ、一度経験しておくのも悪くないか。そうすれば、理論的に姉上の目を覚ましてやれるしな)
ヒュン、と縮まる股間に気づかないふりをして、そんなことを考えていると。
「呪い師っていうより、霊能者、かな」
「霊能者? なんだそれは」
「霊を専門に扱う職業らしいよ。法術師に近いらしいけど。あ、占いもできるって聞いたな」
法術師は、聖堂に務める浄化の力を持つ選ばれし者たちだ。
彼らも胡散臭いのだが、大陸でもっとも権力のある宗教団体の一つであるため、それなりの体制が整っている。
対応に当たる者たちは全員一定の修行を行った者たちであり、ある程度の『力』を持っているというし、占い師よりは信用がおけるのだ。
(法術師と呪い師の間のような者だろうか)
霊能者。
初めて聞く言葉だし、正直気が進まない。
だが、このままだと一向に調査が終わらないのも事実なのだ。
フンドが勧めるのならば、一度話を聞きに行くのもいいだろう。
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