閑話:ふさわしい長椅子(クズ視点後編 2075年 ハロウインの夜)
いつもと違う匂いをまとった烏池が思い詰めた表情をして高橋のところに来た。高橋に見せた資料一式には、複雑な術の組み合わせ方が説明されていた。
「
排除したい者を亜空間に飛ばす。同時に、その者が属していた組織、例えば学校、会社、家族に、その者の不在を不審に思わせない精神操作を加える。
――他人を排除したいと思い悩む者にとっては、甘い夢のようなうまい話だ。
高橋は資料に目を通した。核になる媒質器具と術式の詠唱を組み合わせ、核が術式に反応すると、転移が発生する。
――超現象と、俺の知らない未知の術の組み合わせ。斬新で、面白い。難しそうだが、俺ならできる。
今日の烏池にまとわりついている匂い。どんなところから発され、烏池の肢体にうつされたものなのか、高橋は想像してみた。
――娼婦にまで身を堕として、真実の恋に生きる。健気な女だ。欲望処理には最適だ。
高熱を出したかのように、暗い目をギラギラと光らせ、烏池は言った。
「核になる媒質器具を作ってください。術式の詠唱は、鈴木さんを慕っている男をうまく
彗星が太陽に近づくと核が溶け出し長く尾を引く星となるように、詠唱された術式に反応して動いた核から巫術が発動する。その結果、邪魔な人間たちが排除され、精神操作もなされる。そのための分厚い仕様書が作られていた。
高橋は指定された仕様の媒質器具を作った。小さな核自体に必要な加工を施した器具。相当知識がある者、例えば鈴木にもわからないように工夫した。
既製品を加工すれば完璧だ。
試作品のテストを何度もやった。付与したり、付与を外したりも繰り返して確認した。
その後、納品用の正式な媒質器具を作り、計画の数ヶ月前に「適当な位置に配備」した。
いつものとおり、そつなく、美しく振る舞った。
鈴木を慕っている男、今回の下手人となる桑田も、高橋の高校と大学の後輩だった。
真っ直ぐな気性の男。桑田自身が恋い焦がれる鈴木を、王子然とした立ち振る舞いでエスコートしている高橋を、桑田は軽く嫉妬しつつ深く尊敬しているようだった。恋人を尊重しているように「魅せる」芸を勘違いして評価してくれている彼には好感を持っていた。
――つけこみやすいから、単純な人間は重宝。
ただ、あまり真っ直ぐすぎては、今回の計画はうまくいかない。烏池は精神操作系の麻薬を調達していた。さらに、ヤバめの魔術も習得したらしい。
――コネを作るため、資料一式のときと同じような無茶したのだろうな。
烏池は「恋を実らせる仕事」を成功させようと努力している。尊敬混じりの軽蔑を、高橋は少し重ねた。
「核」設置数ヶ月後、ようやく準備が整い、ハロウィンという祭りで誤魔化しやすいお誂え向きの日が決行日と決まった。
「せんぱいがぁ、医療用媒質器具を作る時はお手伝いできますよぉ」
まだ欲望処理に使っていない頃、医療用媒質器具職人・業者が集まるゴルフコンペのラウンド中、そう言いながら寄ってきたこともあった。
そういえば烏池は、関係がある程度深まってからも、高橋を甘い声で「せんぱい」と呼び続ける。それはたぶん優秀な鈴木への密かな復讐なのだろう。鈴木もずっと高橋を「先輩」と呼び続けているから。
――同じ立場を奪い、さらに甘く。浅ましいハイエナ。
「医療の仕事に誇りを持っているのです。だから医療補助の専攻にやりがいを感じています」
キリッと言う烏池。
しかし、本当は超現象研究専攻を希望していたのだろうと高橋は推測している。
理由は、研究専攻所属の学生たちが凪海浦大学で最も優秀と評価されるからだ。研究専攻には、大学院レベルの学力を培い、研究者の素質がある者のみが選抜される。
医療補助や媒質器具工学も上位成績者が多い専攻だが、研究専攻ほどではない。
大病院を経営する医者の末娘に生まれ、美しく賢く愛されて育ち、連邦でも最高レベルの大学に入学。
――初めての挫折は、研究専攻の希望が叶わなかったことだろう。
なのに、つり目で無愛想な一年のとき同じクラスだった孤児の女がその専攻に「将来を嘱望される優等生」として紛れ込んでいる。それが烏池にとってどういう意味を持つか、容易に推測できる。
***
烏池は桑田をだまして、巫術をかけ、精神操作系の麻薬を飲ませた。さらに数ヶ月かけてさまざまな実験をした。「ハロウィンの恋の魔法」と称した異端の術式を覚えさせた。
その結果、鈴木の排除は成し遂げられた。
計画通りにならなかったこと。
服薬量の調整が見込みどおりにできなかったためか、桑田の術式詠唱が盛大に狂った。
ターゲットと下手人を同時に亜空間に送りこめなかったのは残念だ。
ターゲットは無事に消えたが、下手人の口止めがまだできていない。
烏池が桑田を抱えて工房に転移してきたときは驚いた。しかし、高橋がその状況でも連れてきたと思う。また、第三者も巻き込んでしまったという。
ふたりで超現巫亜種異端の組織へ報告をするため行く前に、打ち合わせした。不要なことは言わない、などなど。
たぶん大丈夫だろう。
その後、つい、欲望処理に走ってしまった。烏池が怯えきっていた。落ち着かせる必要があったし、高橋も昂っていた。
網タイツを破くのは初めてだったが、いままで知らなかった嗜虐的な欲が満たされていくのを感じた。
――しかし最低限の時間で満足できた。休養も取れたし、これで良かったのだろう。コーヒーを飲んで、シャキッとしてから組織に行こう。
高橋は工房の机に置きっぱなしのカップを洗おうと取りに行き、その途中、机に無造作に放置していた媒質器具を手にした。核と対で作った片割れだ。それをもてあそんで、ニヤリと笑った。
――良い出来。俺は天才だ。
ガタッ。
工房の隣の応接スペースから音がした。
――まずいな。
高橋は渋い顔をして、そちらに向かった。念のため縛りあげておいた桑田が長椅子の上でもがいていた。
不格好に短く刈り上げた大きな頭の下、鼻だけ開けて口と目は布を巻いていた。
長椅子の脇には道化師の帽子が置かれて、鶏の鶏冠のような角を垂れ下がらせていた。角の色は赤、青、黄色、白。
金色の古風な鈴がそれぞれの先に縫い付けてある。
――烏池も詰めが甘い、投与しすぎると副作用が残る薬とかで手加減したのじゃないか。どうせ処理するのだから、そんな配慮は無用だ。確実に封じてほしかったな。布ではなくて、粘着テープで顔を塞ぐべきだったかも。
この長椅子は工房開業のとき間に合わせで買ったもので、高橋の美意識にはそぐわず、ずっと不満だった。
――処理の後、模様替えしよう。この長椅子は捨てて、今度は自分の仕事にふさわしい繊細な美しさを備えた機能的な長椅子を買おう。
烏池が現れた。動きやすい服での身支度を済ませ、手には注射器を持っていた。
「せんぱぁい、ごめんなさいっ、ちょっと押さえていてくださる?」
高橋はぶざまな巨体を押さえつけた。固定された腕の袖を烏池は手袋をした手でまくり上げた。
腕の消毒もせず、針をさす場所を慣れた仕草で探った。
そのとき、高橋が手に持ったままの媒質器具が光った。
世界が暗転し、意識が飛んだ。
***
気がつくと、見慣れない白い部屋にいた。
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