後日譚 雛乃寧音について


 季節は冬の11月。


 寧音ねねとの生活も半年以上が過ぎ、外の景色も寒々しいものに変わっていた。


 私たちの生活は2年前に同居している経験もあり安定していて、それなりに上手いことをやっているように思う。


 ある一点を除いては。


「せんぱーい、もうすぐ12月ですよぉ」


 昼休憩、後輩の七瀬ななせが呑気に声を掛けてくる。


「言われなくても知ってるよ」


「クリスマスですよ、クリスマス。どうするんですかぁ」


「どうって……」


 寧音と一緒に迎えますよ。


 と、言いたいところだがこの事は誰にも伝えていない。


 この年齢差で同棲ってもうカミングアウトしてるようなものだし。


 その勇気はないので黙っていた。


「でもその前にやることがありますよねぇ。わたしで言うと恋人づくりです」


「なるほど頑張ってちょうだい」


 素直に応援している。


「先輩はクリスマス前にやっておきたいことってないんですか?」


「……私か」


 あるよ。


 めっちゃある。


 ていうか、ずっとやりたいことがあるのに半年間我慢していて頭がおかしくなりそうなのだ。


 これは寧音と生活を始めた事による弊害だと言ってもいい。


「そうですよね、先輩もまずは恋人を――」


「キスがしたい」


「――……へ?」


 この半年間、私たちは本当に仲良く生活していた。


 でも、エッチな展開は一切なかったのだ。


 おかしくないか?


 出会い頭に胸を揉み、一ヶ月しない間にお互いの頬にキスをして。


 2年の時を超えて、未だ何も無し。


 どうしてこうなった?


 小説換算なら1.5冊くらいのボリュームはあるであろう(なんでこんな例えになったか自分でも不思議だ)私たちの生活の中で、エッチな展開ってこれだけだよ?


 少年漫画でももうちょっと展開あるでしょ。


 そんな事態に、私は悶々としていた。


 だから――


「私はキスがしたい」


「色々順番ブッ飛ばしすぎじゃないですか!?」


「いや普通でしょ」


 ていうか順番で言うなら遅いくらいだ。


 同棲前に済ませておいても不思議じゃない。


「普通じゃないですよっ、そんな体だけの関係になっていいんですかっ」


「あー……それはそういうことじゃなくて」


「えっ、えっ、ええっ!?先輩、もしかして、もしかしましたっ!?」


「……えっと」


「えええええっ!?先輩に恋人があああああああああっっ!!」


「うるさっ!?」


「ば、バカにしてっ。そーですかっ、それでクリスマス前にその余裕でしたか」


「いや……別に余裕はないんだけど……」


「それで次はエッチの心配でしたか、いいですねっ楽しそうでっ」


「いや、楽しくはないんだけど……」


 むしろ、それでずっと悩んでるんだけど。


「このリア充、裏切り者ぉおおおっ!!」


「あんたにだけは言われたくないし、裏切ってもないしっ!?」


 七瀬は顔を白黒させながらオフィスを飛び出して行った。


 ……勘弁してくれ。







「ただいまー」


「あ。栞さん、おかえりー」


 退勤後、帰宅すると寧音は台所で料理をしていた。

 

 基本的には私の方がいつも帰りが遅いから、この形になることが多い。


「毎日疲れてるだろうに、いつも家事させてごめんね」


「いいのいいの。これくらい平気だって」


 新卒一年目なんて一番疲れるタイミングなのに、よくやってくれている。


 私には真似できない。


 ……だが、しかしっ。


 それもすごい感謝してるし、大事だけど。


 だけど、私はもうちょっと恋人らしいことをしてもいいと思うのだっ。 


「すぐ食べるでしょ?」


 寧音が料理を運ぶ。


 よし、ここは年上として私がリードするべきだろう。


「うん……寧音を」


「へ?」


 目をぱちくりさせる寧音。


 しまった、やりすぎた!?


 それともキャラじゃなさ過ぎたかっ!?


 いや、それともこんな遠まわしの表現は今の10代には伝わらないのか!?


 ジェネレーションギャップかっ!?


「な、なんちゃって!あはははっ!」


「あ、あー……なんだ、ビックリした」


 いそいそと台所に戻っていく寧音。


 あ、あぶねぇ……。


 冷静に考えたら、寧音にとって恋人は私が初めて。


 私は大昔の経験すぎて、もはや使い物にならない。


 なのに、同棲だけはきっちり済ませていて順番があべこべになっているんじゃないだろうか。


 おかげさまで何をどうしたら自然に事が進むのか全然分からん。


 寧音も昔みたいにガンガン来なくなったし……。


 だが、それゆえに私は考えたのだっ。







「ほら、用意できたから食べよー」


「うん」


 ローテーブルに座り、食事になる。

 

 私は自然とカレンダーに目線を配らせた。


「もうちょっとで誕生日だね」


 11月11日。


 それが寧音の誕生日だった。


「あ、ちゃんと覚えていてくれたんだ」


「当たり前でしょ。予定とか入れてないよね?」


「うん、しおりさんがお祝いしてくれるって言ってたから、空けてるよ」


 これだ……!!


 この日にどうにかしてキスをするしかないっ。


 むしろ、このタイミングで出来なかったらおしまいだ。


「任せて!!」


「う、うん……。なんか気合すごいね?」


 や、やべぇ。


 キス願望もあって気合入ってると思われたら恥ずかしいな。


 だがしかし、恋人なんだからそれくらいは普通……だよね?



        ◇◇◇



 誕生日当日、その日は休日で二人とも仕事は休み。


 絶好のお祝い日和だった。


「よし、寧音。準備は出来た?」


「うん、出来たよ」


 誕生日で休日ともなれば、まずはお出掛けだろう。

 

 寧音はベージュのステンカラーコートに、ナチュラルカラーのブラウス、黒のスカートにロングブーツだった。


 大人っぽさもありながら、色合いに抜け感もあってとても可愛らしい。


 ちなみにバッグはレザーのショルダーバッグを使っている。


 かなり小さいやつ、それに何入んの?ってくらいの。


「今日も寧音は綺麗だね」


「へへ。ありがとう」


 ちなみに私はボアのショートブルゾンにオフホワイトのタートルネックのニット、黒いパンツにブーツで合わせた。


 普通サイズのトートバッグを使用。これじゃないと物が入らん。


 基本的にモコモコしていて、私は寧音みたいに若くないので防寒を重視している。


「栞さんも可愛いよ」


「ちょっと若いかな……」


 30過ぎがこんなにモコモコしてたらきついかも。


「可愛いって」


「あ、はい、ありがとうございますっ」


 そうだった。


 素直に喜ばないと怒られるんだった。


 兎にも角にも、作戦開始である。







 最初はショッピング。


 街にある洋服屋さんや雑貨屋を巡り、主には寧音の趣味に合わせて楽しむ。


 私は別にそんなこだわりとかないからね。


 そうしていると――


「栞さん、そろそろお腹空いたんじゃない?お昼にする?」


 寧音の方から提案を持ち掛けてくる。


 しかし、驚きだ。


「よく私の空腹タイミングが分かったね」


「なんとなくだよ」


 すげえ。


 空腹のタイミングも把握されてるのか。


「そういう寧音はどうなの、お腹空いてるの?」


 寧音がお腹空いてないのに食べても微妙だしね。


「うん、いい感じだよ」


 ……なんか私に合わせてくれる感が満載だけど。


 でも、そう言ってくれるならそうしよう。


 とにかく、ここからが私の腕の見せ所である。


「よし、じゃあ行こうっ」


 私は寧音の手を繋いで歩き出す。


「あ、場所決まってるんだ」


「うん」


 行先は決めていた。


「珍しいね」


「そう?」


「いつもこういう時、あたしに任せるから」


「あー……」


 他力本願ですいません。


「でも今日は寧音の誕生日だからね。エスコートしますよ」


「へへ、嬉しいなぁ」


 寧音の笑顔も見ながら、目的地へと一緒に歩く。







 ランチはイタリアンにした。


 何でも最近できた店舗だそうで、けっこうな人気店らしい。 


 私はトマトソースのパスタ、寧音はカルボナーラを頼んだ。


「美味しいね」


 寧音はニコニコ笑顔である。


「うん、結構いい所だね」


 内装も洒落ていて、味もいいし文句はない。


 だが、しかし。


 私は正直、内心それどころではない。


 ここからミッション開始なのである。


 物事は何でも段階が重要である。


 頬にキス➡マウストゥマウス


 これでは若干ハードルが高い。


 だから、ここにもう一段階噛ませようと思う。


 頬にキス➡間接キス(今ここね)➡マウストゥマウス、だ。


 一応唾液を介した粘液接触になるから、頬にキスよりはレベルが高いだろう。


 異論は認めない。


「私のパスタも美味しいよ」


「そうなんだ」


 フォークで巻き巻きして、持ち上げる。


 そーっと寧音の口元に運んでみる。


「食べる?」


 一瞬、それを見て寧音が目を瞬かせる。


「いやいや、栞さん食べなよ」


「へ?」


 ここは普通、恋人同士なら食べる所では?


「だっていつも“外食は美味しいけど量足りなさすぎだよね。特にオシャレな店は小鳥の餌かよ”って言ってたじゃん」


 ……アウチ。


「あと“シェアってあんまり好きじゃないんだよね、自分のは自分の分としてちゃんと食べたい派”とかも言ってたし」


 ……バカ、私のバカッ。


 余計なこと言わないでよッ。


 今まで寧音とそういう展開がなかったのは、私の発言を考慮してのものだったのか。


 寧音の配慮が行き届きすぎているっ。


「我慢は良くないよ、ほら、あーん」


「えっ、えっ」


 逆にフォークを奪われて、私の口元に運ばれた。


 まさかのリターン。


 こ、こんなはずでは……。


「……あむ」


「美味しい?」


「……おいしーです」


「よかったね」


 よくないっ。


 よくないけど、これ以上は出来ない。


 キスしたいというやましい目的があるためか、もう一度する気にはなれないのだった……。







 というわけで無事、帰宅。


 当初のミッションはまだ未達成。


 だが、しかし、もういい。


 社会人同士が間接キスがどうとかさ、もう子供じゃないんだ。


 そんな段階とかどうでもいい。


 さっさと、唇にキスしちゃってやるぜ。


 ……と、その前に。


「寧音、これどうぞ」


「うん?」


 私は買っておいたプレゼントを手渡す。


 一応そこそこ有名なブランドの物だ。


「えっと、これって……」


「誕生日プレゼント」


「うわ、開けていいの?」


「いいよ」


 包装を解いて、手のひらサイズのケースが現れる。


「……ネックレスだ」


「うん、前にピアス貰ったから。お返しにと思って」


 アクセサリーを貰ったので、アクセサリーでお返ししました。


 寧音よくつけてるし。


「あ、ありがとう。栞さん、嬉しいよ」


「どういたしまして」


 寧音はぎゅっとケースを胸元に寄せる。


 喜んでくれて何よりだ。


「え、えと……それじゃあ」


 寧音は私の方に寄ってくる。


 うんうん、なるほど。喜びを表現してくれるのかもしれないが、待って頂きたい。


 私はまだやりたいことがある。


「寧音、これ」


 私はもう一つ用意していた赤い箱を上げる。


「……ポッキー?」

 

「そう、ポッキー」


「それが?」


「ポッキーゲームをしますっ!」


「……」


 目が点になる寧音。

 

「なんで?」


「寧音の誕生日がポッキーの日だからですっ」


 本当はキスがしたいからですっ。


「はいっ、どうぞっ」


 ポッキーを咥えて、後は待機。


「……えと」


「やるよっ、ほら、やるよっ」


 そっちも咥えてちょうだいな。


 自分で言い出して何だけど、けっこうこのまま待たされるの恥ずかしいんだけど。


「……もう、栞さんさぁ」


「え、ちょっと」


 しかし、寧音は私の咥えているポッキーを手で掴み、口から抜かれてしまった。


 え、またリターン案件?


 嘘でしょ?


「そういうのいいから」


 サクサク、と寧音が全部食べてしまう。


「……間接キス」


 それ、本当は逆がいいんですけど。


「じゃなくてっ」


「む、んんっ」


 その瞬間、唇を塞がれた。


 柔らかく、瑞々しい弾力。


 あたたかくて、心地いい。


 寧音の端正な顔立ちが視界に広がって、互いの唇が重なっていた。


 数秒の沈黙を経て、そのぬくもりが離れていく。


「こういうことでしょ?」


「……ふえ?」


「朝から何かソワソワしてるなぁと思ってたし、ランチの時も何か変だなぁと思ってたんだけど。そういうことだったのね」


「ば、バレてたの……?」


「分かりやすいから、栞さん」


 へ……へえ。


 そうでしたか。


「でも、そういう事したいならもっとそう言ってよ」


「え、そう、なの?」


「だって、二年前からあたしのこと抱こうとしなかったし。栞さん的にはまだその気なはいのかなって、こっちは思うじゃん」


「あ、そういう……」


 どうやら原因は全て私にあったらしい。


 2年前は積極的に来ていた寧音も、私の態度を見て配慮をしてくれていたみたいだ。


 いつも私を見て行動してくれる彼女の性格を、もっと把握してなければいけなかったんだ。


「いちいち、まどろっこしすぎだから。パスタとかポッキーとか」


「あ、あはは……ごめん」


「じゃあ、次はどうするの?」


「次?」


 寧音は膝を折って、少し屈む。


「あたしの誕生日なんだし、最後の10代だからね。リードしてくれるんでしょ?」


 その意味を理解して。


「も、もちろん」


 今度は私の方から唇を重ねる。


 どっちかと言うと、やっぱり寧音にリードしてもらってるような気がしてならないけど。


 それが私たちの関係性なのかもしれない。


 私が時々暴走して、寧音はそれを見て感じてコントロールしてくれる。


 それがちょうどいいのかもしれない。


 いや、年上として不甲斐なさは重々承知で、情けないとは思ってるんだけどね。


「……でも、栞さんの方から動いてくれて嬉しかったよ」


 ああ、でも確かに、今回は私が動き始めたことだから。


 ちょっとだけ成長できたのかもしれない。


「うん。これからもよろしくね、寧音」


「こちらこそ、お願いします。栞さん」


 寧音とのファーストキスはチョコレートの味がした。







【あとがき】


 以上が二人の後日譚になります。


 こんな感じで仲良しながらも、若干抜けている栞と、その空気を読み過ぎる寧音の関係性でちょっとずつ進展していくことでしょう。


 これで二人の物語は本当に完結にしたいと思います。


 最後まで読んで頂きありがとうございました。

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冴えないOL、目を覚ますとギャル系女子高生の胸を揉んでた 白藍まこと @oyamoya

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