生けるロボット

カミシモ峠

第1話

しまった。お仕事中なのに寝てしまいました。

申し遅れました。私は閑静な住宅街に建つ御屋敷にメイドとして勤めています。

あたりは三階建てといったいかにも豪邸といった建物が立ち並んでいます。

ところで、今日は砂埃が激しいです。お洋服に付いてしまうと洗濯が大変です。

ところで、旦那様たちはどこへ行ったのでしょう?今日は御屋敷で過ごす予定のはずですが。

もしかしたらご友人に呼ばれたのかもしれませんね。

今は九時ですか。

早く掃除を始めましょう。いつもより遅れてしまっていますから手早く。

でも、砂埃で御屋敷が汚れてしまっているので、丁寧に掃除した方がいいのでしょうか?

……時間をかけてお掃除しましょう!旦那様もわかってくれるはずです!

砂埃を取り払い、家具の隙間や窓枠など細かい部分の埃を取り、食器洗い等々。

一通り済ましたところで、時刻は十二時少し前。

まだ、旦那様たちは帰ってきませんか。

お昼ご飯はどうしましょう?

そうだ、旦那様に聞いてみましょう。

一階リビングの電話を取り、旦那様の携帯へ繋ぎますが……繋がりませんね。

はて、どうしましょう。

もし、ご帰宅なされなくても食べれるよう、保存のきくものを作りましょう。それがいいですね。

早速冷蔵庫をパカッと。

あら、食材がほとんどありませんね。

困りました。買い出しに行かないと。

素早く用意を整えていざ出発。ちゃんと買い物リストも持ちました。

今日は風がいつもより吹いていますね。

日光もよく当たります。風と日光のバランスがよく、心地良いです。

スーパーまで半分といった所でしょう。足の動きが少し悪くなりました。運動不足が祟ったのでしょうか。

早く買い出しを済ませて、お料理しなければならないのに。

足の調子が悪いせいでスーパーに着くのに予定より遅れてしまいました。

では、早速買い出しです!

と、意気込んだのは言いものの、全く食材が見当たりません。

何故でしょう?

……なるほど、近所の皆様でバーベキューをしているのですね!最近私に隠れてコソコソしていた節がありましたが、そういうことだったのですか。

しかし、旦那様も太っ腹ですね。スーパーの食材を買い占めて行うとは。

私も誘って欲しかったです!旦那様が帰ってきたら一言申し上げましょう!

……あら?今度は足に続き腕も動きが悪くなりました。

どうしたのでしょう。

運動不足では片付けられなくなってきました。

どうしてしまったのでしょう。

私は膝から崩れ落ち、レジカウンターにもたれ掛かる。

視界もだんだん暗くなってきました。

私は一体どうなってしまって、この後どうなるのでしょう。

怖いです。

そして、完全に体が動かなくなりました。

視界も暗くなり、最後に目に映ったのは旦那様たちが楽しく会食している風景。それと鉄筋がむき出しになったスーパーでした。




「おい、新田。これ見てみろよ」

「なんだ赤船。ってこりゃメイドロボットの初期ロットじゃねぇか」

「ああ、かなりのレアもんだ」

男が二人スーパーの跡地ではしゃぐ。

「でもこれ動くのか?完全に事切れていると思うが」

「さあな。専門家じゃねぇからわからん。田渕に見せればわかるだろ」

「そうだな」

男たちは、大きなバックパックを背負っていおり、かなりの重量がありそうだ。

しかし、二人がかりでロボットを持ち上げるとのしのしと歩き、帰路に着いた。

ロボットは冷えていた。


道中。

ロボットから二枚の紙が落ちる。

「おい新田。なんか落ちたぞ」

「なんだろうな」

二人は一旦ロボットを置き、新田が紙切れを手に取る。

「これは買い物リストと、手紙?」

新田は赤船と顔を見わせ、手紙を開く。

「なんだこれ?」

「さあ。でもこのロボットに向けたものじゃないか」

「もしロボットが起動した時の為に、大切に持っておこうか」

赤船は腰のポーチに紙をしまう。

「そういえば買い物リストがあったな」

「……こいつが買い物に来たって言うのか?この状況で?」

「有り得なくは無い。紙の状態も新しいし。もしかしたら衝撃でコンピューターがぶっ壊れたのかもな」

「確かに」

二人は今元住宅街、現瓦礫の山に立っている。

戦争の影響により爆弾が投下され辺りは焼け野原なっている。

高級住宅街ということもあって、何とか全壊を免れたのかもしれないが、今では瓦礫だ。

「可哀想な奴だな。主人が居ないのに残っちまって」

「そうかな。もしかしたら幸せかもしれんぞ」

「新田はそう思うのか」

男二人は再びロボットを持ち、歩き出す。


「どうだ田渕」

「うん、新田の言う通り内部コンピューターがイカれてる。それにバッテリーも切れてる。でもそれ以外は完璧だ。頑張れば直せるよ」

おおー、と新田と赤船は完成を上げる。

このロボットのように、初期ロットは流通量が少なく、金持ちしか持っていなかった。

故に庶民の二人は憧れを持っていたのだ。

「しっかし、こんなものどこで拾ってきたんだ?」

「高級住宅街跡地。なんかあるかなって思って」

「へぇー」

田渕は興味深そうにロボットを見る。

「早く直してくれよ」

「そう急かさないでくれ、赤船。時間がかかるから」

「へいへい」


「二人とも直ったぞ」

「「まじか!?」」

二人は急いで田渕の修理場に向かう。

男二人は無邪気な子供のようにロボットの起動を見守る。

ブゥンという音を立て、ロボットが起動する。

メイドロボットの視界には、自身を無邪気な目で見つめる男二人と、それを見守る保護者のような男が一人映る。

「きゃあ!」

後退りしようとして、頭をぶつける。

「おいおい、大丈夫か」

赤船がロボットに声をかける。

少しの間を置き、ロボットは立ち上がり、

「ご心配おかけしました。ところで、ここはどこなのでしょう?」

「ああ、ここは僕らの家にある修理場だよ。散らかっているのはご愛嬌ね」

「私はスーパーにいたはずですが、どうしてここに?」

「彼らが君を運んでくれたんだよ」

新田と赤船はロボットに手を振り、答える。

「俺は赤船。よろしく」

「新田だ」

「僕が君を直した田淵。ところでこの世界の状況はわかる?」

長い沈黙の後、ロボットは口を開く。

「なんとなくは」

「あらそう。君がこんな状況でも買い物に行ってたらしいから、何も知らないものだと」

「最期に目にボロボロになったスーパーが映ったので。推測ではありますが」

「そう。じゃあ説明しようか。向こうのソファに腰掛けて」

四人は修理場を出た先のリビングのソファに座る。

ソファカバーは所々破けていたり、布をつぎはぎして直した形跡が見られる。座り心地はまあ。

「この国は戦争に巻き込まれ、爆弾を投下された。その影響で動物なんていなし、建物もほとんど崩壊している。そんなんだから食料も探さないといけなくて、その途中君を彼が見つけた」

「では、旦那様たちは……」

「……おそらく生きていないだろうね。この付近では人影は確認してない」

「そう、ですか」

ロボットは振り返る。スーパーで機能停止する前の思考を。あれは恐らく故障したコンピューターが見せた幻想だ。

ロボットは事実を咀嚼し、ゆっくり受け入れていく。

「大方状況は飲み込めました」

「了解。ところでこれが君の服の隙間から出てきたらしいんだけど」

田淵が取り出したのは、買い物リストと手紙。

ロボットは買い物リストを見て笑った(気がした)。そして手紙を見て首をかしげる。

どうやらロボットも知らないものらしい。

「開いても?」

「もちろん」

新田と赤船は苦い顔をする。

封の中には幼い子が書いたのか、拙い字の書かれた紙が一枚ある。

ロボットは字を見て固まり、急に立ち上がる。

男たちが呆然としていると、

「お屋敷はどの方向にありますか!?」

ロボットがすごい剣幕で聞く。

「お、お屋敷?」

「質問を変えます。スーパーはどの方向にありますか?」

「い、玄関からまっすぐ直進したらあるはずだよ」

田淵が剣幕に押されながら答える。

「ありがとうございます」

そう言ってロボットは勢いよく玄関を飛び出す。

呆然としていた男たちは、しばらく経ち、我に帰る。

「あいつどこ行った!?」

「スーパーだって言ってたが」

「急いで追いかけよう!」

男三人はスーパーに向かって駆け出した。




ロボットはスーパーにはいなかった。

「屋敷に行ったのか」

「そうは言ってもどこにあるんだ?」

赤船と新田が言う。

「でも、お屋敷っていうぐらいだから大きいんじゃない?」

田淵が推測し、それらしき建物を駆け回って探す。

数分後。大豪邸言って差し支えない建物が視界に入る。

「ここか?」

赤船が言う。

「多分な。お屋敷といったらここぐらいだろう」

表札には大谷と書いてある。

爆風のせいか、門は外れており中には簡単に入れる。

「おーい。いるかー?」

返事はない。

「手分けして探そう」

田淵の提案に二人とも乗る。

そして、会食に使われていたのか、大食堂にロボットはいた。

「おい、一体どうしたん……だ」

問いかけた赤船の言葉が切れる。

男三人は盛大に飾り付けられた大食堂を目にする。

壁や天井には色とりどりの折り紙で作られたフラッグや、バルーンといった装飾が施され、大きな横断幕には、

祝!三年目おめでとう ルイ

と書かれている。

「これは?」

「私の為のお祝い会です。今日は私がお屋敷に勤め始めて三年目なんです」

「あんたルイって言ったのか」

「はい。幼い頃なくなってしまった旦那様のお嬢様の名前です。ここへきた時旦那様が名づけてくれました」

新田の質問に答える。

ロボット、もといルイが新田に手紙を手渡す。

「見ても?」

彼女は頷く。

手紙には拙い字で、


ルイおねえちゃんへ。しょくどうにきてね。


そう書かれている。

「お坊ちゃんが書かれたものです」

ルイの体がかすかに揺れている。まるで泣いているように。

なるほど、と三人は納得する。

「ところでルイさん。これからどうするんだい?」

「……貴方達と行動してもよろしいでしょうか。旦那様達の分も生きたいんです」

男三人は笑みを浮かべる。

「もちろんだよ。よろしく」

ルイの手はほんのり熱を帯びていた。

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