暴れ魚珠裂吐
鮎河蛍石
ウォシュレットの渡来
徳川政権が始まって久しい頃、オランダよりソレは海を越えやって来た。
「うぉしゅれっと、とは如何なるものか」
「コレはですね。厠でババ垂れまっしゃろ? ほたらお尻ふきまっしゃろ? その段になってやっとこさ役にたちまんねん」
長崎の出島の屋敷にて商談する二人の影をぼんやりと行燈の灯りが照らしだす。
「尻を
得意の商人の言葉とはいえ、にわかに信じがたい話である。
「ものはためしに水を出してみまひょか」
木製の槽から上にまっすぐ伸びる支柱からたれた紐を商人が引くと、槽の下方よりにょきりと斜め上に伸びた管から水が噴射する。
「————うぉしゅれっとは火縄銃以来の業物やも知れぬ…………」
「そない大層なもんじゃおまへんで」
オランダ商人の見立てに反してウォシュレットは大層な業物であった。
天下泰平の世にその利便性が広く受け入れられる。
「尻子玉を磨かれる気分たあこういうこったな」
尻を
「もっと磨いてやろうか?」
「なんでえ! 厠の底から声がしやがる」
「儂は暴れ
「あひょひょひょひょ」
なんと!
尻子玉に届く途方もない勢いで射出された水流は流星の尾の如くまっすぐに飛脚の尻に吸い込まれてゆく。
そして飛脚の腰が砕けた。
文字通りである。
飛脚は体の内側から水の押し出す力によって爆ぜたのだ。
玉屋、鍵屋。
人間花火の様相である。
「儂に洗えぬ糞袋は無い! ぬはははははは! 洗ってほしくば片っ端から洗い尽くしてくれようぞ!」
「ええいそこまでだまらっしゃい!」
暴れ
「なんだなんだ?」
「斬り伏せじゃ!」
「饅頭はいかがかね」
「斬れ! 斬れ! 斬れ!」
妖怪変化の斬り伏せそれは滅多にお目に掛かれぬ騒動事。
この上ない見世物である。
あっという間に人垣がほったて厠を中心に形成される。
「近く寄れ侍」
「問答無用! 喰らえ
斬り伏せ人は胸元から竹筒を取り出すと厠に投げ込んだ。
厠諸共暴れ魚珠裂吐爆発四散!
「ふざけるな!」
「きたねえぞ!」
「腰の長物は飾りか!」
「腰抜け侍!」
観衆は暴徒と化す!
「ええい五月蠅い! 貴様らも吹き飛ばされたいか!」
「見事な調伏!」
「よっ天晴!」
「南無八幡大菩薩!」
「よっ徳川幕府!」
江戸時代初頭の衆愚は存外、賢いのでどうにもならぬお上の威圧におとなしく屈するのであった。
太平の世ここにあり。
暴れ魚珠裂吐 鮎河蛍石 @aomisora
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