後日譚 上坂栞について


 しおりさんと再開することが出来た。


 それが何よりも嬉しい。


 2年間、頑張ってきたのが報われたと感じる。


 もうあたし達が離れる事はない。


 繋いでる手が、その証拠だ。


「じゃあ、帰ろっか」


「うん」


 ちなみに手を繋いでる手と反対の手はキャリーケースを引いている。


 すぐに栞さんと過ごそうと思っていたから、最低限の荷物だけは持ってきた。


 そのためにこの街に就職したし。


「……それにしても」


 ちらっと栞さんがあたしのことを覗いて来る。


「なに?」


「綺麗になったねぇ」


 まじまじと見つめながら、そんな言葉を漏らす。


「照れるんだけど」


「前見た時はまだ幼さあったのに、もうすっかり大人だわ」


「えへへ。じゃあ、栞さんより年上に見えるかな?」


「いやいや、それはないわ……」


 かと思えば、栞さんは乾いた笑いをこぼす。


「童顔とは言われがちだったけど、30を超えたらさすがに雰囲気とかも出ちゃって10代のキラキラには勝てませんって……」


 どよんとした空気でぼやく。


 久々だな、この感じ。


 相変わらず栞さんは年齢に関する事にはネガティブなんだね。


「大丈夫、栞さんは可愛いよ」


「そんなこと言ってくれるの寧音ねねだけだよ」


 はいはい、ありがと。


 みたいな雰囲気で返される。


 だけど、それには待ったをかける。


 ぐいっと手を思いっきり握った。


「別に、あたしだけで良くない?」


「へ?」


「あたしが可愛いと思ってるんだからそれでいいじゃん。他の人のことはどうでもいいんだし」


「あ、はい……」


「恋人が可愛いって言ってるんだから、もっとちゃんと受け止めないとダメだよ。そんな変に大人ぶった反応はやめて」


「ご、ごめんなさい……」


 栞さんがしょぼんとなる。


 ……ちょっと可愛い。


 そ、それは一旦おいといて。


 言い過ぎたかもしれないけど、あたしもそれだけ真剣なんだ。


「栞さんは可愛いよ。年齢なんて関係ない」


「あ、ありがとう……」


 うんうん、そうそう。


 そうやって素直に認めてくれる方が嬉しいよ。


「ちなみに、“綺麗”ではないの?」


 あ、なんかおねだりしてきた。


 素直になると、ほんとは欲しがり屋さんなのかな?


「栞さんは綺麗もあるけど、可愛い寄りかな?どっちかと言えば」


「そ、そうなんだ……」


「綺麗系の方がいいの?」


「……どっちかと言うと」


 うーん。


 でも、栞さんはなんかあたし的には可愛い、なんだよね。


「ほら可愛いって期限があると言うか……綺麗はずっと続くというか……」


 ぶつぶつ何か言ってる。


 そうやって気にしてる所も可愛かったりするんだけど。


 本人は無自覚なんだよね。


 だから可愛いになっちゃうんだよ、栞さん。



        ◇◇◇



「うわぁ、久しぶりだ。栞さんの家」


 2年ぶりの栞さんのマンションは記憶に残っている時と全然変わっていなかった。


 玄関前の扉を見ただけで、懐かしさとほっとするような安心感がある。


「ちがうよ寧音」


「え?」


「“栞さんの家”じゃなくて、“私と寧音の家”だよ?」


 あ、それヤバ。


「うんっ!」


 あたしの家に帰ることが出来て、本当に嬉しい。


「よし、今鍵を開け……」


 だけど、栞さんは鍵を鍵穴に通したところでぴたりと動きが止まる。


 後は回すだけなのに、何してるんだろ。


「栞さん?」


「……寧音、さ」


 急にくぐもる声。


 油が切れたようなぎこちない動きで首を回してあたしを見てくる。


「え、なに」


 雰囲気が急に重いものに変わっている。


「……きょ、今日の所は帰ってくれない?」


「はい?」


 何言ってるの、この人。


「ち、ちがうのっ。ちょっと急用を思い出したというか……」


 慌て出す栞さん。


 意味が分からないし、怪しすぎる。


「いや、急用あってもあたしは家に入れるよね?」


「ちが、今日だけはダメで……」


 なんで目の前に来て、追い返されるわけ?


「え、なに浮気?」


 ひょっとして家の中に誰かいたりする?


 そんな最悪な展開あるの?


「しないしないしないっ!そんなの私がするわけないじゃんっ!!」


 必死に否定してるあたり、逆に怪しい。


「じゃあ、入れてよ」


「や、やあっ、今日だけは、今日だけはダメで……」


「やっぱ何か隠してんじゃん」


「そ、そうじゃなくて……」


「ていうか、ここあたしの家だし。栞さんもそう言ったんだから、入る権利あるし」


「い、言いましたけどぉ……」


 だから栞さんの許可必要ないし。


 なんかせっかく帰って来たのに、そんな扱いされるのムカつくし。


「いいから、開けてっ!」


「ああっ、ちょっと!!」


 あたしは栞さんの腕を払いのけて、鍵を回す。


 誰かいるなら出て来いっ!


 ――ガチャリ


 扉を開ける。


「……え」


「ああっ!!だから、待ってって言ったのにぃぃぃっ」


 扉を開けると、そこは2年前の光景とは程遠かった。


 だって玄関から廊下にかけて、ゴミ袋で道が埋まっていたから。


「なにこれ?」


「ち、ちがうのっ。これはちょっと、ゴミ出し日を忘れてて……」


 ちょっと忘れただけで、こんな大量のゴミ袋にはならない。


 広々としていたはずの廊下は、一人分が通る分の隙間しかなくなっていた。


「二年間、なにしてたの?」


「仕事頑張ってたら私生活が疎かに……」


 マジかこの人。


 出会った頃よりヒドくなってない……?


 ゴミ袋を見てみると、中身はプラゴミばかり。


 どうやら生ごみはちゃんと出してるらしい。


 多分、部屋が臭くなるのは嫌なんだと思う。


 中途半端にこだわりがある感じが、なおさら意味わかんない。


 栞さんらしいと言えばらしいけど。


「ねえ、この感じだと。ご飯はどうしてたの?」


「……えへへ」


「いや、今笑って誤魔化しても可愛くないから」


「ひいぃっ」


 ドスを効かせると、栞さんは悲鳴を上げた。


「だ、だって寧音がいきなり帰ってくるから……言ってくれれば、ちゃんとゴミ捨てといたし……」


「言い訳しないっ」


「ごめんなさいっ」


 委縮する栞さん。


 まったくもう……この人は。


「相変わらず仕事に全振りなんだね」


「め、面目ない……」


「分かった。ゴミ捨てはあたしがやっとくから」


「すみません……」


 しょうがないなぁ、と思いながら廊下を抜け居間に上がる。


 さすがにこれ以上は大丈夫だと思いたいんだけど……。


「なんか散らかってない……?」


 所々、食べかけのスナック菓子と飲みかけのペットボトル。


 あと、物の配置がおかしい。


 なんかベッドを中心に手の届く範囲に電気ケトルがあったり、小型の冷蔵庫があったり、ローテーブルやテレビの距離がやけに近くなってる。


 とりあえず居間が何か狭くなっていた。


「ねえ、なんでこんな事になってんの?この冷蔵庫とか昔なかったよね?」


「……効率性を重視した環境づくり、ですかね」


「かっこつけんな」


「ひいぃぃっ」


 今日何回、栞さんは小さくなるんだろう。


「あと掃除ちゃんとしてる?」


 なんか端っこ見てみると、妙にホコリっぽいような……?


「……」


 ( ´•ᴗ•ก; )


 みたいな顔してる。


 なにそれ。


「してないの?」


「……たまに?」


 だよねぇ。


 だって掃除機、居間にないもん。


 多分昔の通り、居室に置いてあるんだろう。


「効率的な環境づくりを目指してるのに、なんで掃除機は近くに置いてないの」


「……騒音トラブルあったらヤだし」


「あたしを怒らせたいの?」


 物凄い勢いでぶんぶん、と首を振る。


 まあ、素直でよろしい。


「はあ、後は全部あたしがやるから」


「……いいの?」


「いいよ、これくらい」


「ご、ごめんね」


「うん、大丈夫」


 まあ、これでこそ帰ってきた甲斐もあるのかもしれない。


 やっぱり栞さんは放っておいてはいけない人だ。


「とりま、荷物置いて来るね」


「う、うん」


 キャリーケースを居室に置きに行く。


 どうせ、そっちも汚いんだろうなぁ……。


「うわぁ……」


 案の定、服が散乱していた。


 本当に片付け出来ない人なんだなぁ……。


 服を掻き分けながら荷物を置く場所を作る。


 散乱している服は後で片付けることにしよう。


「あれ?」


 そこで、妙に片付いている一角を見つける。


 なぜかそこの周囲だけには服がなく、明らかに意図的だと思われるスペースが設けられている。


 その中央には白い布が掛かっていて、妙なふくらみがあった。


「なにこれ」


 あたしはその白い布をどけて、そこにある物を確認する。


「え……」


 それを見て、目が点になる。


「寧音、なんか遅いけどどうかした……?」


 また怒られると思っているのか、ビクビクしながら栞さんがこっちにやってくる。


 しかし、あたしは怒ってなんていない。


 単純にビックリしていた。


「栞さん、これ……」


「あ、うん。ちゃんとそのままにしておいたよ」


 そこにあったのは、あたしが二年前に残しておいた栞さんから買ってもらった洋服、プレゼントしたピアスと、手紙だった。


「なんか……ここだけ綺麗じゃない?」


 しかも、なぜかその周囲にだけホコリが一切なく、時間の経過を感じさせなかった。


「うん、掃除してたから」


「ここだけ!?」


「そこだけ」


「なんでっ」


「え……?いや、そんなの決まってるでしょ……」


 栞さんがもじもじしながら頬を染めだす。


 おかしいおかしい。


 ここは照れるところじゃない。


 掃除しとくポイントも変だし、このままにしておく必要もなかったと思うんだけど。


「ていうかピアスもしてないの?」


「恐れ多いからね」


「なにがっ」


「ほら、これに触れちゃうと、雛乃との空間が時間と一緒に動き出しちゃいそうで。だから、そのままにしとこって」


 そ、それはあたしとの時間をそのままにしておきたかったって解釈でいいんだよね……?


 だ、大事にされてたってことだよね……?


「あ、大丈夫。手紙はちゃんとスマホで写真に撮って事あるごとに読んでたから」


「してないっ、そんな心配はしてないっ」


 ていうか普通に手紙を読んでよ。


 どうして頑なに触ろうとしないのっ。


「でも寧音が帰ってきてくれたからもういいね。これからは一緒の時間を過ごせるんだし」


「……っ!」


 くっそー。


 やっぱり、あたしはこういう栞さんに弱いなぁ。


「よし、じゃあ今からご飯作るね」


「え?疲れてるだろうし。今日は無理しなくても……」


「いいの、作りたいの。栞さんも食べたいでしょ?」


 ちょっと遠慮がちに首を傾げていた栞さんだったけど、にへらと笑顔を浮かべて――


「うん、食べたい。寧音のご飯が一番美味しいからね」


 ああ、もうっ。


 結局、全部ひっくるめて可愛いんだよね。


「まかせてっ!」


 久しぶりにあった栞さんは更にパワーアップして生活能力を失っていた。


 だからやっぱり、あたしが支えてあげないと。


 でも、それは全然苦にならない


 だって、誰よりも大好きな栞さんのためだからね。







【お知らせ】


 リクエストがありましたので後日談を書いてみました。


 あともう一話分だけ書こうと思います。


 こんな感じで二人の生活は続くよっていうのをイメージして頂ければ嬉しいです。


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