Ⅷ 無事の納品
それから数日後のこと……。
「──うむ。事務手続きはこれで終了だ。新型フリゲート艦〝アルゴナウタイ号〟、白金の羊角騎士団が確かに受領した」
ティヴァーリャの造船所前に浮かぶフリゲート艦の船上、真新しい甲板に立つ副団長アウグストは、金泥で装飾された羊皮紙の書類を棟梁アルゴナスへと手渡す。
「ドン・アルゴナス、ほんとにご苦労だった。改めて礼を言おう」
また、そのとなりで団長ハーソンは満足げな微笑みを湛え、騎士の称号を名前に添えて名船大工の功績を労う。
本日、微調整もすべて終え、完全に仕上がったアルゴナウタイ号を、アルゴナスの造船所は羊角騎士団に引き渡すのである。
「なあに。こっちこそ、やりがいのある仕事をさせてもらって大満足でさあ……あ、そういや、ちょっとした手違えで〝アイエテスの牛〟とカノン砲の試射はもうこっちでしちめえましたが、別段問題はなかったんで安心してくだせえ」
ハーソンの言葉に、アルゴナスは照れ臭そうに首を横に振ると、火砲を勝手に使ってしまったことをさりげなく報告する。
「あ、〝カドモスの龍牙〟の方は使う機会逃しちまったな。どうせならついでにぶっ放しときゃあよかったか……」
「……? そうか。まあ、問題なかったんならそれでいい。むしろ確認しておいてもらって助かる」
そして、何やらブツブツ呟いているアルゴナスの様子に、ハーソンは怪訝な表情を浮かべつつも事情を知らないのでそう返した。
「あ、それからエルマーナの仕掛けた魔導書の魔術! そいつもバッチリ機能してまさあ。特にアンドロなんとかいう、あの腕に蛇巻いたヤツの警備なんか完璧でさあね」
「アンドロマリウスのこと? …って、やけに悪魔に詳しいですわね? なぜ、アンドロマリウスの姿をそんなに詳しく知っているの? というか、アンドロマリウスの力の発動は何か起きないとわからないはず。その確認をいったいどうやって?」
また、先日の実体験をもとに、メデイアの付与した悪魔の力の有効性についても太鼓判を押すアルゴナスだったが、彼女もまた訝しげに眉間を寄せ、不思議そうにそんな質問をぶつける。
「ああ、いやあ、そいつはちょっと企業秘密でさあ…アハ…アハハハハハ…」
すると、さすがにマズイと思ったのか、アルゴナスは視線を逸らすと苦笑いを浮かべてはぐらかした。
「そういえば先日、ここらの港を荒らし廻っていた船泥棒の一党が、ボロボロの姿で転がされていたとか……もしや、それと何か関係があるのか?」
だが、小耳に挟んだ噂話から、今度はアウグストが要らぬ推理を巡らしてくれる。
なんとか事なきを得たとはいえ、造った船を盗まれたとあっては船大工として恥もいいところである。なるべくならば、そこは知られずにおきたいのが本心だ……。
そこであの後、ボコボコにしたドミニコアと海から回収したその一味をアルゴナス達は縛りあげると、その罪状や手口の書き付けを荒縄に添えて、町の衛兵屯所前に匿名で放置しておいたのだった。
「さあて。とんと憶えはねえですが、そんなこともあったらしいっすねえ……ま、あっしら船大工はいい船造って、そいつをちゃんと依頼主さまにお引き渡しするだけでさあ」
悪名高き盗人相手の大立ち回り……自慢したい気持ちもなくはないが、やはり恥じる気持ちの方がそれよりも優っている……アルゴナスはまたも惚けると、船大工の稔侍を以てそうハーソン達に嘯いた。
(El Espiritu del Calafate 〜船大工の心意気〜 了)
El Espiritu del Calafate 〜船大工の心意気〜 平中なごん @HiranakaNagon
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