一章~エピローグ~

 ───アルスト神皇国…聖都アルスバイン。


 中央貴族院円卓議場。



 広く薄暗い議場に、八人の権利者が卓を囲む。


 彼らの間に一切の歓心は無い。


 …当然だ。


 ただでさえ開かれる事自体が稀な聖都円卓会議。 まして八人全員が揃うのはそれの比ではない。


 にも拘わらず、此度の会議…欠席者はゼロ。 およそ…半世紀ぶり。


 …それだけで、事の重大さを窺い知るには十分であった。




 何とも重苦しい雰囲気の中…。


 「……では、未だ子細を知らぬ者もおるだろうし…。 まずは、状況の説明をして貰えるだろうか? …アリッツァ卿」


 議事の進行を務める小太りの男が、最初に声を発し…。


 「……状況ですか? 殆ど最悪と言っていいでしょうね。 我らが神徒しとの十人がたおれ…バーゼルとカスヴォアの地を奪われた」


 アリッツァと呼ばれ、眼鏡をかけた神経質そうな男が…苦々しげにそれに応えた。


 重苦しい雰囲気が、更に深みを増す。


 「アリッツァ卿…。 何故その様な事に? 私には、ファリウスの神徒が百人以上押し寄せたとの報が届けられたが…とても信じれん」

 「残念ながら事実です。 正確には、八十名余りとの事ですが」

 「は、八十…? 馬鹿な…」

 「確かなのか? あり得るとは思えないが…」


 アリッツァの言に、議場はにわかに喧騒を強める。


 しかし…。


 「これから私が口にする事は全て、事実確認を終えた真実です。 ……今日、我々は此処で我が国の趨勢…その道筋を形作らねばなりません。 皆々様、どうか最後までご傾聴のほど…宜しくお願いしたく」


 鋭く見渡されたアリッツァの眼光が、それ以上の混乱を許さなかった。


 「………有り難う御座います。 まず、事の起こりは昨日さくじつの明朝。 西のバーゼル辺境伯領ベニエス要塞、および南西のカスヴォア辺境伯領ミキサース要塞に、それぞれ四十名。 …ほぼ同時刻に、ファリウス神徒による攻撃を受けたことに遡ります。 その後、バーゼル卿は抗戦を…カスヴォア卿は転進を選択‥」

 「─馬鹿なッ! 逃げたのかッ!」


 顔に一筋の傷を付けた偉丈夫が、アリッツァの言を遮り机を叩く。


 「…お気持ちは分かります。 私も最初眉をひそめましたが…結果的には、そのお陰で子弟の損耗が少なくなったのが現状です。 …判断の可否は、また後日改めて議を開く必要があるでしょう」

 「可否だと…」

 「抗戦を選択したバーゼル卿の部隊は、ご本人ともう一名を除いて全員が殉職を…。 翻ってカスヴォア卿の部隊は、殉職者を一名に抑えておいでです」

 「だが、その分民を奪われた…!」

 「仰る通りです。 バーゼル領内の騎士と民は、半数近くが逃れましたが…カスヴォア領内は絶望的。 今も彼の地では民の輸送が行われていることでしょう。 …ですが、たとえ民草を万人揃ようと、我ら神徒をあがなえるものではないでしょう?」


 アリッツァと傷の男、主義の合わない二人は卓上で睨み合う。


 再び温まり始めた議場であったが…


 「辞めよ…。 お主らの信条などどうでも良いわ。 後にせい…。 アリッツァよ、可否は後日と言ったのは主であろうが…傍から講釈とは、笑えぬぞ?」


 髭を胸元まで蓄えた老人が二人を咎め、冷や水を浴びせた。


 「………これは大変、失礼を…。 ゾダ卿…。 ですがわたしの前端はこれでお終いですので」

 「終い…? 斬り返しの編成は?」

 「全ては陛下に渡っております。 戦時下ですので」

 「だが事前の部隊は向かっておるだろうに」

 「ええ。 それは確かに。 ですが、それも既にロアーツ神将の旗下にあります。 直前に受けた報によれば…巨大な壁に阻まれ如何いかんともしがたいとの事でしたが」

 「壁…?」

 「土と石で出来た壁です。 高さ五十メートル、厚さ三メートル程の壁が、カスヴォア領の地平まで伸びているとのことで」

 「……グルンドと同系統の神器じゃな…。 土塊つちくれを操る」

 「そうなのでしょうね。 壁で遮り、その間に領内の支配を強める…。 カスヴォア領の切り崩しは相当骨が折れるでしょう」

 「バーゼルの方はどうなんだ…! ダグラスのヤツは生きておるのだろう?!」

 「ええ。 ですがバーゼル卿は手傷が酷い様で…。 出陣は暫くは無理でしょう。 勿論、内領の戦力も移動を始めているでしょうが…敵の戦力も未だ未知数です。 これ以上我が国の神徒を失えない現状に鑑みて、防衛戦に徹する公算が高いかと」

 「ならば彼の地はもはや失ったも同然と言う事ではないかっ…!!」

 「…最初からそう申しておりますガヌミウ卿。 …失礼ですが大丈夫ですか? …記憶」

 「ぬうっ…! 貴様…」


 またもや始まった傷の男、ガヌミウとアリッツァの小競り合い…。

 だが今回はゾダも溜息をつくばかりで諫め様としない。


 誰もが荒れた議場を夢想したが…


 「宜しいでしょうか?」


 八名唯一の女性が礼儀正しく手を挙げ、空気を変える。


 「…ええ。 構いませんよ、オハン卿。 如何されました?」

 「話を進めましょう。 本義の方です」

 「本義…。 ではオハン卿、貴殿はどう考えているのです? 此度の円卓会議…その本義を」


 試すような、アリッツァの視線…。


 「…ファリウス帝国における、平民に対する神授行為への対応策。 …我々もそれに倣うのか、貴族典範を改定し、全ての貴族子弟子女に儀を強制させるか…。 或いはその両方か」

 「ふふっ…。 もう一つ加えるなら、他国との同盟締結も…ですかね。 ですが、有り難う御座います。 お陰で手間が省けましたよ、オハン卿」

 「………いえ」


 アリッツァは笑い。



 「──な、何を言っておるのだっ…! 民に神授を、神徒に仕立て上げたと言うのかっ…!!」

 「あ、あり得ぬ事だっ。 それは、秩序はどうなるっ?!」

 「冒涜だッ…! 神をなんだとッ!」



 …議場は、ざわめきに揺れる。


 

 「何をそんなにふためいておられるのか…。 これも最初に申し上げた筈、計八十名の神徒が現れた…と。 それ程の数…ファリウス貴族だけで構成されていたなどと、本気で考えていた訳ではないでしょう?」

 「だが、それで領土を広げたとしてどうなるっ?! 待っているのは地獄だぞッ!」

 「それを私に問われてもね…。 禁忌を犯したのは彼らであって私ではない」

 「ぐっ…! だが許せんっ! 事実なら、到底看過出来ぬっ…!」

 「…その通りです。 ファリウスは滅ぼさなければならない。 しかし、その為の方策は限られています。 …今、オハン卿と私が述べた選択肢…それ位のもの」

 「下人に神衣しんいを与えるのだけは駄目だっ。 …とても、承服出来ん」

 「しかし儀式法を変えるには、ハードルが…」

 「言ってる場合ですかっ!」

 「他国との同盟…言うのは簡単だが…」


 …次々と、これまでは黙って成り行きを見守っていた貴族も…我先にと言を紡ぎ。


 「……そうです…。 話し合いましょう。 我々はその為にいるのですから…。 まぁ、それでも最終的に決めるのは…陛下なのですがね」


 薄い笑みで呟かれたアリッツァの言葉は、誰にも聞かれることなく喧騒に溶ける。




 この日、夕刻から始められた円卓会議は過去類を見ない程の熱気を帯び、日を跨ぎ朝を迎えてさえ、結論を得る事はなかった……。





ーーー§ーーー






 ────神暦3372年・春



 この年…ファリウス帝国は、アルスト神皇国のバーゼル辺境伯領・カスヴォア辺境伯領に同時侵攻を決行。

 アルスト神皇国の同二領を陥落せしめ…百年以上変わる事が無かった大陸勢力図の書き換えに成功する。


 この戦いがもたらした衝撃は凄まじく…その報は瞬く間に大陸全土に駆け巡った。


 大陸一の版図を誇り、未だ盟主の貫禄をたたえたアルスト神皇国の大敗。


 そして、その主たる原因とされたファリウス帝国による平民の神徒化。


 ファリウスから吹きつけた風は既存秩序の基盤を揺るがし、各国の為政者達は否応なく選択を迫られる。

 混沌の時代の訪れ…支配者達は皆その到来を自認した。



 だがこの時、まだ…彼らは気付いていない。


 今…。 天地揺るがす激動の時代と信じて疑わない現在が…凪同然の静穏であったことを…。



 本当の“嵐”は未だ先…。



 四年後…一人の男を“目”にして暴風が吹き荒れる。



 その時世界は…。



 ───彼を、彼等を…初めて知る。

 




ーーーーーーーーーー


スミマセン!

続く感じですがここで終わります!











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最強の男、転生した異世界にて闘気《オーラ》を得る ~アルスマキナの特異点~ 登美丘 陸 @tomioka13

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