第15話 烈風の王者 その4
「グガァァァァアア!!」
爆発の衝撃で体のコントロールを失い、王者が地面に叩きつけられる。
右脇腹からは黒煙が上がっており、傷が骨を砕いて内蔵まで達している。
それでも、致命傷とまでは至らず、血反吐を吐きながらグリフォンが揺ら揺らと立ち上がった。
アイシャが珍しく喉を鳴らす。
――あのモンスター、思ったよりも炎に強いッ。
「……伊達に王者を名乗ってないな」
キンググリフォンはレッドオーガ―以上の魔法耐性を有していて、とりわけ風、次点で火に強い。風の護りが無くなっても非常に硬いのだ。
アイシャはバーンブラストの反動で一時的に飛び道具が使えない。
その隙を埋めるべく悟は急いでライフルのマガジンを交換して狙いを定める。が、その時すでにグリフォンは四足の脚で大地を蹴って逃亡を図っていた。
「逃がすものかよ!」
アイシャは空から相手を追走する。彼がスコープ越しの狙撃を行うも、どれもが太ももや胴体を掠るだけで動きを止められない。
しかし、傷が深いのか、走ってから一分も立たずに足が止まってしまう。
しかも敵がいるところは森林エリアの開けた場所ときた。
「よし、追い詰めた――」
悟は勝利が近づいてきたと確信するも、グリフォンの双眸から闘志が失われていないことに気づく。
「グガオオオオオオオ!!」
一段と高い雄叫びを上げた。威嚇とも考えたが、どこか音域が異なる。
まるで狼が仲間に危機を知らせる時のそれだ。
「ッ――まさか」
悟が周囲をグルっと見渡した。すると水平線の奥から大量のグリフォンの群れがこちらへ向かって突撃してくるのが見えた。
「子分どもを呼びやがったな」
駆けつけたのは配下である通常種のグリフォンたちだった。
招集された下僕が王者を守るように立ちはだかる。
その数はざっと二十体といったところ。
「クソッ、面倒な真似を!」
憎々しげに舌を打って残弾を確認する。
ライフルの弾はカートリッジ一個分。体内魔力も回復しきっておらず、サンダーレインのような高威力の魔法は使用できない。
「可能な限り、連中を避けて本体を狙う! アイシャ、飛び道具は⁉」
――まだ小さいのしか出せない、ゼェ、ゼェッ。
空戦中を演じながらの度重なる回避行動、牽制目的の遠距離攻撃、高威力の技を二度も使用する、と働きっぱなしの不死鳥。
さすがに体力が削られたのか、だいぶ息が荒い。
まだ体が小さいからな……。悟が仕方ないといった具合に彼女をみやる。
敵が疲れていると見たのか、数体のグリフォンが示し合わせたようにこちらへ突っ込んできた。
「雑魚は俺が片付ける。お前は体力の回復に勤めろ」
アイシャの負担を減らすべく、ライフルを構えた。
不規則な軌道と共に鷲獅子が距離を詰めてくる。
大鳥の背中に乗っているので、常に揺れ動いて銃身がブレる。狙いが定まらず、残弾数の少なさから射撃を躊躇ってしまう。
そうしているうちに一体がアイシャの下方から上昇するように死角をついてきた。
それをギリギリで察知したアイシャが右脚を振り上げ、蹴りで迎撃する。
顔を蹴られたグリフォンはそのまま地面に叩きつけられ、ピクピクと体を震わせている。
が、大きく動いたせいでややバランスを崩してしまった。
悟が慌てて左手を肩に伸ばして必死にしがみつく。
結果、後ろで攻撃の機会をうかがっていた他のグリフォンに隙を晒してしまった。
「ギャオ!」
搭乗者に狙いを定めた魔獣が口内にエネルギーを溜めた。
「チィッ――」
銃撃は間に合わない。直撃を覚悟して歯を食いしばった瞬間だった。
突如としてドン、という発射音が辺りに響き渡り、攻撃中のグリフォンの頭から赤い液体と脳漿が飛び散った。
「なっ⁉」
悟は銃声が鳴った方向を視線を投げた。
そこには新緑を身にまとった木々があるだけで人の姿は確認できない。続くように銃声が立つ。
「ギャア!」
アイシャの周りをうろついていた別のグリフォンの喉が潰され、地上へと堕ちた。
――遅れて申し訳ないわね。あなたたちが速すぎて追いつくのに時間かかった。
スマートウォッチから聞き覚えのある声が聞こえた。
危機を脱した悟がスピーカーに言葉を吹き込む。
「サンキュー、ライフルクイーン!」
そう、出雲ナギサがふたりの加勢に入ったのだ。
――ふっ、まだまだこれからよ。
気持ちが昂っているのか、狙撃の女王は調子よく応えてみせた。
数秒後、ふたりに近づいてきた獲物が右翼を撃ち抜かれ、緑の中に墜落する。
――ナギサ、すっご。
あっという間に三匹のグリフォンを戦闘不能に追い込む腕前に神獣が感嘆の声を漏らす。
「そうか。アイシャは初めてだったな、彼女が戦っているところを見るのは」
援護を受け、余裕を取り戻した悟が銃を構え直してスコープ越しに獲物を観察する。
優勢ムードから一転、突然の攻撃にグリフォンたちの動きが鈍っていた。
ふっ、と息を吐いて引き金を引いた。彼の放った一撃が数十メートル先のグリフォンの胸を射抜く。
「狙撃手を相手に足を止めるのは自殺行為さ」
――そうね。
悟が喋り終わるのと同時、銃声が立て続けに二回鳴り、前方にいたグリフォン二体が糸の切れたマリオネットのように落ちていく。
おいおい、と唸っていると、さらにもう一体が沈む。悟たちよりも百メートル以上離れていた。
グリフォンは通常種とはいえ大型モンスターに分類され、ライオンを超えた強靭な筋肉と硬い骨格を持ち合わせる。
ライフルで狙い撃ったとしても致命傷を与えられる箇所は限られる。ナギサはそのポイントを悟よりも遠い地点から的確に狙い撃っている。
スナイパーとしての彼女の腕前は紛れもなく一流であった。
――こわぁ……。
アイシャが顔をこわばらせた。当然だ。次々にグリフォンが駆除されていくのだから。
――雑魚は私にまかせて、あなたたちは手負いの王様を仕留めに行って。
「アイシャ、動けるか?」
打診を受けて彼女に問う。
――うん、少し休んだから大丈夫!
呼吸が安定し、目に見えて元気を取り戻したアガルタの不死鳥。
その逸話の通り高い回復力を持っているのだろう。
勝機が見えた。あとは背中をスナイパーにあずけて本体に突撃するだけだ。
「よし、ケリつけに行くぞ!」
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