18.エピローグ。そして、冒険の旅へ
冷やし中華。
それは、夏の定番料理である。
しかし異世界にあるこの町では、一風変わった意味を持っていた。
町の住人に聞けばこんなことをこたえるだろう。
「冷やし中華? ああ。あのへんなヤツか」
へんなヤツ。それはあまり見ないおかしな外見の料理という意味ではない。
「あいつはうるさいよな。なんだかんだよく喋るし」
よく喋る。これは味が主張しているという意味ではない。
「あれだろ? 空を飛ぶヤツ」
空を飛ぶ。これも、美味しさのあまり空を飛んだり、あるいはへんな薬が入っているわけでもない。
これらはたった一皿の――いや、一
***
「というわけでぇ! 俺、ドラゴンになるわ!」
「ドラゴン……? ゴンさんが?」
「おう! あれ、そういえばナツに言ったことなかったっけ? 俺、ドラゴンなんだよ」
「……ゴンさんがドラゴン……? 冷やし中華なのに……」
うん、訂正しよう。
「おう! あれ、そういえばナツに言ったことなかったっけ? 俺、元ドラゴンなんだよ」
「元が増えたけど、どういうことなの?」
首をかしげるナツ。
仕方ない、答えよう。この俺の語るも涙、効くも涙のドラゴン人生を!
「ドラゴンの卵に生まれた俺は、さすらいの料理人に美味しく調理されてしまいましたとさ。ちゃんちゃん」
「まさかの1文」
うん。生まれる前に終わっちゃったからね。あっという間で語る事なんてないのよ。
「でも分かりやすいよ。さすがゴンさん」
「だろ! ま、それで王様に食べられそうだったところを脱走して、それでナツに出会ったんだよ。あとはナツも知っての通りってわけだ」
「へー。じゃあ、ゴンさんって王様の料理だったんだ」
「ああ。箸遣いもなってない上に息が臭くて男でオッサンで息が臭いという、息が臭くて最悪な王様だった……思わず飛び出してしまう程にな」
「そんなに言うほど息が臭かったんだ……」
ふむん、とナツは考える。
「……ねぇゴンさん。それじゃもしかして、そのお皿って、王宮の……?」
「え、そこ? あれ、でも言われてみればこの皿ってそうだよな。王様が使おうとしたところをそのまま乗ってきちゃったんだよ」
「…………ゴンさん。ひとつ、良いことを教えてあげる」
ナツが神妙な顔をして言う。な、なんだよ。ごくり。
「王様の所有物を窃盗したら、死罪」
……
「死罪。ゴンさん」
「は、え、ちょ、ちょっとまって。これは不可抗力だって」
「わたしも、死罪……王様の冷やし中華、食べたから……」
な、なにぃ!?
俺だけならともかく、ナツまでが死罪になってしまうだと……!?
「だから、このことは絶対秘密だよ」
「お、おう。よかったー、宿屋の部屋で二人きりの時に話してて!」
「うん。ギルドとかで話してたら絶対聞こえてた。ゴンさん声大きいもん」
「はっはっは! こちとら冷やし中華、何も隠すこたぁねぇからな!」
「秘密って言ったばかりなのに」
「そうでした」
ぺこりと謝る俺。麺で。
「ん、許すからね。だから、わたしとゴンさんの二人だけの秘密。いいね?」
「おう! 二人だけの秘密な!」
にこっと笑うナツ。
「で、ドラゴンを目指すって、どういうこと?」
「あー、それな。俺ってなぜか冷やし中華になってもこうして生きてるじゃん?」
「体温はないけど、そうだね」
「だから、もしかしたらドラゴンに復活できる方法があるんじゃないかなって思ってさ。それを探す旅に出ようかなって。ナツさえよければだけど」
「……わ、わたしも連れて行ってくれるの?」
何言ってんだコイツは。
「当たり前だろ相棒! つーかナツが俺を食わなきゃ俺の力が使えないだろ?」
「そうだね。それにわたしももう、ゴンさんがいなきゃダメな体にされちゃったもん……ぽっ」
「言い方! その言い方はやめて!」
それだと俺がなんかやましい、いや、やらしい事したみたいに聞こえるから!
「ゴンさんなしじゃ、生きていけない……」
「友情! そこにあるのは純然たる友情ね!」
いやぁ友達ってすばらしいなぁいなかったら生きていけないなぁ! 前世で俺ぼっちだったけど! あ、だから死んだのかな?
「わたしはもう、あなたのトリコ。離れられないの……!」
「味のね! 俺の味ってば最高級だからね! いやぁ美味しくてまいっちゃうな!」
なにせ伝説の食材、ドラゴンの卵ですからー!
……と、2人して顔を合わせる。ま、顔はないんだけど。
そしてどちらともなく「ぷっ」と笑った。
「これからもよろしくな、ナツさんや」
「まかせて、ゴンさん。わたしの大好きな相棒」
冷やし中華と人間の、奇妙だけど確かな絆がそこにはあった。
こうして、俺たちのドラゴンを目指すための旅が始まった――!
冷やし中華始めさせられました。~ドラゴンの卵に転生したら料理された件~ 鬼影スパナ @supana77
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