Ch.1-2の後:番外編

閑話:彼女の腰の丸みが(クズ視点前編 二一世紀連邦日本地方)

番外編 クズ視点(前後編)です。Ch.1§2までのネタバレあり。


[Ch.1 §1 あらすじ/用語:鮎田と鈴木と仲間たち/必要なひと]

https://kakuyomu.jp/works/16817330661673670560/episodes/16817330664707618870

 

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 ハロウィンの夜、媒質器具職人高橋は工房兼自宅の広い寝台から起き上がった。

 隣には艶やかな長い黒髪がしなやかに流れていた。その髪の合間から静かな寝息。少し湿気ったシーツ。


 高橋が恋人として周りに紹介する女性は大学三年の時から交際している鈴木。実家の親族とも面識がある。工房開きの祝いの時に「現在交際中の優秀な研究者」と引き合わせた。


 しかし、鈴木と高橋が工房兼自宅で夜を過ごすことはない。鈴木の家に泊まる。その方がもてなしやすいと鈴木が希望するからだ。


 この自宅の寝台で同衾する者たちは「おおやけ」ではない。

 男なら誰でもこっそり保っているであろうと高橋が考える「秘密」に属する者たちだ。

 高校時代からの割り切った付き合いの女たちや、鈴木の存在を知りながら横恋慕を通すこの女のような奴らは、ここで対応する。



 浴室で身体を清めたあと、その日の朝整えた眉を再確認し、薄く出ている髭を処理した。長めの髪――そろそろカットに行く時期だ――が顔立ちを引き立てるよう入念に整える。


 高橋は先ほどいま寝台に残してきた女性から報告されたことを思い出した。


 ――今日は、計画した通りにはならなかったにせよ、おおむねうまくいった。


 計画通りにならなかったことを考えると憂鬱になる。


 いまは他のことを考えることにした高橋は、すでにこの世界にいないはずの鈴木のことを回想する。


 ***


 鈴木は高橋にとって可愛い後輩だ。とても便利な恋人でもある。はじめて会った高校入学式の時から自分を慕い、尊敬してくれる。承認欲求を満たしてくれる。


 幼さの残る身体は、欲望の捌け口としても、そこそこ良い機能。


 出された前菜をのんびり食べながら、台所で甲斐甲斐しく立ち働く鈴木を見守る。彼女の腰の丸みが高橋をそそる。

 筋肉質なのに、むちむちの胸を攻めて喘がせるのは楽しい。ふだんの学生生活ではあまり表に出さない優しい性格も高橋に捧げてくれた。

 

 週一度泊まりに行くと、いろいろな据え膳で楽しませてくれた。

 

 金と手間がかかる場所には、高橋は鈴木を連れて行かない。鈴木は「交際相手とそういうところに行くのは、ごく当たり前である」という常識を知らない。


 ――流行りのお店は、純で鈍な鈴木には向かない。割り切った付き合いをしている世慣れた女性たちにはよく似合う。適材適所。

 

 他の女性たちが実家に帰る大晦日から元旦、高橋は暇を持て余す。鈴木と交際を始めてから、小さめで高級なおせちセットを予約購入していた。大晦日のお昼ごはんの時間、おせちを手土産に鈴木のアパートに行くのが恒例だ。

 大喜びの鈴木が、元旦の夕方まで一生懸命にもてなしてくれて、元が取れた。

 元旦の夜、ひとりで実家に顔を出す。

 翌日には実家から戻りはじめる女性たちとの付き合いシフトを再開。

 充実した毎日だった。

 

 ***

 

 ――でも、鈴木を上手に排除すれば、もっと自分が輝けることに気づいてしまったのだよなー、俺。


 寝室の椅子に腰掛け、タバコと着火器具を取り出して、一服しながら高橋は思い、独り笑いを浮かべる。

 

 高橋は自分の工房を持つ媒質器具職人だ。超現象を付与する媒質器具を、注文に応じて提案・設計する。受注後は、製作して納品する。

 提案見積もり通りの製品を納期遵守のうえ届けるので、高い評価を得ている。大学在学中から熱心に人脈づくりと営業をしたことも功を奏した。順風満帆。作業の予約は1年先まで埋まっている。報酬も満足がいく水準だ。


 ――これからは、ますますうまくいく。


 シーツの上の長い髪が寝返りにつれて動き、美しい顔があらわになる。くるりとカールしたまつ毛がゆっくり上がって、タレ目の大きな瞳が、高橋を愛おしそうに見つめてくる。


「せんぱぁい、ふふふ」


 再度軽く戯れあったあと、高橋は寝台を下りた。


「コーヒーをいれてくるよ。支度をしておいで。打ち合わせどおりに進めよう」


 ミニキッチンでコーヒー豆を挽く。手でハンドルを回すタイプの前時代工藝の器具は高橋のお気に入りだ。


 ***

 

 臆面もなく同級生の恋人の寝取りを狙ってくるエロいメスハイエナ、烏池からすいけ

 最初は適当にかわしていた高橋だった。でも、途中でかわすのが面倒になった。

 大学四年生の就職活動の時期くらいから、追加の欲望処理の道具として活用するようになった。

 ちょうど鈴木の専攻の勉強などがいままで以上に激務となった時期だった。夜遅くまで鈴木の家で待つ高橋を気にかけた鈴木が、落ち着くまで2週間に1回のお泊まりに変更しないかと提案してきた。「寂しい。でもいまは大切な時期だね」と優しく言って了解した。


 鈴木との付き合いが減ったことによる好感度の低下を防ぐため、端末の交流機能などでマメにメインテナンスを施した。そのうえで、新たに組んだシフトで新旧の刺激を享受した。


 成人したのに残る青い固さが物足りない時もある鈴木。


 その代わりのつまみ食い食材として、ほどよく熟れ、世慣れた烏池は使い勝手が良い。高橋を敬い、良い気分にさせてくれるところは鈴木と共通していて、好ましい。


 将来高橋が自分に真にふさわしい高級な伴侶を調達するまでのつなぎであれば、ちょうど良いのではないだろうか。


 ***


 浴室からシャワーの水音が響きはじめた。


 高橋は、美しい容姿と立ち振る舞いを最大限に活かして、いままで上手に立ち回ってきた。本心が伝わらないよう、うまく振る舞う。それがいちばん大切なことだ。


 欲望を吐く前の準備作業は得意だ。誘い、出迎え、食事、飲み物、その他。全く真心を込めなくても、技術とセンスを駆使して、良いパフォーマンスができる。身の入らない作業であっても、丁寧に感じさせる美しい仕上げを心がける。それが職人の心意気。烏池はますます高橋の虜となる。


 鈴木も烏池も、高橋の本心に全く気づかない。


 ――お互い蛇蝎の如く嫌いあっているふたりの女が、実は同じような誤解に酔っているって、面白えな。ま、それはそのままにして。

 

 高橋は挽いた豆をコーヒー用の媒質器具にセットし、抽出開始のための術式を詠唱した。媒質器具の中で水が生成され、熱が加わり、ちょうど良い量と温度で豆からコーヒーを抽出する。


 これは別の業者が作った媒質器具で、いつか自分で改良したいと思っていた。


 香りが立ち、こぽこぽとコーヒーが落ちていく。


 高橋は回想に戻った。


 ***

 

 鈴木が障害となり、真実の恋の相手と一緒になれない自分の哀しい運命を烏池に嘆いた。欲望を吐いたあとの寝物語などの機会に、邪悪な意図を込めて、でも誠実に見える装いを忘れず、嘆きをせっせと烏池へ注ぎ続けた。鈴木を排除したい真の理由を伝える必要はない。ひたすら甘い恋の錯覚の邪酒に酔わせ、狂わせつつ制御する。


 ある日、烏池に注ぎ続けた高橋の邪な唆しは所記の目的を達成した。


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今日2023-10-28午後7時頃後編を公開します。

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