#14, バタフライ・キス(終)

【14-1】———————————————————————————


◯裏道の階段(夜)



   乙川と花村、ふたり並んで階段を下りていく


   隣の花村を横目で見遣って

乙川「(軽く笑いながら)お前 絶対ウソだろ」

花村「え?」


乙川「あのギター捨てるとか」

花村「──……」

   乙川の方に軽く向いて


   正面に向き直り

花村「本当だよ

 本気だった」


乙川「…マジで?(動揺、軽く引いている)」


花村「うん “マジで”」


乙川「……」

   花村の横顔を見つめる



   花村から視線を外し、正面に向き直って

乙川「そんな簡単に捨てんなよ

 あんな大事なもん」


花村「…さっきの状況じゃ

 大して大事じゃないよ…」


花村M「乙川と また会えなくなる

 かもしれないことに比べたら…」



   思わず立ち止まって

乙川「そんなこと言うなよ(軽く語気が強まる)」


花村「え…」

   強い言葉に軽く驚いて、同様に思わず足が止まる


乙川「お前 アレ

 俺とカスタムしに行ったのに」


   ×   ×   ×

   (回想)◯楽器店

   壁に隙間なく掛けられている、たくさんのギターを前にして

   時折り指差したりしながら、あれこれと会話している様子の乙川と花村

   ×   ×   ×


乙川「なのに そんな──」

乙川「大して大事じゃない

 みたいに言うなよ」


花村「……」

   乙川の顔を見つめる



花村「…あ──

 じゃなくて…」

   徐に口を開いて


乙川「え…?」



花村「──……」

   乙川から視線を外して、軽く伏目がちになる


花村M「…ほら また──


 喉元まで出掛かってる言葉がある

 いつも… これまで ずっと──


 自分の頭の中だけで…

 堂々巡りを繰り返すだけだったこと」



花村M「伝えても 伝えなくても…

 その たった一言で──


 “大したこと”は

 変わらないかもしれないけれど


 …それでも──


 他人からしてみれば

 それが どんなに “僅かなこと”でも


 俺には

 俺にとっては…


 それが君との間のことならば

 一寸程度のものでも全部

 全部…


 ひとつも取り零したくない」


花村M「その ちょっとちょっとで

 未来の世界が変わってしまうのなら


 1ミリだって

 進路を間違えたくないと思う


 …あの頃みたいに」


   ×   ×   ×

   (回想)◯喧嘩別れした広場

   二度と顔も見たくないと言われて

   別れの言葉を告げ、その場から去っていく乙川の背中と、

   それを凝視したまま立ち尽くしている花村

   ×   ×   ×

   (回想)◯夕暮れの大通り

   スマホを弄りながら喋る乙川

   その横をギターを背負って付いて歩く花村

   ×   ×   ×

   (回想)◯並木道

   乙川の漕ぐ自転車の後ろに乗って、

   木漏れ日の落ちる並木道を抜けていく花村

   ×   ×   ×


花村M「だから──」



花村M「“世界”を変えてよ

 ほんの少しだけ


 ──俺の言葉」



   正面から乙川を見据えて

花村「大事だよ

 大事だけど…」


   花村の顔を見る

乙川「──……」


花村「それは乙川との

 思い出が詰まってるからで──」


花村「飽くまで

 “乙川 在りき”のものだから…」


乙川「……」



花村「…だから──」


花村「俺にとって

 一番大事なのは乙川で──」


花村「それ以外に何にもないから…」



花村「だから

 乙川と一緒に居るためなら──」


花村「それ以外の どんなものだって

 簡単に捨てるよ 俺は」


乙川「──……」

   花村を見つめる



   軽く苦笑して、思わず花村から視線を逸らす

乙川「…ちょっと怖いわ」


花村「…え?」



花村「…ごめん

 重いこと言って…(バツが悪そうに)」


乙川「じゃなくて──」


花村「…?」


乙川「急にお前が

 ベラベラ喋り出したから…」


乙川「…これまでは──」

乙川「自分の気持ちなんて

 全然 言ったりしなかったくせに…」


花村「…ごめん」



   徐に近付いて、花村に抱きついて

乙川「…謝んないでよ」


   花村を抱きしめたまま話す

乙川「そんな怖い?

 …俺──」


   甘えるような、軽く拗ねたような口調になる

乙川「女子関連のこと以外なら

 フツーに優しかったつもりなんだけど…」


花村「──……(軽い動揺)」



花村「…いや

 うん… そうだったよ」


   優しく静かに問い掛けるように

乙川「…それが お前の

 素直な気持ちなんでしょ?」


乙川「なら いいよ

 謝んないでよ」


乙川「俺も “素直に”嬉しいから…」


花村「──……」



乙川「…俺 “もっと素直になるように

 頑張る”って言ったけど──」

乙川「それは お前のこと…」


乙川「“大切にする”ってことだよ

 それが…」


乙川M「“花村を大切にしたい”──」


乙川「俺の素直な気持ちだよ」


花村「……」

   無言のまま、乙川の肩越しの虚空をじっと見つめている



   乙川の背に腕を回して、自身も乙川を抱きしめる

花村「──……」

   乙川の肩に顔を埋めるようにして


花村M「…大丈夫

 間違っちゃない


 この “進路”で…

 100%正解だって──」



   引きの画、抱き合うふたりの姿


花村M「ただ この温度だけが

 教えてくれている」





【14-2】———————————————————————————



◯駅、改札前(昼)



   花村、ひとり改札近くの柱に寄り掛かって立っている



花村M「“恋人ぐらい”…?

 … “彼氏”ぐらい──」


花村「──……」

   駅前の広場に点々と見られる、カップルと思しき人々を眺めている


花村M「“カップル”とか…

 “パートナー”とか…


 そのどれも

 まだ しっくり来ないけど…」



花村「──……」

   アウターのポケットからスマホを取り出して


   乙川とのラインのトーク画面

乙川(ライン)『もう着いてる?』


花村「……」

   スマホを操作し、返信を打ち込む


   スマホ画面、送信したばかりのメッセージが表示される

花村(ライン)『うん

 改札出てすぐの柱のとこにいるよ』


花村M「今日も明日も…

 明後日も──


 直ぐに何してるかが

 分かるぐらい」


乙川「ごめん

 待った?」

   花村の直ぐ後ろから、覗き込むようにして声を掛ける


花村「──!」

   ぱっと声の方に振り向いて


   寄り、花村の方をじっと見つめている乙川の顔


花村M「会いたい時に会えるくらい」



花村「っ…(動揺から息を呑む)

 っ全然…!」


乙川「っ…(笑って)

 なんつー顔してんだよ」


花村M「まだ慣れないけど──」


花村「…ごめ──」

乙川「(言葉を遮って)おい」


乙川「次から本当に罰金制にするぞ」


花村「ごめ…」

乙川「っ…(思わず噴き出して)

 …あはは──」


乙川「(笑いながら)…もういい」


花村M「乙川と “そんな関係”になってから…」



   先に少し歩き出して、後方の花村に振り返りながら

乙川「ほら

 行こ?」


花村「──……」

   一寸、少し先の乙川を見つめて



花村「…うん」


花村M「あっという間に

 初めての誕生日がやって来た」



  *   *   *



◯駅のホーム(昼)



   乙川と花村、ふたり並んでホームの椅子に腰掛けている



乙川「え〜(不満ではなく純粋な感嘆)

 “CD”?」

   手にしているCDを表裏と返して見遣りながら

乙川「ありがと

 フツーに嬉しんだけど」


花村「ああ あの…!」

   慌てて口を挟む

乙川「え?」

   CDから視線を外し、花村を見る


花村「それ以外も…!

 その… ちゃんと──」

花村「“メイン”っていうか…」


花村「相応な値段…?」

花村「…の プレゼントも

 用意してるから…」


乙川「…えあ?(驚きと呆れ)」



   花村から視線を外し、再びCDに視線を落として

乙川「いいって 別に

 … “相応”とか──」


乙川「(事もなげに)パパ活女子じゃあるまいし」

花村「… “パパ活”って(引きつったような笑み)」



乙川「値段とかよりも…」

   緩く微笑んで、CDを眺めながら

乙川「俺のこと考えて選んでくれた

 気持ちが嬉しいじゃん」


花村「──……」

   CDを眺めている乙川の横顔を見つめている


   花村の方に振り向いて

乙川「プレゼントって

 そういうもんっしょ?」



花村「うん…

 …うん …俺も──」


   乙川の顔を見て

花村「乙川のこと考えて選んだよ」


乙川「──……」

   一寸、無言で花村を見つめる



乙川「(微笑み掛けて)…うん

 頑張った?」

花村「うん…

 頑張った… かな…」

   照れ臭そうにしながら、ぽつぽつと語る


花村「…それこそ 昔 何聴いてたかとかは

 知ってるけど──」

花村「最近は どういうの

 聴いてるのかとか…」


花村「今の音楽の趣味は

 分かんなかったから…」


乙川「うん…

 だね」

   CDを眺めたまま、僅かに寂しげに微笑む



   乙川の手にしているCDを見遣りながら

花村「…だから──

 “それ”も そうだし…」


乙川「…?」

   花村の方に軽く振り向いて


花村「また 俺が好きな曲も…

 “今の乙川”が好きな曲も──」


花村「一個ずつ…

 教えて欲しいし…」

花村「知って欲しい」


乙川「──……」



花村「…一気に全部じゃなくていいし

 そんなのは大変だし…」


乙川「──……」

   黙って花村を見つめながら、静かに耳を傾けている


花村「だから…

 一個ずつ…」


花村「もちろん音楽だけじゃなくて…

 音楽以外のことも 全部…」


花村M「好きな物も…

 嫌いな物も…


 お気に入りの映画とか…

 最近 気に入ってる お店とか──


 ハマってる食べ物とか

 笑えた動画も…


 …最近あったムカついたことも

 落ち込んだことも


 …全部 全部…

 ひとつも取り零すことなく──


 俺に教えて欲しい

 その全部を 俺に教えられるくらい…」



花村「…全部

 俺に教え切れるくらい──」


花村「…ずっと──」



花村「一緒にいて欲しい」


乙川「──……」

   花村を見つめる



   花村から視線を外して

乙川「(軽く笑って)…やっぱ ちょっと怖」


花村「…ごめん

 毎度 重たくて…」

   バツが悪そうに、軽く俯きがちになる


乙川「違うよ」


花村「え?」

   否定の言葉に顔を上げて


乙川「俺が言いたいのって──」



   花村の方に向いて、微笑みかける

乙川「ちょっと

 幸せ過ぎて “怖い”ってこと」


花村「──……」

   乙川を見つめる



花村「っ…(思わず笑って)」

乙川「っ…(釣られるように笑う)」



   引き、上空からの画

   ベンチに座っているふたりの姿


   引きの画のまま、音声のみで

花村「うん

 ──俺も」



花村M「君の誕生日と一緒に

 春が来た


 “君”が──


 … “恋人”でも “彼氏”でも

 “パートナー”でも…

 “大好きな人”でも まだ足りない


 世界で一番大切で…

 いつだって “この世界”の中心にいる


 永遠に続いてく

 青春を詰め込んだみたいな…


 “そんな人”が 今 隣に居る」



   スローモーション

   桜の舞う景色の中、笑い合う乙川と花村の姿


花村M「…こんな綺麗な世界を──


 どうやって伝えようか」



花村M「不器用でも… 下手くそでも

 まだまだ ぎこちなくても

 何度 詰まっても構わない


 ちゃんと自分の言葉で伝えるから


 だから 聴いていて

 いつまでも──


 俺から見える この “世界”を」


   寄りの画、こちらに微笑み掛ける乙川の顔のアップ




── FIN ──



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