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「先生、僕、やめようと思います」

「そう。決意は変わらない?」

「今まで大変お世話になりました」

 その若者は頭を下げると、研究室を出て行った。

 とあるゲーム内では、ニヒトザインと呼ばれていた者である。

「私は君の人生を、狂わせてしまったのだろうねえ」

 そう言って嘆息したのは、中年の女性だった。とあるゲーム内では、キマイラニンジャと呼ばれていた者である。

 彼女の方は、ニヒトザインの正体にうすうす気が付いていた。彼がこっそり作り出しているマウスのことも知っていた。

 かつて自らが作ったゲームによって、研究に興味を持った子供がいた。ゲームをコピーできるという特殊な才能を持っていたが、その者は研究の道を選んだのである。

 偶然なのか必然なのか、彼はきっかけとなったゲームを開発した人間のいるところにやってきた。もし彼が研究の道を全うしたならば、美談になったかもしれない。

 しかしニヒトザインは、研究者としては一流ではなかった。ゲーム内で得たデータをもとに、違法なマウスを生み出すことも考えた。

 いや、そもそもは、私のせいだ。キマイラニンジャには自責の念があった。AGTUCがなければ、違法な存在を生み出す才能は彼にはなかったのだ。

 AGTUCを終わらせなければならない。そう考えた彼女は、スケルトンに頼った。彼しか、ゲームを終わらせることはできないと考えた。

 そして実際、終わらせたのである。

「まったく、天才たちというのは面白いもんだ」

 スケルトンもまた研究に興味を持つのでは、という心配と少しばかりの期待が彼女にはあった。彼ならば適切なゲームを用意してやれば、様々な画期的発見をするかもしれない。

「まあ、こちらには迷い込まないようにしてほしいものだ」

 そう言うとキマイラニンジャは、胸ポケットから取り出したタバコに火をつけた。



「あああ、もうトップだ」

 研究の世界に迷い込まないかとキマイラニンジャから心配されていた青年は、すでに次のゲームを極めていた。

 スケルトンにとってAGTUCは、二つの意味で終わったゲームである。すでにサービスは終了し、そしてもはやあれ以上目指すものもなかった。

 彼は、「ゲームのプロにならないか」という連絡も何度も受けているが、いつも断っていた。将来何になりたいかなどはなく、ただ毎日ゲームをやる時間を確保したかった。そして彼は、現実的な予想もしていたのだ。「自分が何かのゲームのプロになったら、適切な相手がおらず競技として成立しなくなってしまうかもしれない」

 そんな彼も、AGTUCから完全に心が離れたわけではなかった。入力できる箇所を増やしたり、科学の進歩を反映させたりすれば、次のバージョンも出せるのではないか。もちろん生物兵器云々の話が本当ならば、退化したものしか出せない可能性もあるが。

「さて、何まで目指そうかな」

 ここからは、孤独な戦いである。トップを維持するのは、彼にとって容易なことだ。よって、自分なりの目標を作ることになる。

 このゲームも、終わりがあるかもしれない。自分が終わらせられるかもしれない。そう考えると、彼はぞくぞくしてくるのである。

 AGTUCが与えてくれたものは、特別だ。

 そう思いながら彼は、パソコンを閉じた。基本的には、夜更かしをしないのである。


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塩基配列の夜 清水らくは @shimizurakuha

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