#12, そんなbitterな話

【12-1】———————————————————————————


◯橋の上(夕)



乙川「──……」



乙川「…でも 俺──」


花村「…え?」

   乙川の肩に顔を埋めたまま、消え入りそうな声で問う


乙川「“これまで”のこと…」


乙川「流したりなんて出来ないよ…」


花村「え…?(戸惑い)」



   乙川の背に回していた腕を下ろして、思わず身を離す

花村「なんで…?

 だって さっき──」


花村「“ごめん”って…

 …謝ってくれたじゃん」

花村「…だから──」


花村「それで全部 終わりでしょ?

 もう 前のことなんて…」



乙川「…そんな簡単なこと

 じゃないだろ…」


乙川「…3年経って──」

乙川「お互い大人んなったし…」


乙川M「…今なら上手くやれるかもって──」


乙川「もう あんな

 昔みたいなことになんか なんないって──」


乙川「俺だって思ったりするけど…

 …けど──」

   徐々に俯いていく


花村「……」



花村「“けど”…?」

   恐る恐るといった風に、静かに問いかける


乙川「…怖いよ

 分かんないじゃん… そんなの──」

   徐々に涙声になる


乙川「俺 もう二度と──」

乙川「…あんな風になんか

 なりたくない」


花村「──……」


乙川「…あんな──」


乙川M「醜い自分になんて会いたくない


 …もう二度と──」


   ×   ×   ×

   (回想)

   花村と喧嘩別れした広場で

   絶望したような表情で乙川を見つめる花村

   ×   ×   ×


乙川M「花村のあんな顔なんて見たくない」



乙川「(鼻を啜って)…だから分かんない」

   気持ちを切り替えたように、僅かに明るいトーンになる


花村「…え?」



   俯いていた顔を上げて

乙川「これからもさ…

 …こうやって──」

乙川「時々 会って…

 スタジオ入ったりして?」


乙川「…そういう関係になるかも

 分かんないし…」

乙川「…それとも──」


乙川「また年単位とか…」

乙川「っ…(苦笑して) それこそ大学の

 同窓会とかで再会するみたいな──」


乙川「…そんな関係になるかも

 分かんないし…」


花村「…え?

 …ちょっ──」


乙川「分かんないけど──」


花村「(脱力して)“分かんないけど”って…」



乙川「いいんじゃん?

 …そういうので」


花村(…何が “そういうので”なんだ

 …本当──)


花村M「3年経ったって

 お互い大人になったって…


 やっぱり乙川の “本体”なんか分からない

 到底捉えられない

 少なくとも…


 ──今の俺なんかじゃ」



   徐に口を開いて

乙川「…じゃあ──」

乙川「今日 ありがとな

 誘ってくれて」


乙川「ここでいいから

 またね」

   軽いトーンで別れの挨拶を告げる



花村M「“またね”なんて──


 だって 嘘だろう


 “また こうして時々会う”とか…

 “同窓会でしか会わない関係”だとか…

 …そんなの──


 嘘つけよ

 絶対 “後者”しかない癖に


 また…

 すり抜けて

 離れて行こうとする癖に」



乙川「じゃ──

 気を付けて(至極落ち着いたトーンで)」


花村「… “気を”っ──」

   当惑と焦りから言葉に詰まる



花村M「…でも──


 だったら どうする?

 今の俺は…


 皆目 分かってない今の俺は──」


花村「──……」

   腹を決めるような強い視線で、眉根を寄せる


花村M「“今の俺”に出来ることは──」




【12-2】———————————————————————————



◯橋の上(夜)



花村「──乙川!!」

   去っていく乙川の背に呼び掛ける


乙川「──!」

   声に驚き、思わず肩をすくめる


   気付けば夕陽も落ち、辺りは暗くなり始めている



乙川「…なに

 声 でっか…(思わず独り言を呟く)」

   不意の大声に驚いて、怖々振り返る



   乙川との距離は縮まらないまま、遠くから話し掛ける

花村「乙川…!

 …俺は──」

花村「…俺──」


花村M「…そうだ──」


乙川「──……」



乙川「…なに?

 どした…」

   次の言葉が出てこない花村に対して、軽くもどかしそうに


花村M「分からないなら…

 思ってることの これっぽっちも

 伝わらないのなら


 …このまま終わるなんて──


 絶対に嫌だと思うのなら」



花村「…俺の──」

   情けない気持ち、思わず俯いて


花村M「“言葉”を尽くして伝えるしかない

 ちゃんと… 逃げずに」


   顔を上げ、乙川を見据えて声を張る

花村「俺の話を聴いてよ!」


花村M「“端から諦めたりなんかしないで”」


乙川「…!(微かにはっとして)」



花村M「…俺が──


 乙川と出会ってから…」


   ×   ×   ×

   (回想)◯練習室

   入学式の日

   怖々ドアを開ける花村の方に、振り返るスーツ姿の乙川

   ×   ×   ×


花村M「今日この日まで」


花村M「ずっと “左側”に居ることしか

 出来なかった時も──」


   ×   ×   ×

   (回想)◯ライブハウス

   ステージ上、ライトに照らされる乙川の後ろ姿を見遣りながら、

   その脇でギターを弾く花村

   ×   ×   ×


花村M「心にもない言葉をぶつけなきゃ

 堪えられないくらい…」


   ×   ×   ×

   (回想)◯喧嘩別れした広場

   乙川に向かって「二度と顔も見たくない」と告げる花村

   ×   ×   ×


花村M「独りよがりな思いばかり

 積もっていった時も」



花村M「──もう二度と会えないと

 知った時も」


   ×   ×   ×

   (回想)◯駅のホーム

   森谷から乙川の訃報の電話を受けて

   顔から表情が消え、膝から崩れ落ちる花村

   ×   ×   ×



花村M「これまで ずっと…


 どんな気持ちで

 乙川のことを見つめてきたのか


 俺に見えてるのは どんな “世界”か──


 俺が どんな “世界”を

 生きてきたのか」



花村M「“俺の世界”の話を聴いてよ」



花村「俺に…

 チャンスぐらい頂戴よ…!」


乙川「──……」



花村「…鬱陶しいって

 焦ったいって…」

花村「… “下手くそかよ”って──」

   泣きそうな声になりながら、必死で言葉を繋ぐ


花村「そう思っても…!」


花村M「どんなに拙くても…

 時間が掛かっても──」


花村「ちゃんと自分の

 言葉で話すから…!」


乙川「っ…(息を呑む)」



   俯きがちになって、自分自身に言い聞かせるように

花村「…だから──」


花村「話させて…

 聴いて欲しい──」


花村M「知って欲しいよ 全部…

 ──今度こそ」


花村「…俺が どんだけ──」



   顔を上げ、乙川を真っ直ぐに見据える

花村「乙川のことが好きか」


乙川「……!(はっとする、動揺)」




【12-3】———————————————————————————



   花村、距離のある乙川に向かって、届くだけの声を張って話す


花村「乙川 言ってくれたよね…!」


花村「… “最初っから”──」


花村「…俺のこと

 “好きだったからだよ”って」


乙川「──……」

   声を張って話す花村を見つめている



花村「だから

 バンド誘ってくれたんだって…」


   ×   ×   ×

   (回想)

   葬儀会場前で

   夕暮れの中、過去の自分の想いを吐露する乙川

   ×   ×   ×



花村「…俺だって

 俺だって そうだよ…」


花村「ずっと…

 …もう──」

   徐々に独り言のようなトーンになる

花村「いつからなんて 分かんないぐらい…    

 最初っから──」


   ×   ×   ×

   (回想)

   入学式の日の練習室にて

   花村と乙川との初対面

   ドアを開く花村の方に振り返る乙川

   ×   ×   ×



花村「乙川のことばっかり

 追い掛けてた」


乙川「──……」

   変わらず無言のまま、話す花村を見つめている



   ×   ×   ×

   (回想)

   プレイリストを受け取りに行った練習室にて


   「花村は乙川のことばかり追いかけていた」という森谷に対し、

   「犬みたいだ」と軽口を叩く後輩

   ×   ×   ×


花村M「“犬”でも何とでも言ってくれ


 …もはや ちょっとも

 恨んじゃないけど──


 悪びれずに 俺の番号を

 消してしまうぐらいの人にも…


 バレバレなくらい──」


   ×   ×   ×

   (回想)◯ライブハウスのステージ

   斜め前で歌う乙川を見遣りながら、ギターを弾く花村の姿


花村M「乙川ばかり見つめていた」


   ×   ×   ×


   ×   ×   ×

   (回想)◯駅のホーム

   ラインの写真メニューを開き、遡っていく花村


花村M「“あの頃の思い出”を

 何遍スクロールしても──」


   ×   ×   ×


花村M「フレームの真ん中に居るのは


 俺の “世界”の中心に居たのは──


 乙川 ただ ひとりだよ」



花村「“こんなの”言うなんて…

 …これまでだったら──」

   怖気付きそうになる気持ちから、俯きがちになる


乙川「…?」

   言わんとすることを汲み取れず、眉を顰める


   徐々に独り言のようなトーンになる

花村「“烏滸がましい”って…

 … “恥ずかしい”ってか──」


花村「“馬鹿みたい”だって…」



花村M「棲む世界が違うとか言って──」


花村「逃げてばっかだったけど…」


花村M「ただ立ち尽くすだけ

 いつだって──


 “回れ右”して…

 逃げてばっかだった この足を──


 今 踏み止まって」



   顔を上げて乙川を見る

花村「でも もう逃げないから

 …逃げらんないくらい──」



花村M「どれだけ

 押入れの奥に仕舞い込んで


 過去のことだと

 手放そうとしても──」


花村「…忘れるなんて

 出来ないくらい──」

花村「知らないふりなんて

 出来ないくらい…」


花村M「この耳が

 目が 肌が──」


   ×   ×   ×

   (回想)◯スタジオからの帰り道、橋の上


   乙川を抱きしめる花村

   身体が痛いという乙川に対して、「自分の心臓の方が痛い」と花村


花村M「心臓が覚えてる」

   ×   ×   ×


花村M「きっと一生 忘れられやしない

 …忘れようとしても


 だから…」



花村M「この足を踏み出せよ」


花村「このまま さよならなんて…」


花村「絶対 嫌だって思うくらい──」



花村「乙川のことが好きなんだよ」


乙川「──……」




【12-4】———————————————————————————



花村「…だから──」

   言って、乙川の方に向かって歩き出す


   歩きながら話す

花村「俺と乙川の

 “思ってること”が──」

花村「もしも 同じなんだったら──」


乙川「…!」

   向かってくる花村に動揺する



花村「俺たち 今より…」

   まだ乙川まで少し距離のある場所で、徐に立ち止まる


花村「昔なんかより ずっと──」



花村「…もっと “違う関係”に

 なれんじゃないかな」


乙川「──……」

   花村を見つめている



乙川「“違う関係”って…?

 …どんな──」


花村「… “どんな”──」

   互いに思わず言葉に詰まる



花村「……」

   一寸俯いて逡巡する、考えを巡らせる



   伏目がちになって、思い出しながら話すように

花村「時々 会って…

 スタジオ入るとか──」

花村「数年ぶりに

 同窓会で会うとか…」


花村M「今更 そんな…

 小心すぎる願い──


 わざわざ言葉にしたりなんてしない」


花村「…そんなんじゃなくて──

 もっと…」


花村「…もっと──」


   顔を上げ、乙川を見て

花村「“近い関係”」


乙川「……」



花村「… “知り合い”じゃないし

 でも “友達”でもない…」

   言いながら徐々に声が震えてくる


花村M「今日 明日

 何してるかが分かるぐらい──」


花村「“親友”とかも言ったりしない…」


花村M「落ち込むことがあれば…

 真っ先に連絡して来てくれるくらい──」


花村「…そんなんじゃなくて──」



花村M「誰より先に…

 駆け付けてあげられるくらい」


花村「(躊躇いがちに)… “恋人”ぐらい──」


花村「“近い関係”…」


乙川「……」




乙川「… “ぐらい”って(苦笑して)」


乙川「…なんだよ

 “恋人ぐらい”って…」


花村「あ──

 じゃなくて…」

   はっとして、慌てたように否定する



花村「…じゃあ──」


花村「(遠慮がちに)“ぐらい”じゃなくて…

 … “恋人”で──」


花村「“カップル”で…!」


花村「… “彼氏”?

 …っていうか──」

花村「“交際相手”…

 “パートナー”で…!」

   思いつく限りの表現を、矢継ぎ早に口にしてみる



乙川「アホか…!」

乙川「…なんで 急に

 また口下手に戻ってんだよ」


乙川「さっきまで

 あんなベラベラ…」


乙川「…ポエマーかって

 ことばっか言ってたくせに…」



乙川M「よく言うよ

 よく言えるよな ほんと…


 “逃げてばっかだ”とか

 言うけどさ──


 昔っから そうだったよな

 肝心なとこばっか…


 何でもないって顔して口にする」


乙川M「…それに振り回されて

 ムカついて…


 でも 同時に羨ましかった

 …俺も──


 せめて肝心なところだけでも

 素直になれたら…


 言葉にすることが出来たなら


 …そうすれば──


 あんな “面倒くさいもん”──」


   ×   ×   ×

   (回想)

   3年ぶりに花村と再会した場所で

   寄り、花村の涙が落ちて、文字の滲んでいるプレイリスト


乙川M「渡す必要なんて なかったのに」

   ×   ×   ×




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