スターターシップ

黒心

スターターシップ

 大宇宙時代、それは非常にゆっくりと時が流れる。そもそも太陽系の間近にある恒星でも39,724,282,594,290.98km以上先のあるのだ。人類の作れる宇宙船では到底至りようがない。


 しかし、寿命を考慮した場合だ。


 宇宙線、食料、水、要は最低限より二レベルぐらい上の居住環境を整えると二代目、三代目の子供たちが誕生するだろう。大宇宙時代の始まりにそう考えた狂気の科学者がいた。そして考えを受け入れた政治家がいた。


 地球上と似たような居住環境を整え、何世代にも渡り宇宙を移動する計画。一度踏み出せば二度と地球の土を踏むことは叶わず、その子供も地球を見ずに育つ。なれど人類のために生き続ける。


 残酷だ!

 地球のどこかで叫ばれる。子供たちを想う母親の言葉だったかもしれない、反対することしか能のない野党だったかもしれない。大体の人は冷蔵庫を開けながら聞き流していた。自分は関係ない、興味がない、今のままで十分だ。

 多くの人はこのどれかだ。だが胸に秘めた冒険心を抱える老若男女も存在する。


「いこう!」


 人類が太陽系に進出して間もないころ、ゴールデンレコードを追う夢を語る少年少女がいたに違いない、さもなければ計画自体浮かんでこないのだから…………。


 播種船計画は様々な思惑を抱えつつも、人類の生存のためという非常に抽象的な目標から始まった。


“恐れ”


 所詮人が生き物だからだったのか、理性により神をつくりることも殺すこともできた人類は滅ぶことを想像する。都市問題は噴出し人口の偏りは留まることを知らず、国家や企業の泥沼も深くなるばかり。良いことも当然多い、然れども悪しきことに目を眩ませるものだ。


 播種船計画の奥底に“恐れ”の感情が埋まっているせいか、その全貌は歪なものとなる。


 宇宙船は固い装甲に覆われ太陽フレアの直撃を受けても原型を保てる強度を誇った。一部内部は人工的に大質量を作り出すことで重力を発生させていたが、ほとんどの1G環境は回転力で生み出している。

 積載量の大半を物資で占めており、水、食料、鋼材、まさに地球の縮図といえる。宇宙でも生きれるように遺伝子が調整された人と動物、昆虫、植物。さらに原種――当然人間も含む――まで試験管の中で生み出せるよう厳重に保管されていた。


 千五百人の乗組員すべてに遺伝子改良が施され、人口比は常にピラミッド型になるよう複数の人工知能によって管理される。子供の教育も一人一人専用の人工知能で管理され、大人になってもプライバシーなどありもしない。


 創造性を危惧する科学者もいたが、家族、友達、教育によって最低限度の創造性は確保されるはずだと押し切られた。人権活動家の意見も排される。


 ついで人権活動家は血涙を流さねばならない。


 シュミレーションを幾らやっても不測の事態は起きるもの。だがギリギリを維持する管理社会では対処は困難、すなわち、不測の事態発生の際船内で生きている生命に安楽死を贈るという残酷な措置を足らざるを得なかった。


 人間を船の補完パーツに組み込み、地球産の種を他の星系に送りだす。


 播種船建造、大宇宙時代初期の大事業は完成する。






 *







 彼女は今日も人工知能と共に宇宙船の様子を窺っていた。配線は長い年月が経っていたがしっかり整備ているため錆ひとつない。


「そもそもさぁ、何百年の航行に耐えれるんだから毎日整備する必要ないじゃん」


『ありますよ。当時は新開発の素材でしたから不安な点がいくつもあったのです。よく見てください、錆はありません、しかし内部はどうでしょう?』


「あぁはいはい、アレ持ってきますよっと」


 彼女は立ち上がって周りを見渡した。整備用の廊下は人一人通れるだけのスペースで、人工知能の義体がくると前には進めず元来た道を戻るしかない。とは言え、目的のものは向こうの方にある。


 黒み掛かった色彩の先には休憩室がある。ほとんど道具に埋もれてしまっているが白い床がチラりと顔を覗かせている。

 彼女は用途不明の山から見事に透過検査機を引っ張り出し、人工知能の待つ場所まで戻った。


「めんどい」


『今日はここでおしまいです。我慢しなさい』


 検査機に取り付けられている細い線を管に巻き付けていく、彼女は隙間を作らぬように慎重だった。


「っと、これでよし。スイッチ入れて……異常なし」


『お疲れさまです。明日はメインエンジンの検査ですよ』


 人工知能の義体が明らかに嫌がる彼女の頭を揉む。一人と一体は配管にカバーをかぶせてその場を後にする。


「あそこ臭いし熱いし危険だし――」


『宇宙で迷子になりたくないでしょう。責任重大ですよ』


「自動保全装置は自己診断もできるのにぃ」


『人がどうしてこの船に乗っているか分かりますね、装置の保守点検をする装置の装置、言わば最後の壁。あなたがせずに誰がするのですか』


 彼女は眉を顰めさらに不機嫌になった。


「あぁーあ、私の先祖はどうしてこんな奴隷船にのったの。面倒で潰れそうだよ」


 言葉を言い終えてから墓穴を掘ったことに気付いた。しかし、一度始まるともう止めようがない。この人工知能の悪い癖だ。


『あなたの先祖は覚悟をもってこの船にのりました。ビデオで散々謝っていたでしょう』


「そうだね、うんそうだね」


『強制的に遺伝子操作されて、薬の副作用も強く、仕事も選べず、産める子供の数も決まっていますし、娯楽もありましたが急激に変わる環境で精神を病んで治らなかったら処分されてしまう。初期の船内は過酷そのものだったんです』


 人工肺が上下して息を継ぐ。


『当初の人口千五百人を維持する計画でしたが処分が相次いだこともあって八百人程度で抑え、人工知能の増加させました。“私たち”で船内の人間作業を極力減らした結果、あなたの仕事が決まっているんです。多いと思いますが無くても退屈ですよ』


「……はぁい」


 反論を思い浮かべようとするも無駄だった。

 一人と一体はすでに廊下を抜けて生活部屋と巨大なガラスがある場所に着いた。ガラスからは艦中央付近にある無数のコンテナらしき倉庫が見える。


 彼女は数ある扉の一つに入り服を着替え始める。


「そういえば、この船以外にも播種船は作られたの?」


 単純な疑問からだ。彼女は歴史の教育でそれなりの成績を修めた身ではあるものの、播種船出航以降の歴史教育は想定範囲外なのかしっかりと教えられた記憶がなかった。


『ええ、三年ほど前の情報によると四番目の播種船が積み込みを終えました』


「三年……ああそっか、結構遠くまで来たんだ」


 一人と一体は感慨深さに目を瞑る。播種船の旅路は長いという言葉すら陳腐なほど壮大に思えた。

 彼女は目を瞑りながらも、網膜に時計を表示させると食事の時間はまだ来ていなかった。


 好奇心に火が付く。

 幸い、この人工知能はおしゃべりだ。


「教えて、大まかでいいからさ」


 胎児の頃からの付き合いである人工知能は彼女の言わんとすることが手に取るように分かった。

 その瞬間、集積回路に電気信号が走り艦内ネットワークに接続、図書AIが無差別に膨大な情報を脳に流し込み、普段は抑制してある内蔵量子コンピュータが唸りを上げて片っ端から処理していく。

 数秒後にはきれいな電子情報が頭の中に浮かんでいた。


『いいでしょう。何をお望みですか?』


「細かいところはまた今度にして……あっ、播種船が与えた影響に関係するものとかどうかな」


『では、問題。播種船計画は何故受け入れられたのか』


 応えてくれるだけではつまらない。彼女は人工知能の言葉を聞いて微笑んだ。


「世界大戦のせい、確か第四次だったはず」


『今は大まかなので正解としておきましょう。人類が滅亡を意識した戦争ですね。生き残った国家群は戦時中に開発された技術などを総動員して播種船を作り上げます。火星と木星の間にある小惑星をいくつも廃鉱山にするほどの巨大事業、不景気だった経済は思いもよらない所で上向きに転じます』


 なるほど、と彼女は首を上下に振った。


『人が減りすぎたのもあり、人工知能の大量製造、合わせて権利の保障もなされました。その後、荒廃した地球に変わって人類の生活圏は宇宙空間が中心となっていきます。約五十年後には冥王星まで進出したそうですよ』


『大きな出来事としては、そうですね。地球再生計画、ガニメデ収監所爆破事件、宇宙海賊などのテロリズム増長、ガニメデが反連合国組織に占領されて国家樹立を宣言します』


 彼女は何か言いたげだったが続きも気になり口を固く縛った。


『このころの連合は巨大企業が国家的存在になっていました。そこで、連合は小さな政府、軍事費関連以外の予算を極限まで削減、軍事力を背景に企業群を従わせる間接統治をおこない、見事成功します。ガニメデの組織は企業に見放されて自滅したようです』


『数年後、革命がおこります。物質変換が可能になり、人類は原子さえ手元にあればあらゆる物質を創生可能になります。さらに、粒子加速器の小型化、改良により事実上すべての原子を一般人でも生成可能になります』


 物質変換器の仕組みは彼女も知っており、実際にいつも使用している。播種船は古い設計ではあるものの常に改良されていることを実感していた。


『技術的壁さえ超えればワープ航法も夢ではなかったんです。この船に無いように今も存在しませんが……さて、大宇宙時代が本格的に到来します。ちなみに大宇宙時代とは、播種船計画の少し前に行われた火星本格移住と小惑星帯への大規模移住が始まりです』


『冥王星のさらに奥へ奥へ、そして宇宙各地に人は宇宙ステーションを建造、大宇宙時代黎明期はまさに発展の時代だったようです。しかし、始まりがあれば終わりもあります。大宇宙時代中期の始まりの出来事らしいです』


『連合は企業群を従える間接統治を行っていましたね』


 彼女は口が開いているのに気付かないまま頷く。


『企業間の争いは実質国家規模の争いです。実はこれを治めるよい方法が存在しなかったので、とある既得権益がらみの企業間紛争が連合軍を巻き込んだ巨大な武力衝突に発達します。これはどうやら第一次太陽大戦、もしくはソルの大戦争と呼ばれているようです』


『この戦争のあとに二隻目の播種船が作られます。残念なことに進んだ距離はすでに私たちを追い抜いているんですよ』


「えっ、ショック」


 彼女はようやく口の中が乾燥しきっていることに気付いた。


「明日のエンジン調整頑張る」


 人工知能の義体は満面の笑みを浮かべる。


『やる気が出ましたね。良いことです。大戦の後に播種船が作られるのは行事化します。実際、四番目の播種船も戦争終結の記念でつくられました』


「私たちが宇宙を漂ってる間にそんな伝統が生まれてたなんて……」


 足裏を組み天井を見上げながら言う。人工知能も無言で同意した。


『まだまだありますがそれは食事の後にしましょうか。今日はカレーですよ』


「やった!豚?!牛?!」


『鳥です』


 彼女はなおさら喜び、扉を開けると飛ぶように道を走っていった。


『どんなに地球から離れても、時間がたっても、食べ物で喜ぶのは変わりませんね』


 古い保存ファイルが勝手に起動され、人工知能は過去を見た。そこには、大食堂で笑い騒ぐ百年前の乗組員がいる。


『大宇宙時代後期、もしくは末期になるのでしょうか……私たちが新しい星系にたどり着いたときは彼らにも喜んで貰いたいものです』


「どうしたのー、アリーブ。早くいこー」


『分かってますよ』


 彼女につられて部屋を後にし、電気を消した。





 *





 新世紀一年、世界は歓喜する。


 人類史上初めて太陽系以外で入植を果たしたからだ。


 知能者は叫ぶ。


 「『始まりだ!』」

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スターターシップ 黒心 @seishei

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