第16話 烈風の王者 その5

 気合いを入れた悟がアイシャに指示を飛ばすと、彼女は咆哮を上げて、グリフォンたちの中へ突撃していく。

 続々と仲間が撃ち落とされた影響で彼らの士気は限りなく低く、迎撃として放たれる風のブレスも頭数に比べて少ない。

 しかも攻撃のために、ふたりに近づいたグリフォンたちが一体、また一体と空の戦線を離脱していく。

 ナギサの銃撃支援が妨害すら許さなかった。


「グオォォォン!!」


 焦燥に駆られたキンググリフォンが吠えた。

 威嚇だけでなく臣下たちへの罵倒が込められていたようで、背中をブルッと震わせた彼らがアイシャに向かって駆け出し、ブレスや接近戦を仕掛けてきた。


 ――邪魔だよ、退いて!


 火炎と爪で相手を薙ぎ払い、背中にいる悟もライフルで応戦。

 最後のマガジンが空になったタイミングでライフルを下げ、デザートイーグルを引き抜いて露払いする。

 威力は対物ライフルに比べると落ちるものの、ハンドガンとしては破格の威力を持つ。

 放たれた弾丸は至近距離にやってきた鷲獅子の胴体にめり込み、翼に当たれば貫通せしめる。

 人間ふたりの活躍もあって、アイシャがグリフォンたちの群れを突破した。

 見据えるのは前方にうずくまりながらこちらを睨むメインターゲットただひとり。 

 目標を補足したアイシャが対象に火炎弾を発射する。


「グォォン!」


 脇腹をやられても肺までは死んでいない。

 四本の脚で立ち上がって首を上げた烈風の王者が口からブレスを吐いて、飛来した火炎弾にぶつける。

 空中で押し合うふたつの属性弾。

 威力はアイシャのほうがわずかに上だが、相手のブレスを貫通するほどの威力はなく、互いに空中で爆散する。


 ――まだまだぁ!! 「グォォォン!!」


 紅い不死鳥と黒き鷲獅子の両者が炎弾と風弾を連射――周囲の空と大地が爆発と衝撃に包まれる。

 激しく動くアイシャの背中で武装をハンドガンからワンドに変更した悟がグリフォンの攻撃にタイミングを絞り。


「サンダーバレット!」


 風の弾丸の切れ目を狙って雷弾をキャストする。

 気流の乱れで狙いがズレるも攻撃が首元にヒットする。

 グガァ、と声を上げるも痛みを押し殺してブレスによる即時反撃を行う。風のバリアは依然消えたまま。

 防壁を展開する余裕は残っておらず、横っ腹の傷がギリギリと病んで、脚を使ったフットワークはもちろん、空に逃げることすらおぼつかない。

 だからこそブレスだけは止めるわけにはいかない。

 もはや気力のみが王者を支えていた。

 アイシャが傷ついた側面を取ろうにも手数が多く、おぼつかない足取りながらも向きを変えて対応する敵の執念の前に位置取りが困難な状況。

 その間にもナギサの銃弾から生き残った数体のグリフォンが王者を救援すべくこちらに引き返してくる。

 今、割り込まれたらアイシャが不利になる。

 後方を一瞥して舌を打った悟が魔法で蹴散らそうとした時、大木の枝から枝へと駆け上がったナギサが弾の切れたライフルを捨ててから跳躍――宙に躍り出た。

 自身の体の勢いが止まった瞬間、彼女は救援に向かうとしている一体に対して掌を翳した。


「行かせない、アクアウィップ!」


 魔法が発動すると、対象に水で出来たムチがギュッと伸びていき、首に巻き付いた。これは水をムチのように操る水属性の初級魔法である。


「グエェッ――」


 息がつまり、重心が後ろにズレる。

 さらにムチを引っ張ると、弾力を帯びているかのように伸縮、彼女の体がグリフォンのほうへと引っ張られ、弧を描くような軌道でグリフォンたちの真上を取った。


「サンダーバレット!」


 空いた手を使って魔法を行使、左側のグリフォンに雷弾をヒットさせてからもう一方の敵にも同様の攻撃を当て、二体を地面に落としたのち、ムチを強く手繰り寄せ、拘束したグリフォンのところに降下――そのままの勢いで背中に着地した。

 衝撃でバランスを大きく欠いたグリフォンにナギサが追撃の魔法を叩き込み、空中から突き落とす。

 共に落下する中、自身は途中で魔物の背中から近くの木々に飛び移って自滅を回避する。

 そのアクロバティックな戦い方に悟が湧いた。


「ナイスだ、ナギちゃん!」


 言葉通り露払いを完璧にこなしてくれた。これで残す敵は王者のみ――。

 だが彼の攻撃は止むことなく、むしろ激しさを増していた。


 ――ぐぅ、そろそろガス欠が近いっ。


 さすがにあの短時間で完全なる回復は無理がある。

 今の彼女では仮にブレス対決で競り勝ったとしても敵を仕留めるほどの火力は出せないだろう。

 人外の回復力は人間のそれを遥かに凌駕する。手をこまねいてしまえば、逃亡を許す恐れもある。

 決断を迫られるも迷っている暇はない。


「アイシャ、ブレスをグリフォンの目の前に落とせ。その後は――」


 続く言葉に目を丸くするも少女は「――わかった」と同意した。

 これが最後の攻撃となる。失敗は許されない。風弾を掻い潜りながら、自身の炎弾を敵の眼前に落とす。

 舞い上がる砂埃。晴れるまで少々の時間を要する。

 唸り声を上げながら敵の姿を捉えるべく、上空を見上げ続ける。

 しかしその死角――真正面にて大地を蹴る音が聞こえた。


「グォ⁉」


 異変に気づいたグリフォンが目を凝らす。突如、人影が砂埃の中から抜け出てきた。


「勝負だ――烈風の王者!」


 足音の正体は悟だった。

 隙を見計らってアイシャの背中から降りていたのだ。

 彼はライフルを捨て、左腰に据えた両手剣を抜刀して敵へ突撃する。

 その姿を視界に収めた王者が力任せに吠えた。


「グォォォオン!」


 戦いの均衡を破り、自身を追い詰めた元凶を前にすべての痛みが吹き飛ぶ。風のブレスを不死鳥ではなく、男へと向け撃つ。

 攻撃は彼の後ろに着弾し、衝撃を伴い破裂する。弾けて石つぶてが背中に当たり、風圧が背中をドンっと押す。

 それを意にかえすことなく、加速に利用――冒険者が獲物へと肉薄する。

 接近を阻止しようとブレスを構えるも、今度は上空から炎弾が飛んで、攻撃途中のキンググリフォンの顔が殴られたように弾かれる。

 チャンスと見た悟が前身の魔力を脚力強化に回し、大地を蹴って跳躍する。

 地面が割れた音に反応し、キンググリフォンが外れた視界を元に戻すも正面にいたはずの男の姿がなく、懐に潜り込まれた形跡もない。

 ではどこに。逡巡する王者。刹那、右耳に不自然な音が流れ込む。

 その方角をみやると、悟が自身の真横にあった木を蹴って、方向転換する姿が目に飛び込んできた。

 そう、冒険者は内蔵が丸見えとなっている側面を狙っていたのだ。


「グギャ⁉」


 慌てて、右腕で傷をかばおうとするも、肋骨付近の筋肉が焼ききれ、激痛により体が硬直する。

 わずかな隙に悟が相棒がつけた傷口へと飛び込み、剣を深々と突き立てた、そして――。


「サンダーブレード!!」


 残った魔力すべてを剣に注ぎ込み、武器を中心に数メートルの雷の刃を形成、相手を攻撃する中級魔法サンダーブレードを展開――傷つけられた骨と肉を貫通し、心臓まで到達した雷の刃が身に帯びた電流で対象の臓物を焼き焦がす。


「グガァァァァァアアアアアアアア!!!!」


 電撃は十数秒の間続き、悟の魔力切れで消失する。

 魔物は目から血を流し、口からも吐瀉物を含んだあぶくが溢れ出る。


「ア、ア、ア、ア――」


 痙攣する体が徐々に力を失っていき、やがて力尽きたように前のめりになって地面にひれ伏す。


「グ、ガァ……」


 最後に彼が見たのは自らを倒した男ではなく、散りゆく自分を神妙な面持ちで見つめる不死鳥の姿。

 そこに一種の神々しさを感じ取り、彼の目から一筋の涙が出た。

 それは彼女に最期を看取ってもらえたことへの喜びだったのかもしれない。

 そうして烈風の王者の人生に幕が降ろされた。

 相手が動かなくなったことを確認した悟は、おぼつかない足取りで亡骸から少しだけ後退りして尻もちをつくように崩れ落ちる。


「……っ」


 極度の疲労感から言葉が出ない。心配したアイシャが着地して少女の姿を取り、悟のところに駆け寄る。


「悟ぅ! 大丈夫⁉」


 不安げに自らの肩を揺する少女に冒険者の男は笑顔でこう告げた。


「――ミッション……コンプリートッ」


 すかさず出されるサムズアップ。アイシャが笑いながら返事を返す。


「うい!」


 事件発生から二時間半。

 討伐に腕の立つ冒険者を大人数必要とする烈風の王者キンググリフォンは、二級冒険者と有資格者、神獣を加えた三人の手によって討たれた。

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