17.温泉の真実


 天然温泉の平和を守り、俺達は懐かしの冒険者ギルドまで帰ってきていた。


 そんな俺たちの元気な姿を見て、いつもの受付の人が声をかけてきた。


「あれ? 温泉に湯治にいったんじゃなかったんですか? もう帰ってきたんですね」

「途中ではぐれて置いてかれた」

「そうだったんですか……ナツ様を置いてくだなんて」


 受付の人はナツに同情してしんみりしてくれた。


「まぁ、そもそも飲食物がお風呂に入れるはずもなかったしいいさ」

「……そうですね。ていうかゴンさんが湯治する予定だったんですか?」


 あんだよ、冷やし中華が湯治しちゃいけないってのかよ。え? おい。


「常識的に考えたらダメかと思うんですけど」

「あぁん!? じゃあ常識で考えたら空飛んで喋る冷やし中華がどこにいるってんだよ! つまり俺は常識にとらわれていない存在なんだよ! 故に! 湯治してもいいの!」


 えぇー、という顔で俺を見る受付の人とナツ。ナツ、お前まで……!?


「ま、まぁ途中で温泉のある洞窟を見つけてな。入ってきた」

「えっ」

「えっ、て、なんだよ。また冷やし中華を差別する気? 泣くよ? いいの泣いても。冷やし中華を泣かせた男として歴史に名を刻むよ?」

「いやこれは純然たる区別なので差別とは違いますよ。あとそんな名前の刻み方は嫌です」


 うん、俺もギルドの受付に泣かされた冷やし中華として歴史に名を残すのは嫌だなって思ったから別にいいや。


「それより、途中の洞窟ってどのあたりですか?」

「ここ」


 受付の人が地図を広げた。そこに「ぺっ」と地図の1点を指差すナツ。


「……ここですか」

「うん。何か問題があった?」

「ああいえ、今無事に帰ってきてるってことなら問題ないですが、ここは危険なモンスターが出るということで温泉が出たにもかかわらず放棄された場所でしてね」


 へぇ。放棄されてたんだ。その割にキレイだったけど。


「その危険なモンスターってのは、こう、黒カビっぽい奴だったりするのか?」

「え? ああいえ。そっちには会ったんですね。それは黒カビの錬金生物でしょう。放棄されたお風呂ですが、いつかモンスターが居なくなった時のために管理用に置いて行ったそうです」


 えっ。

 あれ、ホムンクルスとかゴーレムとかそういう系の何かだったの?!


「温泉の湿度だけで結構育つらしくて。あ、もしかして倒しちゃいました?」

「あ、うん……その、ごめんなさい」

「奥の方にある発生装置を壊してなければ大丈夫だと思います。まぁ侵入者にも反応して襲い掛かるので追い払う分には問題ないですよ」


 よかった。弁償金を払わなければいけない冷やし中華は居なかったんだ。


「つーか黒カビってひどいな。俺の天敵だぞ。湯治で危うく死ぬかと思ったわ」

「そもそも冷やし中華を想定してませんし、カビが生えてたら集めて取り込んでくれるんですよ……」


 うーん、そう言われると便利そうに聞こえるなぁ。でもそれはそれとしてバリアフリーならぬ冷やし中華フリーの温泉も作ってほしいところ。



「で、危険なモンスターってのは?」

「ええ。ドラゴンです」


 ドラゴン!?


「な、なんでこんな人里にそこそこ近いところにドラゴンが?」

「まぁドラゴンといってもワイバーンなんですけどね」

「なんだ脅かすなよ」


 ドラゴンと聞いて焦っちまったが、ワイバーンはドラゴンとは実は違うのだ。それこそ豚とオークくらい違う。前世で言えば電動自転車と新幹線くらい違う。


「どうにも、近くにワイバーンの巣があったみたいで。まぁ洞窟内なら入ってこないので襲われないですけど、さすがに町を作るには不便ということで移動になりました」

「そりゃね。温泉卵を食べ歩きしてたらワイバーンに人ごと持ってかれましたー、とか洒落にならんもんね」

「ははは、そうですね」


 ふーむ。しかしワイバーンかぁ。ワイバーンって食えるのかなぁ。

 ……

 黒カビはなんやかんやマイナス効果だけど効果はあったんだよなぁ。


「ゴンさん、ワイバーン、気になるの?」

「ん? ああ、まぁその。ちょっとね。食べられるのかなって」

「ワイバーンが食べられるかですか? 高いですけど食べられなくはないですよ」


 え、そうなの?


「じゃあ将来有望な俺達にひとつ奢ってよ。ねっ、お願い」

「ギルド職員の安月給舐めないでください。僕は弁当自分で作るくらいに節約してるんですからね」

「あ、じゃあもしかしてあのチャーシューって自作だったの? すげぇなおい!」

「ふふふ、自慢の一品ですよ」

「じゃあワイバーン料理も作って!」

「……1切れで大銀貨1枚するんですよ? しかもワイバーン肉が入荷されるのってあんまりないですからね。基本は入荷待ちになります」

「そうなの? 高級食材が町の近くにいるってんならホイホイ狩りそうなのに」

「あくまで品薄で値段が高いだけで美味しいわけじゃないんですよ」


 あー、高くて不味い。そりゃ品薄にもなるわ。


「普通にオークや鶏の方が美味しいですね」

「うん、わたしの興味は失せた」

「あっ、ナツてめ、不味いからってそりゃねぇぜ相棒!」

「でもゴンさんがどうしても欲しいっていうなら、狩りに行く?」


 ……うーん。


「いや、いい、やめとくわ。別にそれほど欲しいわけでもないし。なんなら大人しく入荷待ちにしとくし」

「なら気にしなくてよさそうだね」

「そうですね。ワイバーンは1匹みたら30匹って言いますし、駆除するにしても大規模なパーティー組まないと厳しいですから」


 なるほど。そりゃ面倒だ。


「それであそこの温泉は放棄されたと」

「森の中、岩山のところまで行って犠牲が出るかもしれない戦いをするのと、もうちょっと離れたところに安全に平野で温泉が湧いてる所。どっちがいいと思います?」

「うん。間違いなく後者だな」

「はい。そんなわけで、あそこの洞窟は放棄されました。次行くときは空に気を付けてくださいね、ナツ様なら掴まっても力で振りほどけるとは思いますけど」


 そういえば飛べるんだよな。俺もナツも。

 いざ掴まったりしても大丈夫そうだし、また温泉いってみるかなぁ。


 ついでにワイバーンが狩れたらそれはそれで美味しいしねっ!


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