第11話
「優さぁ、なんでこれ、フィクションで売ってんの?」
ズズズ、とストローで飲み物を吸って、僕にそう聞いたのは彼方だった。
「俺の名前も、ツキくんも、そのままなのに。明らかにノンフィクションだろ」
「いや、フィクションだよ」
「はぁ……?さすが、売れっ子作家は違うなぁ、言ってる事の意味がわかんねぇ」
「僕にとっては、彼方がミステリー作家になったことが一番意味わからないけど」
「あはは、殴るぞ?いいじゃん、楽しんで売れてんだから」
「まぁ作品は面白いけど」
「だろ?……にしても、このツキくんって今どこにいんのかなぁ。この高二の時…十年は前だけど、一回も連絡寄越さねえんだろ?」
僕らは、大人になった。僕は作家になった。もちろん最初から上手くいくわけではなかったけど、なんとか頑張って…今ではまぁまぁ名の知れた作家として活動できている。
僕が驚いたのは彼方で、彼はサラリーマンでもやるものかと思っていたら、ミステリー作家としてかなり売れている。まさか同じ業界で働くことになるとは思わなかった。
あのプールサイドでの別れから、ツキとは一度も会っていない。もう二度と会えないような予感がしていたが、あの予感は当たっていたようだった。
「…お前も、恋人作れねぇじゃん、なぁ」
「は?」
「ツキくん以上のやつ現れないもんなぁ」
彼方も、ツキのことはしっかりと覚えている。あの夏休みが明けてからも、何度かツキのことを聞いてきた。僕は何も答えられなかったけど、今こうして僕がツキとのことを描いた本を出すと聞いて、少し嬉しそうだった。
「でもこの、ツキくんの最後の言葉ってなんなん?お前のことだから、一切の脚色も無しに描いただろ?俺にだけ教えて!な!!」
彼方は僕とツキのことに興味津々だった。僕が本を描くと決めたときも、その理由をしつこく聞いてきた。僕はそれに答えていないから、彼方は僕がツキを探すためにこの本を描いたと思っているかもしれない。
でも、それは違う。ツキとの出来事を忘れないためでもない。そんなことをしなくても、ツキとの出来事とその姿と存在は、僕の頭に焼き付いたように離れない。
「やだね」
僕にツキが言った最後の言葉も、誰にも教えない。
「なーんーでーだーよー!!しかも、謎が多すぎるんだよツキくん!何、どういうことーっ!?って発言ばっかじゃん。本当にツキくんが言ったの?これ」
僕は、彼方の言葉に微笑んだ。その通りだ。ツキは恐ろしいほど不思議だった。
「てか……ツキくんって本当に現実世界の人なの?」
彼方が眉をひそめて言った。
「さぁ」
「……え、何でちょっと笑ってんの!?否定しろよー!謎が謎なままなのはミステリー作家として許せねーよー!」
ツキが現実世界の人だったか?そんなことは、僕以外の人は知らなくていい。ツキの最後の言葉も、ツキとの最後のくちづけも。
「…ヒントを言うと、ツキはずっと、僕だけのものだったんだよ」
「は?惚気かよ」
ミステリー作家は納得していないようだが、僕にとってはこれが答えだ。あの美しい笑顔も、声も、言葉も全て、僕だけのもの。ツキは、僕のために現れた人。天使であり、悪魔であり、神様であり、ただの、ツキ。
僕の激情 日向 こはく @-_kohaku_-
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