あの告白に花束を

@enoz0201

あの告白に花束を

 式場は、一軒家の立ち並ぶ住宅街を抜けた先にあった。

 洋式の結婚式というとどうしても荘厳な白の教会を想像してしまうが、その建物は異なる雰囲気をまとっていた。建築には木材が塗装されないまま用いられており、どこか自然の優しさのようなものを感じる。そして木々をを連ねた構造物の最奥、透き通った窓からは庭園の緑が見える。イメージするような、原色のステンドグラスの強い刺激は、ここにはない。

 勿論安全管理の問題から木材には何かしらの加工は施されているだろうし、色がどうであろうとガラスはガラスなのだが、各々のパーツに含まれる要素は、建物全体に調和した穏やかさを演出しているように感じられる。素人考えでそこまでのことを勝手に考察したところで、ふと、窓際の観葉植物を愛でる彼女の姿が思い出された。

(……なんとも、彼女らしい)

 その後式場の係員に声をかけられるまで、俺はそこに佇んでいた。


 式の段取りであれこれと指摘を受けた後、正式な手続きをとって式場に入場する。他の招待客共々、バージンロードを左右から見守るように配置されている椅子へ腰掛ける。長々と立ち尽くしていたせいで、脚が早くも疲労を感じ始めていた。同じく既に長々と眺め、もう十分すぎるほどに式場の内装を見尽くしたこともあって、少し意識が現実を離れ始めていている。端的に言うと、眠い。式場に彼女の雰囲気を感じるあまり、感覚が疲れていたのもあるかもしれない。

(こういうところが人でなしなんだって、彼女にも何度も言われたな)

 彼女の怒り顔を思い出して、なんとか眠気をこらえる。しばらくそうして戦っていると、先ほど注意を受けた係員の声が教会の中に響いた。マイクを通して拡大された音が、後方への注意を促す。のんびりと振り返ると、既に扉は開いていた。

(……ああ)

 一歩一歩、彼女はバージンロードを歩んでいく。傍らの父親と共に、嬉しさと恥ずかしさを隠せていない表情で。当然、その身にはウェディングドレスをまとっていた。彼女の白い肌が、短い黒髪が、優しく濡れた瞳が、美しい白に彩られていた。その色は純白ではあるものの、淡白さや無機質さとは無縁で、あたたかい、日向のような白だった。

(……綺麗だ)

 何よりも綺麗だと、そう思う。

 思うと同時に、もう俺がここにいる意味はないと、足がすぐに動き出そうとしていた。

(……)

 衝動をぐっと堪え、俺は彼女の結婚式を見届けた。


 結婚式の一連の流れが全て終わっても同じだった。気を抜くと、足がすぐに出口へ向かう。こんなにも庭園の緑は綺麗で、披露宴に向かう招待客達は楽しげで、でもだからこそ自分は場違いなのだと思い知らされる。

 胸の内を占めるこの感情は、一体なんなのか。後悔なのか、郷愁なのか、満足なのか。今は、その正体を見定めることはできない。あの時もそうだったのだから、きっと俺は、

『好きです』

 俺は、

『付き合ってください』

 俺は、

『……ごめん』

 きっと、何も変われていない。

(……?)

 没入を振り払って現在に戻ってみると、何やら招待客達が騒がしい。黄色い声の先に視線を向けると、彼女が壇上に立って、両手に小さな花束を持っている。その下では、招待された女性達が期待を持って今か今かと花束を待っていた。ブーケトスが行われるのだ。結婚式に出席したことはなかったから、この合間の時にされるのだと初めて知った。

 だが、俺には関係の無い事だ。

 関係ないと心の距離を突き放すと、途端に気持ちが楽になった。バージンロードを歩む彼女の姿を見た時とは正反対の凪のような気持ちで、イベントの最中から他の男性陣同様一歩引いて、宙を舞う花束を見つめる。盛り上がる歓声に呼応するかのごとくそれは高く舞い上がる。花束なんて繊細なものを投げたにしては、未だ落下の曲線は描かれない。随分と、長く遠く。次の祝福の証はやっと、後方にいる招待客のもとへ──、

「……あ」

 ──女性陣の後ろで何の気なしに眺めていた、俺のもとへ落ちてきた。



(私って、こんなに性格悪かったんだ)

 彼に結婚式の招待状を書いたことを思い出し、ふとそんな自己嫌悪が頭をよぎった。

 式場の人に手伝ってもらいながら、ウェディングドレスの着用とお化粧を済ませる。鏡の前に立つと、これが自分だと信じられないくらい、普段の私からは考えられないくらい、綺麗になっていた。こんな真っ白なドレスが似合うのか心配していたけど、夫の見立てとプロの技術はやはり本物だったわけだ。これをみんなに、生涯のパートナーに見てもらえると思うと、嬉しさでにわかに緊張が解けてきた。

 その直後、彼もまたこの姿を見るのだと、これを見せつけるために私は招待したのだと思い、今度は後悔が押し寄せてきた。

(やっぱりダメだな、私)

 多分私は、彼に見せつけようとしているのだ。かつてのクラスメイトは、こんなにも幸せですよと。あなたはどうだか知りませんが、私は幸せになれましたよと。そうでなきゃ、彼をわざわざ招待する理由なんてない。女々しいかもしれないけど、少なくとも私は気まずくて誘えない。

 自分をフッた初恋の相手を結婚式に呼ぶなんて、どう見ても当てつけなのだ、やっぱり。

(はあ……)

 みんなに気取られないように、心の中でそっと息を吐く。なんでこんなことをしてしまったのか。どんだけ性格悪いんだ。せっかくの、一生で一度の晴れ舞台なのに、いまいち気持ちが入ってこない。こんなことでは、夫に、両親に、みんなに、申し訳が立たない。何より、私自身が楽しまないと、結婚式の意味がない。

(……まあ。馬鹿やっちゃったのは、もう仕方ないよね)

 でも、いつまでも悩んではいられない。しっかりしなくちゃと呟くと、私は気持ちを切り替えた。


「……あ」

 切り替えたのに、最後の最後でやらかしてしまった。

 ブーケトス。花嫁が次の誰かに送る、未来への祈りと祝福。私が投げた花束を受け取った人が、次に結婚できるんだとか何とか。

 今回で言うと、彼が次に結婚することになる。彼の両手に、花束が収まっているのだから。

(まずいーっ)

 事前に練習した言葉が、受け取った人にかける祝福が、ぐるぐると頭を回り始める。でも、そんなことを言うのはもっと性格が悪い。自分をフった人を結婚式に呼んで、花束をぶん投げて、それで「おめでとう」なんて、はっきり言ってやばい。終わってる。

(ど、どうすれば)

 会場が沈黙に包まれる。みんなが私の言葉を待っている。みんなが受け取った彼の反応を待っている。私はぐるぐるするばかり。彼が器用な人でないことも知ってる。みんなは私達の関係を知らない。こっそり告ってこっそりフられたのだから、あ思い出すとやっぱ腹立ってきたな──、

「……っ」

 息を、飲んだ。

 困り顔の彼と、目が合う。今日初めて、彼と視線が交差する。今気づいたけど私は、ずっと彼から目を逸らしていた。確かに来ていたはずの彼から、ずっと逃げ続けていた。

 どうして、なんだろう。

 どうしてかは、わからない。

 でもどうしても、伝えたいことが、教えたいことが、あった気がして。

 どうしようもなく私は、彼をここに呼んだはずじゃないのか。

(──そうか)

 改めて、彼を見つめる。思わず花束を受け取ってしまって、気の利いたことも言えなくて、ついでに私からガン見されていて、何をすべきか悩んでいるその表情。どこか真新しく見えるスーツに身を包んでいて、存外にそれが似合っていた。決断をくだせない心情と、割と決まってる正装が、ミスマッチに映った。

 まるで、晴れの舞台なのに彼のことばかり気にしている私のように、ミスマッチに映った。

(きっと、君もそうなんだよね)

 自分が何考えてるか、何してるか分からない。

 でも、ここに来たんだ。

 何かわからないけど、終わらせるために。

 わからないものを、確かめるために。

 時が止まっていたあの時間を、動かすために。

「──っ」

 すう、と息を吸う。

 何を言うかも決まらないまま、頭の中を整理しないまま、言葉を紡ぐ。

「お幸せに!」

 全員が、呆気に取られる。言ってから、やらかしたなーと改めて思う。

 でも。彼だけは、

「……逆だろ」

 ため息をつきながらも、呆れたように笑ってくれていた。

(うん、そうだ)

 思い出した。

 私は、あの笑顔が好きだったんだ。

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