第3話-武士の旅立ち
「ここはどこでござろう。」
師匠との思い出にふけり、最後の眠りについたと思っておったが、拙者はまだ生きておるのか。
それにしても、息が苦しゅうない。
それどころか、体中が楽であり、病にかかる前の様でござる。
周りを見渡すと、一心斎が最期に居た寺であることを理解した。
「ふむ。ここは閻魔殿の謁見前の待合所のようなところでござろう。」
天国に行くのか、地獄に行くのかは自身では判断がつかないが、どちらに行くこととなってもそれを受け入れ、心から感謝をしようと思いながら、目の前の巨大な仏像に祈りを捧げて判決の時を待つことにした。
『待つ必要はない』
誰の気配も感じない仏殿で一心斎は声を聞いた。
死語の世であるこの場所なら自身が気配を感じぬこともあるだろうと、不思議に思わず、声の主に問いかける。
「待つ必定はござらぬとは、どのやごとき意味にてござろう。」
『一心斎よ、お主は動揺をせぬのだな。』
一心斉が声に超えると、再び声が聞こえた。
声はするが、どこから声が聞こえるのかを把握できない違和感はあるが、そこに何かが存在することは理解した。
「動揺もなにも、拙者は死を迎えた身、どがん恐らるる必定がありましょうぞ。」
『達観しておるの。お主を選んで誠に良かったかもしれぬな。』
「拙者を選ぶとは、如何様(いかよう)なことでござろう。」
『まぁ待つが良い。疑問は尽きぬが説明をせぬとは言っておらぬ。』
「ならば、姿を見せてはくれぬか。拙者もいずこを向いて話をすらばでよいか、分からぬにて御座ろう。」
声は音で聞こえるのではなく、頭に直接語り掛けるような響きであり、居場所を探ってはいるが、一切分からない。
『姿ならば、目の前に居るではないか。』
一心斉は驚愕する。
目の前には巨大な仏像しか居ないことを。
そして、声の主が何者であるかを瞬時に理解し、平伏する。
「よも御仏殿、ご自身にてありましょうぞか。申し訳ございませぬ。」
『楽にするがよい。ワシはお主に頼みたいことがあり、お主をここに呼んだ。』
仏の言葉に安心し、身を正したまま頭を上げる。
「拙者に頼さながら事とはなにでござろうか。」
『お主は死を迎えたが、お主の剣術を無くすのは惜しいと思うておる。お主が良いのであれば、ワシの別の世にてお主の剣術を広めてはくれぬか。』
仏の言葉に一心斉は驚愕と歓喜に震える。
自身の心残りである、剣術の継承を仏から頼まれたこと。
また、自身の剣術が仏に認められていることに心を震わせる。
「なんと嬉しきことでござろう。心からの感謝しかないでござる。」
『お主の体は朽ちておるが。次の世でも剣術を指南できるように計らおう。次の世で主人に仕えてもらい、主人に剣術の指南をしてもらいたい。」
自身の剣術を持ったまま、主人を得て、かつ、剣術の指南ができることの喜びが一心斉の心を満たした。
「この身を賭して、その依頼を受け候。」
『うむ。"身はない"が、受けていただき感謝する。では、その戸を超え次の世に向かうが良い。』
「にては御免仕ります。」
こうして、一心斉は次の世の戸を超え、自身の剣術「心身流」を広める旅に出る。
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戸を越えた先は白い光に満ちたの部屋であった。
部屋には1人の女性がいる。
ふむ。彼女が拙者の剣術を継承する者でござろうか。
それにしては、細すぎるでござる。
あれでは、刀を振るのではなく振り回されてしまうのではなかろうか。
女性の所に向かう一心斎出会ったが、そこで違和感を覚える。
「はて、面妖な髪の色をしているでござるな。それに顔つきも見たことが無い者でござる。」
女性の髪は桃色の髪をしており、光の当たり具合では銀のような輝きを見せるところもあった。
顔に至っては日本人ではないことが目の色から直ぐにわかった。
『一心斎。無事に世界を渡れたのですね。』
急に話しかけられ驚愕する。
なぜ拙者の名を知っておるのでござろうか。
『名前は知っているに決まっているじゃないですか、先程までお話をしていたのですから。』
ぬっ心を読む類の妖でござるか。
『ちょっと待ってください。刀に手を掻けないでください!あと私はモンスターではありません!』
慌てふためき、何やらよくわからぬ言葉もあるが、敵意はなさそうではあるが油断はせぬ方がよさそうでござるな。
「お手前は何奴にてござろう。」
『ですから!先ほどまでお話していた貴方をこの世界に導いだ神です!』
「拙者を導いた神とな。」
一心斉は、導いた神という言葉が一瞬理解できなかった。
『神とはすなわち仏になります。仏殿で貴方とお話をしたではありませんか』
「おおおお。御仏殿にてありましょうぞか。 姿、話し方が異なってござったので、分からのうこざった。」
『やっと理解できましたか。私はこの世界でも生命を司る神、モイラと申します。』
「モイラ殿と申すとでござるか。」
『神というものは、世界や宗教によって姿形は変わる物ですが、今の私が本当の姿となります。この世界では神は身近な存在であり、見た目、話し方の祖語はありません。』
「御意にござる。では、この空間について教えていただきたいでござる。」
白一色の不可思議な空間。
モイラ殿は世界を渡ったと申すが、白一色の味気ない世界で拙者は何を為せばよいのやら。
『ここは神の領域の入り口になります。これから一心斎には下界に居りてもらい、とある人に剣術を授けてほしいです。』
「御意にござる。とある人の所へは拙者が向かえばよろしいでござるか。」
『いえ、もう少ししたら扉が開きますので、お待ちください。』
暫く待つと紫色の光が拙者の後ろに現れた。
『扉が開きましたね。その先に居る人をよろしくお願いします。』
「御意でござる。」
光を越え、拙者は新たな主人の所へ向かう。
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光の先には、一人の童が驚愕した顔で固まっている。
「ほう。このわらしが拙者のお館様となり、拙者の剣を継承する者にてござるか。また、紫の光の中に居るとは高貴な物なりな。」
「拙者、心身流が剣士、一心斉と申すにて候。お館様に仕える侍にてござる。」
お館様は拙者を見ているが、答えがない。
よもや、声が聞こえておらぬのか。
それは困った事態でござる。モイラ殿に確認をせねば。
『一心斎、今の彼には声は聞こえていませんよ。』
「ぬっ。そうでござるか。それではどうすればよろしいでござるか。」
『彼には魔力の祝福を与えました。成長とともに魔力も育ち、10歳頃には声が聞こえるようになると思います。今の彼は魔力を使い切っている状態で魔法は使えなくなってしまっています。あと何かを話しても、彼自身は虫の知らせ程度しか感じ取れませんので、それまで、この世界の事を学びつつ、見守っていてあげてください。』
そうでござるか。
知らぬ世界であるが故、致し方あるまい。
教える事も考えねばならぬ故、時間があるのは幸いでござるな。
お館様も困った顔をして居るが、頭を撫でて安心させるでござるか。
『契約は成立しましたね。それでは一心斎、この世界で貴方の剣術を広め、世界を進めてください。』
「御意」
モイラ殿の言葉に返事をしたとたん、紫色の光が拙者を包み、お館様の中に吸い込まれていく。
気が付けば、見覚えのない石造りの建物の中で童と同じ年恰好の子たちがおり、奥には大人が数名。
拙者の知る着物とは異なる意匠の服を着ており、髪も目も見慣れる色をしておるな。
これが新しい世界の人々でござるか。
これは心が躍る。
お館様と子たちの会話を聞くに、お館様の名は”シン”殿と申すことが分かった。
シン殿は本日祝福という祝いの日に参加し、力を授かったとのこと。
仏、この世界では神と言われる存在から力を授かるために、この石造りの建物に来たとのことであるため、ここは寺のような物でござるか。
教会言うらしいが、中々趣のある良い建物でござる。
風情を感じているとシン殿のご両親が現れ、家に帰るそうである。
見えてはおらぬだろうが、挨拶をし拙者もついて行く。
家屋もまた、見慣れぬ作りではあるが、趣もあり立派な建物であるな。
シン殿がご両親と守護霊、拙者の話をしておる。
守護霊とは神の事だと言われておるが、拙者は神でも仏でもないのだが、大丈夫であろうか。
話が終わったようなので、シン殿に挨拶をし手らぬからしておかねばならぬな。
聞こえなくとも、礼儀は守らねば。
「拙者、一心斎と申す、お館様の守護霊に候」
シン殿は、ふとこちらを見て首をかしげるが、そのまま壁に作られた囲炉裏のような物に向かい、何かを唱えたが首をかしげている。
魔法というものが使えぬらしい。
魔法とは何でござろうか。モイラ殿が確か”魔力を使い切っている状態で魔法は使えない”と言っておったような。
よもや、これは拙者のせいではござらぬか。
シン殿とご両親ともに困惑をされておるが、申し訳ない気持ちで心が痛いでござる。
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幾日が過ぎ、分かったことがいくつかある。
シン殿の御父上はジル殿、お母上はカトリーヌ殿でござる。
名前以外に分かったことは、
拙者はシン殿から30尺程度(約10m)しか離れることが出来ぬこと。
壁や物には当たり前のごとく触れることは出来ぬこと。
声を伝えることが出来ぬこと。
の3つはわかった。
正しく幽霊なり。
姿と声については、モイラ殿が言うには成長とともに魔力が育つことで解決をするでござるとのこと、問題は無かろう。
拙者が指南することには問題はないが、この世界の剣術について知らねばならぬが、幽霊が故、本を取ることも出来ず、道場があるのかもわからぬので、どうした物でござるかと悩んでおると。
ジル殿がシン殿に剣術を教授するとの事、この世界の剣術を拙者も学ぶ良き機会でござる。
今は冬である、春が訪れたころに始めるそうでシン殿も心脅させており、拙者も同様に心が躍る気持ちを抑えきれぬでござる。
拙者、守護霊に候 なつきんぐ @natuking
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