多分、君はそう思っていないんだろうけど。

羽衣石えな

『あのさ』

 ヴヴ、とスマホが鳴った。夜、電気を消して真っ暗な部屋の中だとスマートフォンの画面はひどく眩しい。

 新着メッセージが2通通知されていた。ポメラニアンのアイコンが目に入った。ずっと返信を待っていた彼――みなとからだ。


『ごめん返信遅れた』

『あのさ』


 あ、これ寝る前に見ない方が良かったやつだ。穂花ほのかがそう思った時にはもう遅くて。


『急なんだけど別れたい』


「ですよねーー……」


 なんとなく分かっていた。返信は普段から素っ気ないけど、最近の素っ気なさは普段のそれとはどこか違っていたし。会っている時も、穂花の方を見ているようで見ていないというか、そんな感じ。


「……いつから、こんなになっちゃったんだろう」


 正直、同学年の中でも1番かっこいいと思っていた湊と、まさか付き合えるとは思っていなかった。クラスも離れていたし。

 まあ、2回目のデートで告白したのも、2回もデートに誘ったのも穂花だったわけだが。


「結局好きだったのは私だけってこと、だよね」


 初めてできた彼氏だった。浮かれていた。

 大好きって言うのはいつも穂花からで、湊は「俺も」と返すくらいだったな、と思い出す。


「とりあえず、寝よう」


 眠気なんてとうに吹き飛んでしまっているのは承知で瞼を閉じた。窓を全開にしているせいで、蝉の鳴く声がうるさいのが今日はやけに耳に入ってきた。



 寝れるわけないと思っていたのに、目を開けたらカーテンから日の光が射し込んでいる。

 寝ぼけた頭のままスマホを開く。


『ほのかといてもどうしても気を使いすぎてしまって疲れるだけというか』

『このまま付き合ってるのは違うんじゃないかって』


 湊からのLINEが2通増えていた。


『わかった』

『これまでありがとう』


 散々悩んで、悩んで、悩んで。変に文字を綴りすぎても、どうせ湊の心には届かないのなら、簡潔に伝えようと思って。


「……せめて、直接会って話せよ、ばか」


 そう本人に伝えられるほどの気力も、勇気もないので画面越しに悪態をつく。

 3ヶ月弱。夢のようだった日々はあっけなく幕を閉じた。

 穂花だって気を使って素を見せることが出来ていたわけではないし、言いたいことだってある。

 でも、文字にして伝えるのが怖い。物分かりのいい人のまま終わった方がいいのではないかと思ってしまう。


「花火大会、一緒に行きたかったな」


 ちょうど今日、一緒に行くはずだった花火大会。誘った時は二つ返事で「行こう」と言ってくれて、それが嬉しかった。

 いつもなら憂鬱だった夏休み最終日が、一番の楽しみだったのに。

 約束は、果たされることなく終わってしまったけれど。



 このままベッドの上で寝転がっていても何も始まらないのは分かっていても、どうしても起き上がる気にはなれない。もう時刻は午後4時に差しかかろうとしている。

 何が悲しいとか、もう分かんないし。訳がわからないくらいにぽっかりと穴が空いた感じ。


「花火大会、1人で行っちゃおうかな」


 というか、1回外に出て気分転換でもしないとやってられない。

 いつも以上に気合を入れてメイクをして。この日のために必死に練習してようやく着付けできるようになった、通販アプリで買った生地の薄い花柄の浴衣を着る。

 



 花火大会の会場につくと、カップルばかりが目につく。勝手に嫌気がさす。

 1人スマホでSNSを徘徊しながら、花火が上がるのを待つ。


「あ」


 ドーン、と大きな音を鳴らして、夜空に大きな火の花が咲いた。それを皮切りに、大きな音と光のシャワーが穂花を包み込む。

 綺麗、と思わず呟いていた。

 隣にいて欲しかった人がいなくても、花火は確かに綺麗だった。

 多分、花火じゃなくてもそうなんだと思う。展望台から見た街の夜景も、きらきらと光を反射して輝いていた海辺も、電車の窓から見えた夕陽も。


 全部、彼がいなくたって綺麗だと思えるようになるのだろう。

 早く、思い出にできたらいいのに。

 一緒にいる時間全部が、穂花にとっては忘れがたいものだった。


「多分、君はそう思っていないんだろうけど」


 湊にとっては大して記憶にも残らない程度の出来事だったのだろう。

 それが何よりも辛かった。

 一際大きな花火があがった。

 小さなひとりごとは、大きな音で容易にかき消されてしまった。


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多分、君はそう思っていないんだろうけど。 羽衣石えな @uishiasa

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