#11, オレンジ
【11-1】———————————————————————————
◯屋外、橋の上(昼)
乙川、欄干の上で腕を組み、その腕に顔を乗せている
???「乙川…!」
画は無し、音声のみで
後方から呼び掛けられて
乙川「──……」
徐に声の方に振り向いて
ギターを背負っている花村の姿、僅かに息を弾ませている
乙川「……」
僅かに目を見開く、花村の姿を見つめる
乙川M「ギターを
花村を見た瞬間…
タイムスリップしたような
気分になった
…だって──」
× × ×
(回想)
◯練習室(夕)
西日を背に受けながら、立ってギターを弾いている花村の姿
× × ×
乙川M「あの頃と何も変わらなかったから」
乙川「(我に返ったように)…おう」
花村の下まで歩いてきて
乙川「行く?」
花村「うん」
乙川M「危うく誤解しそうになる」
乙川と花村、ふたり並んで歩きながら話す
乙川「花村 私服は全然
変わってないんじゃん」
花村「え?」
乙川M「3年も間が空いてる
なんてのはウソで──」
乙川「こないだ “垢抜けた”とか
言ったけどさ」
楽しげに、茶化すように軽く笑いながら話す
乙川「前言撤回?
…ってか──」
乙川「いわゆる
“スーツマジック”だったわ」
乙川M「今日が “あの頃”の続き
なんじゃないかって
まるで “昨日”の続きみたいに──」
花村「…ああ──」
花村「そりゃ…
…そうだよ」
乙川M「何もなかったみたいに
話せるんじゃないかって」
正面を見つめながら話す
花村「多分…
乙川より俺の方がずっと──」
花村「…あの頃から
何も変わってないよ」
乙川「──……」
話す花村の横顔を見ている
徐に足を止めて
花村「(自嘲的な気持ち、軽く笑って)外身も… 中身も」
釣られるように足を止めて
乙川「……」
花村を見つめる
乙川「…中身──」
言いかけて、花村の言葉に塞がれる
花村「乙川は──」
花村「逆に私服だと変わったね」
乙川「…え?」
乙川M「でも 現実は違う」
再び歩き始めて
花村「学生の頃から
そうだったけど──」
花村「もっと お洒落に
なったってか…」
少し後方、追うように歩いて来る乙川の方に振り向いて
花村「それこそ
“垢抜けた”っていうか──」
乙川「──……」
花村の後を追うように歩いていく
乙川M「今日は “あの頃”の続き
なんかじゃないし
花村の言うように──
確かに
自分の服の趣味だって変わった」
花村「…って──」
申し訳なさそうに
花村「学生の頃から
服装 変わってない奴に──」
花村「言われたくないかもだけど…」
乙川「……」
話す花村の背を見つめている
乙川M「会わなかった間のあれこれも…
色んなことを話そうとする度──」
× × ×
(回想)
「二度と顔も見たくない」と言われた夜
向き合って、互いに見つめ合う花村と乙川の姿
× × ×
乙川M「どうしたって
“あの夜”にぶっつかって──
避けるように
言葉に詰まってしまう」
乙川M「“やっぱり3年過ぎたんだな”って
微妙なズレがあるよなって
空白を感じずにはいられない」
乙川「──花村」
変わらず少し先を歩いている花村に呼び掛ける
乙川M「…もどかしいよ
その “空白”を埋めるために…」
花村「え?」
後方の乙川に振り返る
乙川「速いよ(拗ねたような、もどかしそうに)
…歩くの」
乙川M「俺はどうすればいい?」
花村「ああ
…ごめん」
徐に足を止める
乙川M「今すぐ素直んなって
全部 明け透けに話せば──」
乙川M「この空白も埋まんのかな」
乙川「──……」
立ち止まっている花村の下へ、微妙に重たい足取りで歩いていく
× × ×
(回想)
ライブハウスのステージ上
ライトの光の中、ギターを弾く花村の姿
斜め前、ステージ中央に立っている乙川の視点からの画
乙川M「“あの頃”から
“今日”までの日々を──」
× × ×
(回想)
並木道にて、花村を後ろに乗せて自転車を走らせる乙川
乙川M「“あの頃”から
続いてくはずだった青春も──
取り戻せんのかな」
× × ×
花村の隣まで追いついて
乙川「てか 久しぶりに会うのに
“スタジオ”ってさ──」
乙川「そういうとこ
本当 変わんないな」
再びふたり並んで歩き始める
花村「ああ… うん(微妙に照れくさそうに)
“俺が”ってか…」
乙川「…?」
隣の乙川の方に向いて
花村「久しぶりに聴きたかったから
乙川の歌」
乙川「──……(軽く呆れたような顔で)」
横目で花村を見遣る
乙川M「…出たよ
…やっぱ──
何も変わってない部分もあるよな…
…俺だって
俺もさあ──」
花村「ごめん 嫌だった?」
乙川「いや? 別に…
ってか──」
乙川「嫌だったら出て来ない」
花村「はは──(苦笑して)
だね…」
乙川M「あるよ
ちっとも変わってない部分」
乙川「てか 何の曲やんの
何も決めてなかったけど」
花村「ああ…
…えっと──」
花村「昔やった曲なら
覚えてるかな〜と思ったんだけど…」
乙川「…あー──」
一寸、考えるようにして
乙川「…うん
…まあ多分 大丈夫っしょ」
花村「…あ うん──
よかった」
乙川M「わざわざ聴き返すまでもない」
× × ×
(回想)
◯練習室(夕)
西日を背に、ギターを弾いている花村の姿
少し離れた場所で椅子に座り、雑誌を開いている乙川
横目でその様(ギターを弾く花村)を眺めている
乙川M「あの頃 飽きるほど聴いた曲を──」
× × ×
(回想終わり)
引きの画、並んで歩いていくふたりの背中
乙川M「俺は未だに聴いてるよ」
【11-2】———————————————————————————
◯スタジオ、受付カウンター前(夕)
花村と乙川、キャッシャー前で押し問答している
花村「いいって…!
俺から誘ったんだし…!」
お金を出させまいとする花村と、制止を振り切り出そうとする乙川
乙川「いいから…!
そういうの やめろって…!」
店員の手前、小声で花村を嗜める
さっと落ち着いた笑顔に戻って
乙川「すいません
これで」
会計トレーに札を置き、店員に呼び掛ける
乙川「… “おばさん”か」
隣の花村に向いて、再び小声で嗜めるようにする
花村「…ごめん(しゅんとして)」
* * *
◯スタジオ前の道
花村「ごめん
…ありがとう」
乙川を追うように、スタジオ入口のドアを出て来ながら
花村「俺が やりたいって言った
曲ばっかり やってもらったのに…」
乙川「別に?」
乙川「俺も やりたくない曲だったら
却下してるし」
明後日の方を向いたまま、何でもない風に答える
花村「──……」
話す乙川の横顔を見つめている
花村「…そうだけど──」
乙川「え?」
花村の方に振り向く
花村「けど…
…乙川──」
花村「昔も そうだったから」
乙川「…?」
不思議そうに、軽く眉を顰める
乙川「“昔”って?」
花村「大学ん時…
一緒に… バンドやってた時」
花村「いつも…
俺が提案した曲──」
花村「必ず採用してくれたよね」
乙川「──……」
花村「…まあ──」
気恥ずかしそうに、軽く俯きがちになって
花村「…滅多なことじゃ──」
花村「俺が言わなかったからってのも
あるだろうけど…」
花村「…でも──」
乙川「……」
話す花村をじっと見ている
花村「いつも採用してくれて
ありがとう」
花村「注意してなかったら…
それこそ聞き過ごすぐらいの…」
花村「どうしようもないくらい
小さい俺の声も…」
花村「いつも拾ってくれて
ありがとう」
乙川「──……」
乙川M「…そんなの──
気付いてたんなら…
もっと早く言えよ
…それこそ──
3年も会えなくなる前に」
引きの画、夕日に照らされながら、
少しの距離を空けて、向かい合って立っているふたりの姿
* * *
◯橋の上
花村と乙川、並んで歩いている
花村「でも 乙川すごいね」
少し先を歩く乙川の背に話し掛ける
正面を向いたまま、歩きながら答える
乙川「何が?」
花村「歌詞も ほとんど見てなかったから
よく覚えてるなあって…」
乙川「あ〜あ…(合点がいく)」
乙川「だって お前が
“じゃあ これは?”って言う曲──」
乙川「全部 俺が あの “プレイリスト”に
入れてた曲なんだもん」
花村「──……」
軽く気まずそうに、伏目がちになる
花村「…でも──」
徐に立ち止まって
乙川「…?」
釣られるように立ち止まって、花村の方に振り返る
花村「あれ書いたの…
もう随分前でしょ? だから…」
花村「よく覚えてるなあって…」
乙川「──……」
花村から視線を外して
橋の欄干にもたれるようにして、遠くの景色を見遣る
乙川「…まあな」
花村「…それにさ──」
静かに乙川の隣までやって来て
乙川「?」
隣の花村を振り返る
花村「あの… “プレイリスト”?
あれ──」
乙川「──……」
話す花村を横目で見ている
花村「普段 乙川が聴かないようなのも
入ってたから…」
乙川「…ああ(軽く苦笑して)
だっけ?」
隣の花村に振り向いて
乙川「でも お前は聴くでしょ?
知んない曲とか なかったっしょ」
花村「ああ…
うん」
正面に向き直って
乙川「だから そういうこと」
花村「…?
… “だから”って?」
呆れたように、軽く笑って
乙川「だからあ──」
乙川「そりゃ 俺だってさ──」
乙川「アイドルソングなんか
全然 興味なかったよ」
乙川「(苦笑して)そもそも
聴こうとも思わなかったし」
花村「──……」
話す乙川の横顔を、不思議そうに見ている
正面、遠くの方を見つめたままで
乙川「お前と会うまでは」
花村「……」
はっとしたように、僅かに目を見開いて
乙川「…気が付いたら──」
乙川M「…知らぬ間に──」
乙川「なんでか気になって…
…しょうがなくなって──」
乙川M「隙があれば目で追ってしまう」
乙川「──……」
思い出に浸るように、緩く微笑んで
花村「──……」
花村の方に身体を向けて
乙川「花村さ──」
花村「?」
同様に、乙川の方に僅かに身体を向ける
乙川「“いつも提案した曲
採用してくれて ありがとう”って──」
乙川「… “注意してなかったら
聞き過ごすような”──」
乙川「“ちっさい俺の声も
拾ってくれて ありがとう”って──」
乙川「言ってたけど…」
花村「…うん」
乙川「そんなん当たり前じゃん」
花村から視線を外して
正面の虚空を見つめながら、過去に思いを馳せるようにして
乙川「なんで “こんなとこ”なんか
来てんだろって…」
× × ×
(回想)
練習室、入学式の日のサークル見学で、初めて出会った乙川と花村
× × ×
乙川「…初めて会って──」
乙川「気になった時から
…ずっと──」
乙川M「お前のことばかり
知りたくて──
どんな “音”も
取り零さないようにと…」
花村の顔を見て
乙川「花村のことばっか
見てたから」
花村「──……」
乙川M「お前は ずっと
知らなかっただろうけど…
…俺が必死で
隠してきたんだけど──」
乙川「俺に見えてる “世界”は
いつだって…」
乙川「花村が中心にいたんだよ」
花村「……」
見つめ合うふたり
【11-3】———————————————————————————
乙川M「…そうして少しずつ──
浸食されていった」
乙川「だから
お前が “好きだ”って言えば──」
軽く笑いながら
乙川「全然 聴いたこともない
音楽だって聴いたし──」
花村「──……」
話す乙川の横顔を見つめている
バツが悪そうに、苦笑して
乙川「…まあ そのせいで──」
乙川「お前に女の子が近付く度──」
罪悪感から俯きがちになる
乙川「割り込んでって
邪魔するとか…」
自嘲するように、苦笑しながら
乙川「キモいことばっか
することになったんだけど…」
花村「……」
変わらず乙川を見つめたまま、静かに耳を傾けている
乙川M「…思ってることが言えなくて──
嫉妬して──
でも どうしたらいいかも
分からなくて…
子供じみた嫌がらせみたいな…
裏腹なことしか出来なくて──」
寂しそうに苦笑して
乙川「…俺って こんな
性格 悪かったんだって──」
乙川「…それまで
知らなかったことも──」
乙川「…たくさん知ったよ
花村と出会ってから」
花村「──……」
苦しそうな表情で乙川を見つめる
乙川「…だから──」
俯きがちで、言いづらそうに
花村「…?」
心配そうな顔で、乙川の様子を窺う
顔を上げ、花村を見て
乙川「これまで ごめんね
…たくさん──」
乙川「傷付けて…
…嫌な思いさせて 俺──」
再び徐々に俯きがちになって、ポツポツと話す
乙川「自分勝手で…
…キモいことばっか──」
花村「“キモく”ない」
言葉を遮るように、乙川を抱きしめて
乙川「……」
泣きそうな顔で、軽く笑いながら
乙川「…嘘だろ
やっぱドMじゃん お前…」
花村「…キモくなんかないよ」
乙川を抱きしめたまま話す
乙川「──……」
涙を堪えるように、僅かに眉を顰めている
花村「だから そんな…
“これまで”とか… そんな…」
泣きそうな声になる
花村「…謝んないでよ」
乙川「……」
花村「…また──」
花村「もう二度と
会えないんじゃないかって…」
花村「そんな…」
花村「お別れの言葉みたいに
聞こえるから…」
乙川「──……」
乙川「…別に──」
抱きしめられたままで話す
乙川「俺 そんなつもりで
言ってないって…」
花村「──……」
黙ったままきつく抱きしめている花村に向かって
乙川「…花村?
(困ったように)痛いよ…」
花村「… “痛い”って──」
花村「俺の心臓のが
ずっと痛いよ」
乙川「……(悲しげ)」
乙川「…うん
ごめん…」
乙川「そうだよな
これまで いっぱい…」
乙川の言葉を遮って
花村「そうじゃなくて…!」
乙川「…え?」
花村「…そういうんじゃなくて
俺が言いたいのは…」
花村「俺が死ぬほど
“痛かった”のは…」
花村「“乙川と もう二度と会えない”って
思った時の話だよ…」
乙川「──……」
花村「…だから もう──」
花村「“これまで”とか…
言わないでよ…」
花村M「… “これまで”じゃなくてさ──
俺が今 話したいのは…
乙川に伝えたいのは──
“これから”の話なんだよ」
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