#13, 常緑
【13-1】———————————————————————————
◯橋の上(夜)
花村「…乙川──」
徐に足を踏み出して
さらに乙川の方へ歩み寄ろうとする
乙川「──!(動揺)」
乙川「…待った!」
咄嗟に近付いた分だけ後ずさって
片手を前に突き出すようにして、慌てて制止する
乙川「…なんだよ それ…
“恋人ぐらい”とか… “カップル”とか…」
花村「あ…
だから──」
花村「“ぐらい”じゃなくて…
“恋人”で…」
間の抜けた調子で否定する
乙川「だから
そこ拾わなくていいって…!」
花村「…ごめん(軽く気圧されて)」
俯いて、苦しそうな表情で
乙川「“ごめん” “ごめん”って…」
乙川M「…ほら──
まただよ…
またやってる
結局いつも こうなる
素直になれない
優しくなれない 大切に出来ない
好きだから
…こんなに好きなのに──」
乙川「“俺と思ってることが
同じだったら”って…?」
乙川「…俺は──
俺…」
乙川「…思わないよ──」
乙川M「…願ったりなんてしない
そんな…」
乙川「お前と “恋人”になりたいとか…」
乙川M「傲慢すぎて恐いこと」
花村「っ…」
ネガティブな返答に、思わず眉を顰めて息を呑む
× × ×
(回想)◯喧嘩別れした広場
乙川に対し、「もう二度と顔も見たくない」という花村
乙川M「あんな傷付けた癖に
お前のこと…
お前に あんな顔させといて──」
× × ×
乙川M「今さら 昔よりも
近付こうだなんだって…
そんな虫のいい話なんて ないだろ」
乙川M「…そりゃ ちょっと
間が抜けてるし──
未だに焦ったくなる
ところだって あるけど」
× × ×
(回想)
夕暮れの練習室
座ってギターを弾く花村から、椅子いくつか分を空けて座り、歌を口ずさむ乙川
× × ×
乙川M「…いつでも優しすぎる
お前の隣に──」
× × ×
(回想)◯ライブハウスのステージ上
歌いながら、花村の方を見遣る乙川
× × ×
乙川M「俺が “似合ってる”と
思ったことなんか…」
× × ×
(回想)◯ライブハウスのステージ上
花村から視線を外して
静かに正面に向き直り、僅かに寂しげな目で歌い続ける乙川の横顔
× × ×
乙川M「一回もないよ」
【13-2】———————————————————————————
花村「なら これは…!?
…っこれは──」
プレイリスト、くしゃくしゃになった紙片を掲げて
花村「(怒ったように)これ 何なの…!
…なんで──」
花村「なんで 俺に
こんなもの渡そうと思ったの…」
花村「…俺に これ渡して──」
花村「どうして欲しかったの…
どう思って欲しかったの…!?」
乙川「“どう”っ…
…って──」
動揺から言葉に詰まる
乙川「どうって…
…そんなの──」
乙川M「期待しなかったなんて言ったら
ウソになる」
× × ×
(回想)
乙川M「…手紙とか1ミリも
ガラじゃないけど──」
乙川の自室のゴミ箱、たくさんの書き損じた手紙が捨てられている
× × ×
(回想)
乙川M「でも “これ”をお前に渡して…
俺が 本当に思ってたことを──」
電車内
ドア脇に立って揺られながら、イヤホンで音楽を聴いている乙川
乙川M「本当は伝えたかったことを
…知ってくれたら」
× × ×
(回想)◯練習室
森谷と互いに笑い合って、話に花を咲かせている様子の乙川
乙川M「少なくとも
数年越しに やっと会えるような
関係じゃあ なくなるかもって…」
乙川、手にしている音楽雑誌を閉じて、徐に練習室のドアの方を見遣る
乙川M「思ったけど…
思ったけど
でも そんなの…」
× × ×
(回想終わり)
乙川「…そんなの──」
俯きがちで苦しそうに、絞り出すように
顔を上げ、声を張る
乙川「そんなの書いたの
もう何年前だと思ってんだよ…!」
乙川「…全部が
ちょっと ちょっと遅いんだよ…」
花村「──……」
神妙な面持ちで、話す乙川を見つめている
俯きがちになり、独り言のようなトーンで
乙川「(僅かに苦笑して)…いや
“ちょっと”どころじゃ ないよな…」
再び顔を上げ、花村に向かって声を張る
乙川「3年も経ってんだよ…!
…あれから」
乙川「3年も経てばさ…」
× × ×
(回想)◯スタジオに向かう橋の上
乙川に対し、学生の頃よりオシャレになったと言う花村
× × ×
乙川「…服の趣味もそうだし
環境とか… 考え方とか…」
乙川「…好きな音楽も」
乙川「ぜんぶ色々 変わってんだろ…
…お互いに」
乙川「お前だってさ…」
乙川「今更 “そんなもん”聴かされたって…
…困るだけだろ」
乙川「そん中の曲…」
乙川「…もう全然
聴いてなんかないだろ」
乙川M「あの頃の思い出に囚われて…
縋って生きてる
昔の曲ばっかり聴いてる
おじさん おばさん みたく…
きっと これこそ
“一生ものの青春”だって」
花村「…!(焦りから息を呑む)」
花村「そんなことない!
…っ全然──」
声を張って答える
花村「現役で聴いてるから!
…本当だから!」
乙川M「…忘れようとしたって
あの頃の曲を聴けば──」
× × ×
(回想)◯スタジオに向かう橋の上
乙川、呼び掛けられた声の方へ振り返ると、
昔と変わらない姿の花村が立っている
乙川M「彼の姿を見れば…」
× × ×
乙川M「一瞬で引き戻される
まるでタイムスリップしたみたいに」
× × ×
(回想)
乙川の訃報後の再会
駅のホームにて、椅子数脚分を空けて座っている花村と乙川
久しぶりの再会にも関わらず、何でもない風に話し続ける乙川の姿
× × ×
乙川「…お前──(呆れ、苦笑しながら)」
乙川「…どんだけ
アップデートされてないんだよ」
花村「──……」
乙川M「心臓が 鼓動が
体温が教えてくる
否が応でも」
× × ×
(回想)◯スタジオ帰りの橋の上
別れの言葉のようなことを言わないでくれと、乙川を抱きしめる花村
花村の肩越しの虚空を見つめている乙川
× × ×
花村「…そうだよ
…ずっと──」
× × ×
(回想)◯神宮球場の花火大会
離れた席から花村の横顔を見つめている乙川
乙川M「こんな気持ちに出逢うのは…」
× × ×
(回想)◯夜の公園
隣り合ってしゃがみ込み、手持ち花火をしている乙川と花村
ギリギリで火を移せた線香花火の火花によって、照らし出される乙川の顔
乙川M「後にも先にも
ただ この一度切りだって」
× × ×
(回想終わり)
花村「時間が止まったままなんだよ」
乙川「──……」
花村を見つめる
乙川M「でも
そんな風に生きてきたのなんて…」
× × ×
(回想)◯駅のホーム
椅子に座っている花村と、その目の前にしゃがみ込んでいる乙川
「自分はあの頃から何も変わっていない」と言う乙川
引きの画、そのままの格好で見つめ合っているふたりの姿
乙川M「──ずっと俺だけだと思ってたのに」
× × ×
【13-3】———————————————————————————
花村「… “遅い”って
“3年 経ってる”って──」
花村「色々 “全部 変わってる”って
…じゃあ──」
花村「俺のことも
“もう好きじゃないから”ってこと?」
乙川「…え?」
乙川「──……」
伏目がちになって、眉根を寄せ逡巡する
乙川「…それは──」
乙川「…そうじゃない
…けど──」
躊躇いがちに、ぽつぽつと言葉を繋ぐ
花村「“けど”って…」
花村M「“けど”
…なら──
何だって言うの?」
花村M「もう そんな
否定の言葉なんか聴きたくない
… “そうじゃない”なら
俺のことを
まだ好きで居てくれるのなら…
簡単なことでしょう
きっと もっと 単純でいい」
花村M「きっと 本当は──
思ってることを言うのなんて
ずっと簡単なことで
“でも” “けど”って──
勝手に難しくしてるのは
いつだって自分の──
恐怖心とか 見栄とか
嫉妬とか
全部そんな…
取るに足らない プライドでしかない」
花村M「でも そんなの…
もう必要ないでしょ
いい加減 分かったでしょ?
乙川も…
“もう二度と会えないかも”とか…
数年先までの “さよなら”とか…
…そんなのの前じゃさ──
“素直な気持ち”以上に
守る必要のあるものなんか…
何にもないよ」
× × ×
(回想)
練習室からの帰り道、夕暮れの大通りで
同意の相槌しか口にしない花村に対して、本心を尋ねる乙川
乙川「本当のところは
どう思ってんだろなって」
乙川「…本当は──」
乙川「どう思ってんの?」
花村「……」
× × ×
花村M「今度は俺の番だよ
乙川…
本当はどう思ってるの?
乙川は──」
× × ×
(回想)同じシーン
乙川「どんなこと考えてんの?
花村」
× × ×
花村M「本当は今 どんなこと考えてるの」
花村「なら いいよ」
乙川「…え?」
花村の声に俯いていた顔をあげる
花村「こっち来てくれないなら──」
怒っているような、真剣な表情で
花村「こっから
このギター捨てるから」
言って、背負っていたギターを、
橋の下を流れる川の上に、吊り下げるようにして持ってみせる
乙川「は!?
おい お前っ…!」
慌てて花村の下まで駆け寄っていく乙川
花村、やにわにギターを脇に放っておき、駆け寄って来た乙川を抱きしめる
花村「…やっと捕まえた」
抱きしめた乙川の肩に顔を埋める
乙川「──……」
眉根を寄せて、泣くのを堪えているような表情になる
× × ×
(回想)◯駅のホーム
風にはためくプレイリストを握っている花村の両手
花村M「この両手だって…
“俺の両手なんか”でも──」
× × ×
寄り、乙川の背に回した花村の両手
花村M「二度と離すものか」
花村M「決して すり抜けて行ったり
することのないように…
出来る限りの力を…
── “言葉”を尽くして
そのために出来ることなら…
この先も 俺は何だってするよ」
乙川を抱きしめたまま話す
花村「いいよ… 別に…
いいから…」
花村「…また傷付けたとしても
俺のこと…」
乙川「……」
変わらず眉根を寄せている、再び罪悪感で胸が痛む
花村M「何度 傷付こうと──」
花村「…振り回したり
時々 冷たくしたり…」
花村M「めげたりしない
諦めたりなんて出来ない」
花村「…八つ当たりしたりしても
何だっていいから…」
徐々に涙声になっていく
花村「…だから もう二度と──」
花村「離れて行こうと
したりしないで…」
乙川「──……」
顰め面のままで、目に涙が溜まる
乙川「(軽く苦笑して)…なんなんだよ
お前…」
乙川「怒ってんのかと思ったら
急に こんな泣き出して…」
花村「っ…(泣き)」
肩に顔を埋めたまま泣く
乙川「…ごめん
ごめん…」
泣きそうな声で、心苦しい気持ち
花村「…なんで?
なんで謝んの」
慌てて身を離し、乙川の顔を見て
花村「… “もう会えない”って──」
乙川「(言葉を遮るように)違うよ」
乙川「違う…
…これまで──」
今度は自分から花村に抱きついて
乙川「…ずっと ずっと…
…今の今まで──」
乙川「(涙声になる)…逃げてばっかで ごめん」
花村「──……」
安堵から放心しているような顔で、乙川の肩越しの虚空を見つめている
乙川「これからは
もっと俺…」
乙川「俺も──」
乙川「…素直になるように頑張るから」
花村「……」
花村「いいよ 別に…」
乙川を抱きしめ直す
花村「そういうのも乙川らしくて」
乙川「っ…(涙目のまま笑って)
お前 どんだけMなんだよ…」
【13-4】———————————————————————————
乙川を抱きしめたままで、徐に口を開く
花村「…それに──」
花村「俺だって傷付けたよね…
乙川のこと」
乙川「──……」
過去のことが思い起こされる
泣きそうな顔で、肩越しの虚空を見つめている
花村M「“二度と顔も見たくない”
だなんて…
今は言葉にするのも
憚られるくらい──
心にもない
酷い言葉をぶつけた」
花村「…だから お互い様じゃない?」
乙川「……」
花村の言わんとしていることを汲み取ろうとして
抱きしめられたまま、僅かに花村の方に顔を向ける
花村M「喧嘩して…
相手の考えてることが
分かんなくて──
頭抱えたり…
むしゃくしゃしたり
…でも それって──
きっと多分
当たり前のことなんだよね
これまで 避けて 避けて…
ふたり共に 避け続けてきただけで…」
花村M「“棲む世界が違う”とか…
そんなことじゃなくてさ
お互い…
互いに見えてる世界を
交換することなんて出来ない
今 相手が見てるものを…
どんな風に見えてるのかを──
全部 そっくり そのまま
端から違う “世界”を見ている
生きてるんだから」
花村M「だから 話して… 聴いて…
誤魔化したりせずに打ち明けて
精一杯 耳を傾けて
この先の 遠い遠い未来にも
“同じ景色”を見られるように…
互いの世界を共有して…
重ねていくしかない」
花村M「そうして それには──
倦まず… 弛まず
どんな小さなとこまで
見落とさないで──
とんでもない努力が
必要なものなんだ」
花村M「それが ようやく分かった
…今になって」
花村「…だから俺も頑張るよ
頑張るから…」
花村「… “うん”とか “ああ”とか…」
軽く笑って
花村「それ以外にも ちゃんと話すから」
乙川「っ…(笑って)」
乙川「そんな話
まだ根に持ってたのかよ…」
乙川「…うん うん…
お互いな…」
安堵から少し泣きそうな表情になって
乙川M「“好き”とか “愛してる”とか
… “嫉妬した”とか──
全部 曝け出すなんて
やっぱ1ミリもガラじゃないし…
自分には とんでもなくハードルが
高いことに思えもするけど…
でも──
それが とんでもない努力
だったとしても──」
安堵からぼんやりとした表情で、花村の肩に顔を埋めている乙川
乙川M「このまま ふたり一緒に…」
寄り、互いに抱き合い、その距離が0になっているふたりの身体
乙川M「誰より一番近くに
いるためなら──」
乙川M「俺だって何だってするよ
…それこそ──
ギターだけじゃなくて
プライドも…
変な意地も 何もかも──
今すぐ こっから捨てていい」
引きの画、暗くなった橋の上で抱き合っているふたりの姿
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます