第21話 新入生代表挨拶の暗号(16)

「なんだこれ、すげーな」


 深月は、公園のベンチから常葉を見上げて、素直に驚きを示した。その手には、真紀ちゃんのメモ帳と常葉のノートが開かれている。


「だろ?」

 常葉が誇らしげに胸を張り、隣に立つ真紀がツンと澄ました顔で深月を見おろす。

「どう? 驚いた? 深月に出来ることは、私たちにだって出来るのよ?」

「それはそうだろうけどさ。すげー解き方だなって思って」

「すげー解き方?」

「うん。すごく面白い」


 深月は淡々と言うけれど、瞳にはきれいな小石を見つけた少年みたいな眼差しを浮かべている。真紀ちゃんと常葉は、何が面白いのか分らないという感じで、二人とも顔を見合わせて首を傾げる。二人に分からないなら、わたしにはもっと分からない。


 マンションに着いたあと、そのまま手前の公園に流れた。深月とベンチに座ったら、二人が鞄からメモ帳とノートを取り出して、秘密のプレゼントを渡すみたいに深月に見せた。わたしが知っているのはそれだけ。考えても分からないことだもん。気になるなら聞いちゃった方がいいよね。


「はい。深月、質問です」

「どうぞ」

「何があったんですか?」

「そっからか」


 深月はがっくりしてたけど、ちゃんと説明してくれた。真紀ちゃんに暗号の封筒を貸していたこと、真紀ちゃんと常葉が電車の中でそれを解いたこと、解いた時のメモ帳とノートを見せてもらったら、自分とは全然違った解き方をしていたこと、その解き方があまりにも斬新だったこと。


 くすくすと、深月が珍しく声を立てて笑う。

「なによ。馬鹿にしてるの? そんなに変な解き方だった?」

 普段、冷静で大人の真紀ちゃんが、機嫌を損ねて頬を膨らませる。

 常葉がハッとして確かめる。

「面白いって、もしかして、可笑おかしいって意味の『面白い』なのか!?」

「違うって。大体、俺がお前らのこと馬鹿にしたことなんて一度もないだろ?」

「じゃあ、なんで笑うの?」

「だって、お前ら二人、を持ってなかったんだろ? それで解いちまうんだもん。そりゃ笑うだろ、凄すぎて」


「鍵?」

「なんのこと?」


 深月は口許に笑いを残したまま、青い封筒の中から一枚のメッセージカードを取り出す。


「これだよ」


 深月が指に挟んで見せた名刺サイズのカードに、三人で顔を近づける。


――――――――――――――

 お前が話す時、

 声を出すか、出さないか、

 それが問題だ。

――――――――――――――


「なにこれ」

「暗号を解く鍵だ。これがあれば、単語の穴埋めをしなくても、数字とアルファベットの変換表が作れる」

「なんだって!?」

「うそ……」


「最初の過程――暗号化以前の文字がアルファベット、ギリシャ文字が母音、数字が子音と判断するところまでは、俺と真紀で大差ないだろう。問題はそのあと。この鍵があるのとないのとでは全然違ってくる。


 鍵があれば、声を出すのが『+』、声を出さないのが『—』だと予め分かってるようなものだ。21の子音を機械的に『有声音』と『無声音』に振り分けることで変換表が作れる。


 だが、鍵を持たない場合は、地道に虫食いの穴埋めをしながら表を埋めていき、徐々に現れてくる規則性から『+』『—』の基準が何なのかを推理、判断するしかない」


「要は、鍵のない俺らの方が、ずっと大変だったってこと?」

「そういうこと」


「常葉、ごめんなさい。私がちゃんと封筒の中身を確かめていれば」

 真紀ちゃんが申し訳なさそうに目を伏せる。

「いや、そんなの真紀ちゃんのせいじゃないし、それに、もしそんな鍵があったら、オレ、全然出る幕なかったと思うし。だから、逆によかったよ。オレも少しは役に立てたんだから」

 常葉がにっと笑い、真紀ちゃんの表情が和らぐ。


 わたし、二人が暗号と戦ってるときに、一体何してたんだろう。真紀ちゃんに寄り掛かって、口開けて寝てる場合じゃなかった。


「千夏はどう思う?」

「え? なにが?」


 深月は瞳を輝かせて、言葉に感動を滲ませる。


「暗号ってのは普通、鍵があってこそ解けるものだろ? それを鍵なしでこじ開ける奴がいるなんて、そんな力技を見せられたら、すげーと思わねえ? こんなやり方もあるんだなってさ」


 わたしは深月みたいに、暗号の解き方の違いにわくわくするほど賢くはないけれど、でも一つだけ、はっきり分かることがある。


 思わずふふって笑ってしまう。


「深月、すごく楽しそう。よかったね、深月!」


 深月は一瞬きょとんとしたけれど、

「うん、よかった」って満足気に言って、

 暗号カードを封筒にしまった。

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明菱高校のクアッド! 新入生代表挨拶の暗号 あしわらん @ashiwaran

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