第17話 冒険者とその相棒、またバズる


 キンググリフォンとの激闘が終わり、少ししてナギサがふたりと合流する。


「やったのね」


 力なく横たわる亡骸をみやり、彼女が問う。


「ああ」「うん」


 いつものように笑顔を作るわけでもなく、ただ静かに答える。

 決して余裕のある戦いではなかった。

 ナギサは、ほっと息を漏らす。


「よくやってくれたわね。正直、一級冒険者なしでこんな化け物とやり合えるのかって不安だった」


 彼と同等の階級を持つ冒険者がまるで相手にならず、蹴散らされていく姿を目の当たりにして、内心不安が尽きなかった。

 最悪、撃退でもいいと考えていたが、ふたりは見事討伐してのけた。


「アイシャのおかげだ。この娘がいなかったら火力が足りなかった」

「ボクだけでも苦戦してたかな。高威力の攻撃じゃないとバリアを貫通できなかった。悟の支援があったからなんとかなったって感じ」


 キンググリフォンの風のバリアは想定外の固さを誇っており、特に魔法攻撃にはかなり強いことが知られている。

 接近戦を挑もうにも空中を主戦場とし、戦闘中は滅多に地面に降りてこない。必然的に魔法や弾丸を使った撃ち合いとなる。

 本来なら腕の立つ補助魔法使いに風や魔力を妨害及び阻害する補助呪文などでバリアを剥がさせたところを攻撃、またはなんらかの方法で足止めしてから超級、極級といった絶大な破壊力を持つ魔法でバリアを突破、剥がれたところへ弱点の雷属性を叩き込むのが定石とされる。

 優れた一級冒険者の魔法使いならそれをひとりでやってのける。

 アイシャの初撃が決まった際、攻撃のチャンスだったが火力不足で行動不能に持ち込めず、仕留めきれなかった。

 そこで悟は相手の防御が薄くなる瞬間に弱点の雷を叩き込むという戦法を編み出し、ひとりで王者をスタンさせ、その隙にアイシャに高火力を叩き込ませるという連携をやってのけた。

 これが功を奏して戦いに勝利できた。

 そういった意味ではどちらか一方だけではこの結果は呼び込めなかったといえる。


「もちろん、ナギちゃんのサポートもね」

「お役に立てたようでなにより」


 彼女がふっと笑みをこぼした。

 まもなく現場に駆けつけた警備員と冒険者たちに三人は王者討伐を伝える。

 誰もがその報告を聞きながら、あんぐりと口を開けていた。

 空中戦を演じ、狙撃や魔法を駆使して追い詰めたのち、剣でトドメを刺すなど、創作じみていたからだ。

 けれど、交戦した別の冒険者たちの証言や遺体の損傷具合から、三人の言い分を信用する以外なかった。

 普段なら話を聞いて終わるはずだったが、そこは職員のナギサ。抜かりなく事を進める。


「こちらで解体班を手配しますので、亡骸はそちらに回してください。証拠資料として数日は形を保ったまま保存して、それが済んだのち解体します。素材の分配は後日話し合いにて行いましょう」


 相変わらずの手腕に呆れ笑う悟。

 もはや彼女が冒険者をやったほうがよいのでは、と喉の奥まで出かかった。しかし、今の彼女にはその意志がないことを彼は知っている。

 話を聞いた警備責任者は、討伐した冒険者と相方もそうだが、そのサポートを務めたのが現役職員の受付嬢というのもにわかには信じらないといった様子だった。

 だが今話題の三人組だったので、かろうじて納得した彼は「わかりました」と頷いて、ナギサの指示に従った。

 二度の不祥事を救ってもらったことへのお礼だったのかもしれない。

 話をつけたナギサが解体班に連絡を取り、彼らを手配する。


「これからギルドに戻って上司に事情を説明するわ」


 そう言って、借りたライフルを悟に返却して彼女は踵を返した。


「あー、今日も徹夜確定ね……」


 肩をガックリと落として気分を下げるナギサ。同情した悟が尋ねた。


「前にも聞いたけどさ、時間が空いたら一杯やらないか?」


 直後、彼女が歩みを止めた。


「割り勘? それとも?」

「いいよ、俺のおごりで。報酬も入るだろうしさ」

「楽しみができたわ。――暇ができたら連絡する」


 一足先にナギサが出ていった。


「悟ぅ、ボクの目の前で美人をお誘いするなんて、隅に置けないねぇ〜」

「別にいいだろ、ナギちゃんは大学の同期なんだから。それに――あぁ見えて色々溜め込みやすいのさ」


 茶化す相棒に悟が言って聞かせる。

 遠ざかる背中を眺める彼の表情は至って真面目そのもの。気取った雰囲気などは見受けられない。


「そういえば、それっぽい話を聞かされたことあったような気がするね。あんまり覚えてないけどさ」

「その姿になる前だったからな。話したのは」


 空を見上げる悟の目はどこか寂しさを漂わせている。

 少女はその意味を理解しており、深掘りを躊躇った。


「そっか」


 アイシャは続ける。


「いつかでいいからさ、その時の話――もう一度聞かせてね」

「ああ」


 この会話のあと、ふたりは5階層を出てフロアに移動する。そこには大量の野次馬の姿あった。


「おぉ、立役者のふたりが出てきたぞ!」「あのぉ〜、仙台配信局ですが、インタビューのほう――」「すげー、本物だ!」「きゃー、かわいい!」「こっち向いてぇ〜」「アイシャちゃーーん!」「冒険者さん、かっけー!!」

「なにがどうなってんだ……」


 騒ぎになったとはいえ、自分たちが戦った事実はまだ公表されていないはずだ。それがなぜバレているのか。悟には不思議でならなかった。


「はい、皆さん。押さないで下がってください!」


 警備員の声を張り上げて注意するも、歓声にかき消されてしまう。

 このままではマズイと思ったのか、警備員のひとりがこちらへどうぞ、とふたりを来客用の個室に誘導した。

 ソファーに腰を掛けたふたりに案内してくれた警備員が「裏口も人でごった返しているので、少々お待ち下さい」と告げた。


「報道陣ですか?」


 悟が尋ねると、警備員が相槌を打った。


「それもありますが、半分以上はおふたりを見に来たのだと思います」

「我々がダンジョンに入ったことがバレたんですか?」

「それもあったと思いますが、一番の理由はおそらく……」


 と口ごもる職員。ふたりが首を傾げる。

 そこに先輩警備員がやってきて「教えて差し上げなさい」と口添えする。

 彼はうなずいてから真相を伝えた。


「実はお三方の戦闘が生配信されていたようでして」

「はい⁉」


 あまりの返答に悟の目が飛び出る。


「誰がそんなことを⁉」

「たまたま5階層で活動していた冒険者の方だと言われております。それが拡散して、バズってしまってるんです」

「ほ、本当ですか⁉」

「悟、トイッター見てみようよっ」


 アイシャの助言を受け、彼はアプリを立ち上げる。

 SNS上に『アイシャちゃん』『5階層にキンググリフォン』『レッドブレイズキャノン』『ライフルクイーン』『サンダーブレード』『冒険者さん』『不祥事』『ヘルゲート重症』『取り巻き死亡』といったワードが上位にランクインしていた。


「本当だ……」


 悲鳴に近い声が漏れる。しかも動画まで出回っていた。

 場面は冒険者たちがキンググリフォンと戦っている姿を近くの茂みから撮影している映像から始まっていた。

 そこに不死鳥が襲来し、レッドブレイズキャノンをお見舞い――流れるように空中戦が展開され、撮影者がカメラ片手に両者を追いかける。

 撮影者が気づかれないように自分の喉に無音魔法「サイレンス」、周囲には迷彩魔法「ミラーカーテン」を展開して存在がバレないよう上手く立ち回っていた。

 戦闘終了までしっかりと撮影されて、終わった瞬間に撮影を切り上げ、音もなくその場を立ち去った。

 悟は「コイツ、プロだな」とその手際に舌を巻いた。

 肝心の配信は風が草木を叩くせいで、映りこそよくないが、しっかりと撮れていた。もちろんその会話もバッチリと。


『レッドブレイズキャノン』『悔しかったら俺に当ててみな!』『サンダーレイン』『ライフルクイーン』『勝負だ――烈風の王者!』『サンダーブレード!』『ミッションコンプリート』と続くように流れていた。

 SNSのチャット欄も湧いている。


〝レッドブレイズキャノンwwwwww 太陽神かよwww〟

〝アイシャちゃんに乗って空中戦するんかwww〟

〝かっけええええええ!!!!〟

〝映画のワンシーンって感じ、、、〟

〝コテコテの挑発で相手動かしたの草〟

〝サンダーレインでキンググリフォン相手にスタン取るとか、やりおるわ〟

〝もしかして攻撃の瞬間に風のバリアが薄くなるって情報、初じゃね?〟

〝冒険者辞典に載るかもしれんぞ、この情報〟

〝あのねーちゃん、凄腕のスナイパーだったんかい。職員なのがもったいないね〟

〝跳躍からムチを伸ばして相手捕まえてその間に雷魔法で三体落とすとか、バランス感覚優れすぎだろ……〟

〝アイシャちゃんのサポートしながら最後は自分で決めるとか。あの冒険者、主役級の活躍やん!〟

〝サンダーブレード心による心臓直刺しデスマッサージとかキンググリフォンでも死にますわ〟

〝もはや一級冒険者並の活躍www 昇格が楽しみwww〟

〝この配信と動画、バズりそうやなー〟

〝ちょっと海外のスレも見てくるわ〟

〝さすがのアガルタ人もニッコリやな〟

〝私の友達も隣でにっこりしてるよ BYアガルタのエルフ〟


 このようなコメントが1000件を突破する。肯定的な意見がほとんどだったが、中には否定的なコメントもちらほらと存在した。


〝あの娘、ちょっとかわいいからってちやほやされすぎて吐きそう〟

〝神獣っていうからどんなもんかと思ったが、キンググリフォンより少し強い程度なのか。なんかガッカリ。顔だけかな?〟

〝あの程度、一級冒険者ならラクに討伐できる〟

〝ビッグウェーブのエースなら瞬殺だわな〟

〝お嬢さんは強いけど、冒険者のほうはそうでもない〟

〝器用貧乏だな。あの兄さん。たぶんだけど〟


 批判コメントの内訳は二割はアイシャへの嫉妬。それ以外は悟の実力、それも火力不足を指摘したものが多かった。


「……」


 反論できんな。事故への批判コメントを目に収めた悟はトイッターをそっと閉じて顔を上げる。


「事情はわかりました」

「その、大変ですね、有名になるのは」


 表情が硬い悟にその気苦労を察した若い警備員が同情を見せた。


「ええ。まったく慣れません。これからのことを考えると」


 はっ、とため息が出る。


「大丈夫じゃない? 多少のことならギルドがなんとかしてくれるんでしょ。もうちょい気楽に構えれば?」


 気を紛らわすような少女の発言。彼は「そうだな」と前置きして。


「けど、ギルドもそこまで万能じゃない」


 人の作った組織にはなんからの欠点がある。社会人三年目だが、組織を理解しつつある大人は過剰な幻想を抱かない。


「野次馬が下がったようです。今なら出られます」


 先輩警備員に告げられてうなずいた悟はアイシャを連れ、スタッフの誘導の下、施設の外に出た。

 いまだ騒ぎがやりやまない中、バイクのところへ直行し、急いでエンジンをつけて、駐車場を立ち去る。ミラー越しに後ろを見ると車が何台かくっていてきた。

 助手席にはカメラを持った記者らしき人物の姿が映り込む。

 巻くことも考えたが、市営マンションは室内駐車場を完備してあり、部外者の侵入を許さない。

 このままでも問題ないだろうと、無視する形でバイクを走らせた。

 案の定、マンション駐車場に入ると車の姿はなかった。

 そのまま部屋に戻ったふたりはリビングで休憩する。時刻は深夜一時を回っていた。


「はぁ、疲れたなぁ」


 悟はソファーにもたれかかり、そのままダラーンと頭を預ける。


「生配信終わって、ご飯食べて、迷惑配信観て、すぐに討伐だもんねー。さすがのボクも疲れたね」


 あくびしてウトウトし始める少女。このままでは睡魔に負けてしまう。悟が声をかけた。


「寝るのは風呂の後な。後少しで沸く」

「あう、そうだった。お先にもらうね」


 風呂の準備が整うと、彼女は着替えを持って風呂場に駆け込んだ。静かになった室内で悟はひとりスマホをイジる。

 トイッターを始めとしたSNSはすべてキンググリフォンの件で持ち切りだ。


「うーん、どうしたもんかね」


 現状でも野次馬に追いかけ回される状況。

 これ以上有名になればプライバシーなどなくなってしまう。それに。

 ところどころに散見される悟の火力不足を嘆くコメント。

 発信者を確認すると冒険者が多く、階級は確認できないが、その専門的な書き方から二級から一級相当の冒険者だと推測できるものもあった。


「まったく耳の痛い話だ」


 技術は問題ないが、火力は高くない。彼が火力不足を補うために銃を多用しているのが何よりの証拠だった。

 大型モンスター相手に対物ライフルでは皮膚を抉る程度の威力しか出せない。だからこそ、冒険者は魔法を重宝する。

 魔法の等級は低い方から順に初級、中級、上級、超級、極級、古代級、神代級と分類される。

 一級と呼ばれる冒険者は最低でも超級、可能なら極級の魔法を使いこなし、戦局を左右する実力が期待される。

 アイシャの放ったレッドブレイズキャノンは魔法換算で極級に分類され、一級の定義に当てはまる。が、悟の使ったサンダーレインはよくて上級相当であり、超級にすら届いていない。


「ま、事実だしな」


 火力不足を痛感する彼はそれらのコメントに反論することはせず、ただ静かに眺めていた。

 やがて、風呂場からアイシャが戻ってくる。


「ふぅ、お風呂気持ちよかったよー」

「そうか」


 後ろから声をかけられ、スマホを裏向きに伏せた悟を見た彼女が言った。


「批判コメント、気にしてるの?」

「え?」

「事務所でトイッター観てるときも批判コメント目に入れて表情固くしたよね」


 相棒にはすべてお見通しか。悟は観念したように本心を打ち明ける。


「まぁな。ただ、どれも本当のことだ。文句は言えん」


 その表情には影が落ちていた。


「気にしちゃ駄目。ボクは悟を頼りにしてるんだからさ。それにボクたちはまだ本気出してないじゃん。アレを披露したら皆、てのひら大回転グルングルンだよ!」


 少女はへっへーん、と笑みを作った。相変わらず、底抜けに明るい娘だ。

 まるでどこかの誰かさんみたいだ。吹き出したように悟が腹を押さえる。


「あははっ! まったくお前には敵わないな」

「感謝したまえよ、若人。神獣に好かれるなんて滅多にないことなのだから」

「あぁ、わかってる」悟が続けた。「俺も風呂入って、とっとと寝るよ。先に寝ててくれ」

「おっけー。でもその前にひとついいかな?」

「ん? どうした、急に改まって」


 人差し指を立てて企み顔をする少女。悟はどこか嫌な予感を覚えた。


「ボク、頑張ったからご褒美欲しいんだよねー」

「果物大盛りか?」

「それもいいけどー、そろそろあの時期だからさー」

「あの時期……まさか、あれか?」


 勘づいたように彼が言った。


「そう、あれでーす。だから連れてって!」


 満面の笑みを浮かべてうなずいたアイシャが悟の顔を下からじっと覗く。


「あれかぁ……。少ししたら配信されんじゃないか?」

「いやいや、あそこにしかないものがあるんだよ。いいよね、ずっごく頑張ったんだから」


 あまりにも圧が強く、とても逆らえそうにもない。


「……わかったよ。ただし、俺たちは顔が売れすぎて移動すること事態が困難だ。少し時間をくれ」

「よし、言質取ったぁ。じゃ、先寝てるねー、おやすみー」


 約束を取り付け、上機嫌にスキップしながら彼女はリビングを後にした。


「……苦手なんだよな、あれ」


 右手で頭を押さえつつ、ため息をついてから彼は風呂に入って就寝した。

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【悲報】擬人化美少女の相棒とダンジョンで暴れる魔物を蹴散らして人命救助したんだが、実は配信されててバズったらしく伝説になった 鳥居神主 @sazanka999

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