シークエル 4

4−1 明火朝陽あけびあさひ


「っていう相談をさ、この前されたんだよね」

 土曜日の夜だった。一緒に食事を楽しんだ後、凜風りんふぁちゃんを独身寮へと送る最中、僕は先日のせいさんとのやりとりについて話した。

 隣を歩く彼女はけらけらと笑う。

「何だよ、それ。変なのー」

「変だよねぇ。でも、静さんって本当にそういう人なんだよなぁ」

「あー、変わってるもんな。まず第一に、何考えてるか分からない」

「表情筋、死んでるよね」

「あれって昔からなのか?」

「うん、ずっとそう。めったに笑わない。けど、最近はちょっと笑うようになってきたかも?」

 今年に入ってからだろうか、静さんの雰囲気が以前よりやわらかくなった気がする。微笑程度ではあるものの、やわらかい表情を見せることが増えていた。

「めったに怒らないしなー」

「そうなんだよね。もっと感情表現してくれると分かりやすいのに」

「けど、アサヒは透視で全部分かるだろ?」

「疲れるんだよ、凜風ちゃん。そう簡単に使っていいものじゃないの」

 凜風ちゃんがおかしそうに笑い、僕は小さく息をつく。まったく、静さんとは真逆だ。

「けどさー、よく考えると大変だよなぁ」

「え、何の話?」

 ふいに凜風ちゃんが夜空を見上げた。

「メイのことだよ。あんなやつを好きになって、しかも一度告白したのに、まだ付き合ってないんだぜ? 苦労してるよなぁ」

「ああ、そうだね」

 芽衣めいちゃんから聞いた話では、去年のクリスマスイブに告白したらしい。しかし、静さんの方に自覚がないため、いまだ交際にいたっておらず、宙ぶらりんな関係が維持されているとか。

「早く付き合っちゃえばいいのにな」

「相手があの静さんだからねぇ。お似合いの二人だとは思うけど」

 恋愛事にうとくて鈍い彼と、長年想いを温めてきた芽衣ちゃん。さっさとくっつけと思う気持ちはよく分かる。

「ハッパかけるか」

「え?」

「ハッパだよ、ハッパ」

 と、凜風ちゃんが顔を向けてきて、僕は理解した。

「ああ、発破はっぱね。うーん、かけても効果あるかどうか」

 先日の件からまだ数日も経っていないし、感想を聞いてもいない。一応動画は見てくれているようだが、彼の性欲を刺激できたかどうかは知らない。

「セイは鈍いもんな。だったらメイにハッパかけるか?」

「えっ、芽衣ちゃんにかけてどうするのさ?」

 少し驚く僕へ、彼女はいたずらっ子のような笑みを見せた。

「へへっ、分かんねぇ」

「もう、凜風ちゃんってば」

 可愛いから許すけど、やっぱりこういうことに第三者が首を出すものではない。

 僕は呆れた顔をしてみせてから言った。

「もう少し様子を見よう。きっと芽衣ちゃんだって、いろいろ考えてはいるだろうし」

「そっか。そうだな」

 うなずく凜風ちゃんにほっと胸をなでおろし、僕は言った。

「静さんもきっと、少しは何か変わったかもしれないしね」

「そうだといいなー」

 にこにこと笑いながら言う彼女の隣で、僕も小さく微笑んだ。――やっぱり仲間だから、彼らが幸せになれるならその方がいい。僕らが今こうして幸せであるように、彼らにも幸せであってほしい。


4−2 凌凜風りんりんふぁ


 メイはいいやつだ。アタシと一歳年が違うだけなのに、しっかりしていて頼りになる。優しいし、作ってくれるおにぎりは美味いし、一課におけるお母さんみたいな人だった。

 一方でどうしようもないのがセイだ。一課の課長でレストレーショナーとしても全員をまとめるはずの立場にあるのに、全然頼りにならないからアサヒが苦労している。二課のテイトやモトムも、セイに関しては苦労している。

 戦いは強くて、超能力を使いこなすのが誰より上手い。体もしっかり鍛えているから、肉体的な強さもある。そういう意味では尊敬できるのだが……なーんであいつ、恋愛にうといんだろなぁ。

 はっきり言ってアタシには理解ができない。メイのことだって、アタシなんかより断然気にかけてたくせに。

「そういや、アタシとメイって同じ時期に入ったんだっけ」

 独身寮の部屋、ベッドに寝そべって天井をながめる。

「あいつ、最初からメイのことが好きだったんじゃねーのか?」

 一課に配属された最初の日、アタシはセイと練習試合をした。セイは物がないと超能力を発揮できないというから、余裕で勝てると思った。でも――。

「あー、思い出すだけでムカつく!」

 攻撃をしようと近付いたアタシをすかさず捕まえ、床へ引き倒したのだ。はっとした時にはもうあいつのペースにはめられていて、アタシはボロ負けだった。自分がまだ弱いことを知って、もっと強くなりたいと本気で思った。

 でもメイに対しては優しかった。彼女がヒーラーで非戦闘員で、おとなしい性格だからかと思ってたけど。

「うぅー、やっぱりハッパかけてやる!」

 月曜日は何としてでもハッパをかけて、セイとメイを恋人にさせてやろう。アサヒは微妙な顔をしてたけど、アタシは絶対にやってやる!


「なぁなぁ、メイ」

 昼休み。いつもみたいに黙々と弁当を食べるメイへ、アタシは声をかけた。

「何ですか?」

 と、顔をあげたメイがこちらを見る。アサヒとセイは外へ食べに行っているから、今は二人だけだった。

 アタシはコンビニで買ったカフェラテを少し飲んでから言った。

「もう一回あいつに告白したら?」

「は……?」

 メイが動きを止め、頬を真っ赤にさせる。

 アタシはにやりと笑って、彼女の方へ身を乗り出した。

「まだ付き合ってないんだろ? でも、絶対あいつメイのこと好きじゃん」

「いや、えっと……でも、その……」

 動揺して視線をさまよわせるメイ。

「ちゃんと言った方がいいって。じゃねーと、いつまでも付き合えないぜ」

「うっ、うぅー」

「いいのか? あいつ、放っとくとずっと独身だぞ。恋人になりたいならはっきり言わねぇと」

 メイが泣き出しそうな顔をし、何か言い返そうとする。でも言葉が出てこない。

 すると足音が近付いてきた。誰か戻って来たようだ。

 はっとしてアタシとメイがほぼ同時に扉の方を見ると――入ってきたのはセイだった。

「よう。ちょうど今セイの話を――」

「どうした、メイ。泣きそうな顔をしてるぞ」

 アタシの言葉をさえぎって、セイはメイのそばへ寄ってきた。

「あっ、違うんです。何でもないです」

 慌てた様子で顔をそらすメイだが、すぐに浮かんだ涙を指でぬぐう。まったくごまかしきれていない。

 かと思うと、セイがアタシを見た。

「何をした?」

「は? アタシは何もしてねーよ。ただ話をしてただけだ」

 と、返したけれど、セイは疑うような視線を向けてくる。やっぱりセイはメイにだけ優しい、優しすぎる。絶対に好きなはずなのに、どうして付き合ってないんだ。

 ちょっとムカッとしたアタシは、はっきり言ってやった。

「セイにもう一回告白したらどうだって言っただけだよ」


4−3 恵芽衣めぐみめい


「告白?」

 静さんがきょとんとしたようにつぶやき、私はとっさに顔を向けた。

「かまわないでください、静さん! 私、ちゃんと待って――」

 ぱっとこちらを見た彼と目が合う。うぅ、今日もイケメン……! 一見すると鋭い目つきだけど、その目はいつだって優しさを秘めている。

 真剣な表情で彼がその場に片膝をつき、私を下から見つめてきた。

「芽衣」

「は、はいっ」

「最近になって気づいたことがある」

「え?」

 心臓がドキドキして顔が熱い。でも、静さんは他の人と少し違うから、あまり期待はできないこともよく知っている。

 静さんはまっすぐに私を見つめて言った。

「俺はたぶん、女性に甘えたい男なんだ」

「は?」

「いろいろな動画を見ていく中で気がついた。俺は優しい女性が好きだ。甘えさせてくれる、包容力のある人が好きだ」

 な、何の話? いやいや、まだだ。最後まで静さんの話を聞こう。

「でもおっぱいが大きいのはちょっと気持ち悪い」

「あぁん?」

 横で聞いていた凜風さんの声がしたが、かまわずに静さんは続ける。

「美人すぎるのもなんだか気が引けてしまう」

 凜風さんの悪口としか思えない。でも静さんに悪気はない。

「だから、俺にとって芽衣はちょうどいいんだ」

「ちょうどいい、ですか?」

「ああ。芽衣は優しいし、包容力がある。美人すぎなくておっぱいも小さい」

 それ、悪口にしか聞こえないんですが???

 いやいや、冷静になるのよ私。静さんの目を見なさい。ああ、子どもみたいにまっすぐだわ……!

「芽衣がいないと寂しい。芽衣が死んでしまったら、俺は俺でなくなるような気がする」

「えーと、結論を言ってもらえますか?」

 私の返しに静さんははっとし、言い切った。

「君とセックスがしたい」

「ぎゃははははは!」

 凜風さんが下品な笑い声をあげ、私は戸惑うばかりだ。いや、セックスしたいと思ってもらえるのは嬉しいのだけれど。

「つまり、その……私と、付き合いたいってこと、ですか?」

「ああ、そうなるな。もっと芽衣のこと、知りたいと思うようになったんだ」

 うわあああああああ、ついにこの日が来てしまいましたかー!? ちょっと待ってください、神様仏様!!

 ドキドキとうるさい鼓動に負けじと私は聞き返す。

「わ、私でいいんですね?」

「ああ、芽衣がいい」

「恋人になるってことは、その、つまり恋愛感情があるってことなんですけど」

「それについては、実はまだあまり分からない。でも、セックスしたら分かるような気がする」

 うーん、何て返せば???

「えぇーと、分かりました。はい、嬉しいです。嬉しいですけど、その……静さん、童貞ですよね?」

「ああ」

「私も、その……処女なので。ちゃんとセックスできるかどうか、自信がないというか」

「ああ、そうだな。俺も自信はない」

 ですよねー!

「でも、それならそれでいい。芽衣を傷つけたくはないから、ゆっくりやればいい。そうだろう?」

 優しい目でにこりと微笑されたら、もううなずかずにはいられない。

「そう、ですね……っ」

 あああ静さんのイケメン! 私はそのお顔が何より好きなんですー!!!

 顔を真っ赤にしてうつむいた私の頭を、静さんが大きな手でぽんぽんとなでる。

「これから、よろしくな」

「は、はい……っ」

 心臓はドキドキ、幸福度は最高潮。静さんに性的な目で見られていると思うと、嬉しいやら恥ずかしいやらで頭の中はぐっちゃぐちゃだ。

 静さんが何食わぬ顔で自分の席へ戻り、凜風さんがにやにやと笑いながら言った。

「よかったな、メイ」

「っ……あ、ありがとうございます」

 元はと言えば凜風さんのせいだ! とは思うものの、結果的にはハッピーエンドなので何も言えない。

 まさかこんなことになるなんて、まったく想定外だ。落ちついてきたら何だかめまいがするような感じがして、許されるなら少し休みたいと思った。――ああ、そうだ。燈実とうみさんと詩夏しいかさんにも知らせなきゃ。二人は私の恋をひそかに応援してくれていたから、ちゃんと伝えてあらためて感謝をしなければ。


4−4 重守詩夏しげもりしいか


 めずらしく芽衣さんからスマートフォンを介して連絡が来た。授業の合間に確認すれば「静さんと付き合うことになりました」と。

「えぇっ」

 思わずびっくりして声が出てしまったが、すぐに咳払いをして気を取り直す。

 そして「おめでとうございます」と、可愛いうさぎのスタンプ付きで返信をした。

 芽衣さんが静さんに片想いをしているのを知ったのは、たしか一昨年おととしのハロウィンパーティーの時だった。芽衣さんと話をしていた時に発覚し、以来わたしはひそかに応援してきた。わたしが燈実さんのことを気にし始めた時には、芽衣さんが応援してくれたから、お互いによい結果となったわけだ。

 そう思うと何だか嬉しくて、わたしはすぐに燈実さんへ連絡をした。


 放課後、いつもの公園で燈実さんと会う。いつものベンチに二人、腰かけて。

「芽衣さんからの連絡、びっくりしちゃいましたね」

 と、わたしが切り出せば燈実さんは笑った。

「ああ、マジびっくりだった。でも、やっとかよって感じもしたな」

「ですよね。芽衣さん、静さんに一目惚れしたって話でしたし」

 季節はゴールデンウィーク直前の、もうじき初夏が始まる頃だった。燈実さんの誕生日も近い。

「あー、一目惚れかぁ。そういや、オレも……」

 と、燈実さんがわたしを見て、頬をじわじわと赤らめた。

「一目惚れ、だったんですか?」

 ちょっといたずらに問いかければ、燈実さんは恥ずかしそうにしつつもうなずく。

「うん、一目惚れだった。初めて詩夏さんと会った時、可愛いなって思ったもん」

 そうだったんだ。なんかちょっと嬉しい。

 わたしがくすくすと笑っていると、燈実さんが横目にこちらを見た。

「詩夏さんはどうなんだよ? 何でオレのこと、好きになったんだ?」

「えっ」

 いきなり聞かれると、少し返答に惑う。

「うーんと、そうですね。最初に会った時、わたしのことかばってくれましたよね? あの時から気になってはいたんです。素敵な人だなって」

「マジか」

「でも、はっきり好きになったのは……」

 すっきりと晴れた青空を見ながら思い返す。

「ハロウィンパーティーの時かも、です」

「えっ」

 驚く彼に視線を向け、わたしはにこりと笑った。

「燈実さんの戦う姿、本当にかっこよかったです。それと、筋肉もついてきてたから」

「え?」

 ちょっと申し訳ないのを自覚しつつ、わたしは言う。

「実はわたし、マッチョな人がタイプなんです。ゴリマッチョまでいくと嫌だけど、腹筋の割れてる人とかすごく好きで」

「マジで? ってことは、オレが鍛えてるから好きになってくれたわけか?」

「はい、そうです。最近の燈実さんは特にいい感じなので、早く夏にならないかなと思ってます」

 と、正直に想いを伝えれば、燈実さんは微妙な表情になりながらも笑う。

「そうだな。夏服だと体のライン、出やすいもんな」

「はい。燈実さんの筋肉、早く見たいです」

 言ってからはっとして、燈実さんも気がついた。

「あー……それなら、その、夏になるまでもないっていうか」

「す、すすっ、すみません!」

 恥ずかしいことを言ってしまった。でも、よくよく考えたら。

「オレたち、まだキスすらしてなかったよな」

「……はい」

「お互い実家暮らしで高校生だし、ちゃんと大人になってからでもいいかな、と思わなくもないんだけどさ」

「……燈実さん、でも、やっぱり」

「うん、考えずにはいられないよな」

 苦笑する燈実さんにわたしは微妙な思いを抱くが、わたしだって高校生。やっぱり、好きな人とキスやそのあとのこともしたい。

 心の中で覚悟を決めて、わたしは言った。

「しましょう、燈実さん」

「えっ、いやいやいきなりそんな」

「じゃあ、せめてキスだけでも」

 わたしだけでなく、燈実さんの顔も真っ赤だ。お互いに恥ずかしいのだけれど、でも、ちゃんとやることはやっておきたい。ずっと穏やかな日々でいられる保証はないから。

「えっと、詩夏さんってけっこう、積極的だよな」

 と、燈実さんは苦笑したが、すぐに真面目な表情でわたしを見た。

「じゃあ、キスだけな」

「はいっ」

 嬉しい。やっとキスができる。

 わたしがそっと目と口を閉じると、燈実さんがわたしの両肩を優しくつかんだ。心地よく心臓が高鳴る中、唇がそっと触れ合う。

 ――心も体も幸せな気持ちに包まれて、少しだけ泣きそうになった。


(第二部 狭間のレプティリアン 終)

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全世界記憶喪失 晴坂しずか @a-noiz

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