§9 エピローグ

第41話 白い杉綾の座~いっしょにかぼちゃ

 2086年。白い杉綾の座上の席すぎあやのざじょうのせきは企画書を書いていた。周りには資料が山積みだ。


 この上席は連合での白い水玉の部屋の主(非公式な通称は袋)の上司にあたる。


 書く業務のある席たちは、手がある存在に擬態することが多い。人間、天使など、それぞれの好みの姿になる。

 この上席は、ペンそのものに擬態をしていた。具体的には「羽根ペン」。

 大型な黒い鳥から取る風切り羽根。その先端の凹みにつけられたインクがさらさらと文字を記していく。


 白い杉綾なのに黒? そういうことを亜空間の生命体はあまり気にしない。

 

 白い杉綾の座の上席、通称「上席」の自筆手書き連合速記は、字が汚いだけではない。書いている本人も考えがまとまっていないようで、支離滅裂だ。


“作戦計画? 企画書?


案件 勇者鮎田数樹氏〜第六十五世界他に再派遣 超現巫亜種異端リアルキミアパンク 第六十七世界


序章

第一節 鮎田数樹氏(以降「鮎田氏」)の派遣の必要性

第一項 案件の背景

第二項 ?

第二節 鮎田氏経歴

第一項 第六十七世界西暦2076年までの鮎田氏経歴

第二項 2077年から2086年までの鮎田氏経歴

第二節 第六十七世界での超現巫亜種異端リアルキミアパンクの動向

第一項 企業集団INCOの概要

第二項 レン(日本地方戸籍名 烏池からすいけ敬太郎)の

第三項 2083年

第四項 ウルデンゴーリン王国におけるグ

 

“……を見守る組織である連邦とその上の連合の組織と構成員がユートピアを目指しつつ、レンが率いる超現巫亜種異端リアルキミアパンクの犯罪組織の台頭により限界を超え……“


 上席は第二項の草案を書くのを中断し、さきほど白い麻の葉の常世霞が脇に置いた書面を読み返した。


 先日の上席会議の議事録だった。幻影で構成された議事録をパラパラとめくっていくと「第六十七世界は問題が多過ぎる。新しい技術を与えたのは間違いで、あのとき核戦争でまっさらの世界にリセットすべきだった」という意見が目に入った。


 羽根ペンが少し揺らいだ。上席はため息をついたのだ。そして、書き続けた。


 ***


 2086年8月。連邦首都。


 鮎田家と畑崎家のバーベキューは、鮎田の上司ファンの一家4人(ファン、歩の同僚のリー、その子どもたち)も参加して賑やかに終わった。

 その後、ファンの家を訪ねた。一戸建ての広い家には立派な卓球台があるのだ。

 今はファン=リー親子が対戦していて、光と智司が応援している。

 朱莉は母親と寄り添ってふたりがけのソファに座っている。その脇には青みを帯びた白い猫がいた。歩にはなかなかなつかないこの猫と朱莉は仲良しだ。


 先ほどまで白熱したラリーを繰り広げて満足した鮎田夫妻は、少し離れたところに座ってビールを飲んでいた。合間にポリポリと食べているつまみは、鮎田の上司ファン班長お手製のローストしたかぼちゃの種だ。


「朱莉ちゃん、ネコと仲良しでいいなあ」

 亜空間の青い部屋の主、ネコがしなやかな体を朱莉に擦り付けている。


「今回顔合わせをして、今後、中学生になったあたりで、亜空間と念話の訓練を始めることになった。朱莉ちゃんだけなら、亜空間と連絡装置を使って始めても良かったんだけどね」

「番犬がうるさいからね」


 歩は塩気の効いたかぼちゃの種と、別に確保した焼き菓子を交互にかじりながらニヤニヤした。

 チョコレートを混ぜ込んで焼いて四角く切り分けたブロンディーという焼き菓子は、ファンのパートナーで歩の同僚であるリーの自慢料理。西の大陸の中西部で研究所勤務したとき作り方を覚えたそうだ。

 作り方は鮎田夫妻も伝授してもらったが、リーが作ったブロンディーはどこか格別だ。

 朱莉も光も「はじめて食べる味! でも美味しい!」とぱくついていた。


 ***


 2078年、鮎田夫妻と白い部屋の主(手提げ袋形態)がこっそりおこなったつもりの「朱莉の素質確認」は智司に即バレた。

 絵本読み聞かせが一段落したころ、智司は鮎田夫妻に疑念に満ちたまなざしを向け、近寄ってきた。

 

 ――畑崎智司。この男もまた、佳き才を持ち、歩たちと同じく、心根が善良。これから念話することをふたりに伝えてくれ。


 歩に白い部屋の主から唐突で物欲しげな念話が入った。歩は手際よく3人だけで話す状況を作り、念話内容を取り次いだ。

 横暴袋を姉に持つと、よくあること。慣れていた。


 神崎は柔軟な対応力を持っている。まず、「親の許可なしでは朱莉に関わらない」確約を鮎田夫妻にさせた。その後も何度も話し合いをして、今に至る。

 神崎朱莉氏が成人するまで、亜空間との関わりは父親が全て確認する。

 そのために父親は身体を鍛え、減量にも取り組んでいるそうだ。


 ***


「念話を覚えても、すぐに派遣するとかそういうことではないんでしょう?」

「もちろん。こんなに早く勇者の素質を見出されることはあまりないから、早期教育はしている。けれど、実際の派遣は18歳以降だ」


 朱莉が口をとがらせて怒っている。内容はよく聞こえないが、母と娘はネコを間に侍らして、ずっと他愛のない話に興じている様子だ。


「畑中さんもそう言っていた。勇者教育より先にやることがある。まず、ちゃんと母国語の読み書きを学ぶ。基本的な超現象が使えるようになる。日本地方の知識を学び、連邦の知識も身につける。遊び、運動、芸術も。もちろん生活習慣や礼儀作法も」


 その話をしたとき真面目な表情だった親友は、いまはしまりのない顔で娘に向かってゲラゲラ笑っている。


「そうだね。その年齢の子どもがすべきことを出来ていて、朱莉ちゃんの希望があれば、僕に朱莉ちゃんパパがから連絡が来て、勇者教育の手伝いをすることになっている」

「大きくなるごとに、その連絡の回数が増えているよね」

「まあ、朱莉ちゃんもやらかして、もう勇者教育受けさせない! って大親子げんかも続発してるらしいけどね。あの子は優秀だけど、きかん気の子どもだ。でも、僕は教えるべきことを知っているし、これからも主やドナート氏に学んで対応していく自信がある」


 歩は微笑んだ。


「ドナート侯爵家、4人目生まれたって言ってたね」

「そう、子ども育成の熟練者だ」

 歩と数樹は曇りのない微笑を浮かべてお互いを見た。


 数樹は歩のビールの容器を見た。

「おかわりを持ってくるね」

「いいね、お願いします」

 数樹はキビキビとビールを冷やしている卓に向かっていく。歩は、その後ろ姿を感謝と敬愛を込めて見守った。


(終)

 

---

2023-10-25 議事録での意見を修正しました。


【2023-10-16 後書き 2023-10-25修正】

カクヨムでの連載は、これにて完結です。最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。面白いと思ったらフォローと★でのご評価をご検討ください。


Ch.4までプロットは出来ています。しかし、書き足すとしても、2024年以降になりそうです。


2023-10-16現在 約111,000文字、本編 約103,000文字(手計算なので間違ってるかも、後書きも含んでいます)。


私、イチモンジ・ルルは「カクヨムで書き出しレビューを500件書く」という目標に立てています。2023-10-16現在約100件です。


「書き出しに力を入れている小説(*)」というイベントを立ち上げています。


力作の書き出しを読ませていただき、条件に合う作品のみをレビューしています。

月2~3回くらい? でイベントを立てします。「(*)」はそのときの気まぐれで変わります。書き出しに力……で探してみてください。


皆様の読者/作者生活が喜びにみちたものでありますように。


2023-10-25 末尾のCh.0 資料集( 登場人物一覧/あらすじを最終話)まで足しました。

[登場人物Ch.1 §1 「必要なひと」 時点 ]

https://kakuyomu.jp/works/16817330661673670560/episodes/16817330664707352441

から

[Ch.3 §9 あらすじ/用語:白い杉綾の座~いっしょにかぼちゃ]

https://kakuyomu.jp/works/16817330661673670560/episodes/16817330665166630257

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