第14話 烈風の王者 その3

 ある程度距離を取った悟たちは山と森の中間地点で旋回、険しい岩肌を背にする形でキンググリフォンを迎え撃つ。


「アイシャ、しばらく攻撃を引き付けて躱し続けてくれ。確かめたいことがある」


 小さくうなずいた彼女が的をずらしながら敵の攻撃を誘う。王者は彼らを睨んで空気弾を吐く。

 それが彼女の数メートル隣を横切り、着弾地点の木々を粉砕する。常人なら耐えきれる威力ではない。

 悟は瞬き一つせず、懐から先端に透明に光る宝石が埋め込まれた木製の小型魔法杖マジックワンドを出した。

 それを右手で持ち、敵に差し向ける。


「ライトニング」


 稲妻の初級呪文を唱え、グリフォンの顔面を攻撃するが当たり前のように風の護りに弾かれて消滅する。

 が、悟はめげずに同じ攻撃を数度繰り返す。その都度、弾かれる雷撃。

 しかし、グリフォンが口から風を吐き出すのと同タイミングで着弾した雷だけはより深く内側へ入り込み、頚椎に届く一歩手前でパッと弾けた。


「そうか」


 悟がひっそりと算段を立てる。


「アイシャ、もう少し近くで攻撃を躱してくれないか」

 ――いいけど、大丈夫? さっきから悟の攻撃、弾かれっぱなしだけど。

「頼む」


 人間の相棒は短く返事する。

 だが現状でさえ彼女は攻撃を躱すので手一杯。これ以上近づけば被弾のリスクは跳ね上がり、撃墜される恐れも出てくる。

 もしそうなれば、王者は強烈な一撃を放ってくれるに違いなく、致命傷に至るダメージを負うかもしれない。

 本来なら愚行とも思われる判断だ。

 なにも知らない者ならば不満を漏らす場面だが、ここにいるのは信頼の置けるパートナー。

 彼が無策で自分を突っ込ませる馬鹿じゃないことは承知している。ならば。


 ――わかった!


 相方が突破口を開くと信じて前進するのみ。

 気合入れて間合いをグッと縮める。先ほどまで大して感じなかった王者を取り巻く風が彼女の頬を叩き始める。

 近くづいてきた敵をグリフォンが威嚇と共に撃ち落とさんと狙いをつける。

 出が早く、高威力でありながらコンパクトにまとまったサイズの風弾が怒涛の勢いで放たれ、アイシャの右翼の先端部がわずかに削り取られる。


 ――くっ!


 このままだと捕まるのは時間の問題。少女の表情から余裕が失われる。

 悟は無言でグリフォンの口と首の動きを注視しつつ、手にしたワンドに魔力を注いだ。呼応するかのように宝石が黄色く発光し、無数の小さき稲妻が弾け出す。

 そして、グリフォンが息を吸ったタイミングで沈黙を破った。


「サンダーバレット!」


 詠まれたのはサンダー系の魔法サンダーバレット。通称「雷弾」と呼ばれる初級魔法だ。

 雷属性の魔力を弾丸状に圧縮して発射するため、同ランクの攻撃魔法の中でも高威力な部類に入る。

 紡がれた呪文が効力を発揮してワンドの先端に雷球を形成、数秒と立たずに目標へと発射される。

 それと同時に王者が風弾をキャストした。

 風弾のやや斜め右を通過する雷弾。ふたつの属性弾は衝突することなくすれ違う。風の弾丸はアイシャを捉え損ない、後方の岩肌を削り取る。

 ワンテンポ遅れた形で悟の攻撃がグリフォンへと向かう。

 彼の魔法は王者が放つそれに比べれば威力も速度も遥か劣る。

 当たっても風に防がれ、かすり傷さえつけられない。

 バチバチと音を立てる稲妻の弾丸が風の護りに阻まれる距離に到達する。王者はそれを察知するも避けることすらしない。

 わかっているのだ。この程度では傷つかないことを。ところが今回はいつもと事情が異なった。


「グガァッ⁉」


 なんと、サンバーバレットがグリフォンの右肩に直撃して爆発を起こしたのだ。


 ――ええ⁉ 当たったの⁉ ボクの攻撃すら弾くのに。

「思った通りだ」


 驚くアイシャをよそに悟が笑った。


「攻撃の瞬間、その箇所を中心に風が薄くなるんだよ。考えてみれば、当然だよな。口から攻撃を出すとき、周囲の風を吸っちまうんだから」


 そう、攻撃に使う空気や魔力を外部から吸収している限り、その部分の風が吸い込まれ、壁が薄くなるのは必定。

 決して長い時間ではないせよ、コツさえ掴めば、こちらの攻撃を通すチャンスがある。

 突然の被弾にキンググリフォンは動揺を隠せず、こちらを見つめている。


 ――あー、なるほど。そーいうことね。


 相棒の意図を不死鳥が理解した。


 ――向こうがブレスを吐いたタイミングでこっちも攻撃すればいいんだね。

「そうだな。ただし相手が守りに入ったら崩すのは容易じゃない」

 ――そだね。


 この戦法は相手の攻撃に対応して打ち込める技量も必要だが、相手が遠距離攻撃を出してくるのが前提である。

 そのため、攻撃を出されない状況が続けば、ダメージを通す機会が失われる。敵の危険度から考えれば、この階層に存在することそのものが脅威。

 というのも資源採掘目的とし、安全の確認されたダンジョンのフロア内に発掘作業の施設が建設され、従業員たちが働いているのだ。

 このエリアにも同様の建物が存在し、従業員たちが交代制で働いている。そうした者たちは「ダンジョン作業員」などとも呼ばれる。

 もしも彼らに怪我があれば、それこそ交戦中だった冒険者たちの責任にも繋がる。

 無力化もしくは捕獲という手段もあるが、そうしようにも二級冒険者だけでは数十人が必要となり、他の主戦力は攻略の最前線たる「秋保ダンジョン」で活動中。

 やはり自分たちで決めるしかない。

 魔物を見れば、唸ってばかりで相手の出方をうかがっているようだった。もちろん風のバリアは元に戻っている。

 これでは手が出せない。


「っ……」


 相手がバリアの弱点に勘づいたのだろうか。

 だが、悟が知る限りグリフォンはそこまで知能の高い相手ではない。

 風のバリアも本能で操っているに過ぎず、原理を把握しているわけではない。

 それでも無策に攻撃を続ければ、悟られる可能性も出てくる。

 攻めるか否か。冒険者は頭を悩ませた。

 そこへ女性の声がねじ込まれる。


 ――せっかく戦いの主導権に握ったってのにじっとしてるなんて勿体ないわよ、悟くん。

「……ナギちゃん」


 会話を聞いていたナギサが助言を寄越したのだ。


 ――このままじゃ泥試合よ。アイシャちゃんも神獣とはいえ、ずっと戦えるわけじゃない。体力があるうちに勝負を決めるべきだわ。

 ――別に長期戦は苦手じゃないよ。ちょっと疲れるくらいでさ。


 アイシャが会話に入ってきた。


 ――てかね、あのバリア、手段を選ばないんなら、いつでも突破できるんだよ。……悟次第だけどね。

を使うってか?」

 ――うん。


 彼女が返事をした瞬間、即座に首を横に振った。


「アレは正真正銘、最後の切り札だ。途中で中断もできない。ダンジョンのど真ん中で使うにはリスクがデカすぎる」

 ――ならどうするの?

「……そうだな」


 少女の問いに再び沈黙が降りる。相手は野生の生き物、ターン制バトルのRPGのように待ってくれるわけではない。

 このままじゃ心理的優位を活かせず、捨てるハメになる。それだけは阻止したい。

 沈みつつある空気の中、ナギサが意見する。


 ――相手が動かなくて困ってるなら、いっそ挑発してみるとか?


 適当な思いつきだった。しかし、手詰まりだった悟からすればまさに天啓。彼はひらめたように口角を釣り上げた。


「それでいこう」

『『え?』』


 女性陣が間の抜けた声を上げる中、悟がプランを実行に移す。

 彼がライトニングを真正面に数発放ち、グリフォンのバリアに当てた。

 王者が不死鳥の背に乗った男を凝視する。間髪入れず、大声が発せられた。


「おいおい、どうした、グリフォンさんよ! さっきからダンマリじゃないか?」


 目を細めるグリフォン。イマイチ意図が掴めていないようだった。


「風の揺り籠の中で縮こまっちゃってさ。ちょっとビビりすぎだぜ。それじゃあ、王者のカッコがつかないなぁ〜」


 人差し指で相手を指しながら鼻を鳴らしてみせる。

 次第に理解が追いついてきたようで、グリフォンの眉間にシワが寄り始めた。

 後少しでこちらの作戦に乗ってくれる。悟はダメ押しの文言を突きつけた。


「ほーう、どうやら意味が通じたようなだ。悔しかったらご自慢のブレスで、この俺を吹き飛ばしてみるこったな。あっはっはっはっ!」


 あからさまな挑発である。

 言葉こそ通じないが、男の態度から小馬鹿にされたのだと本能で感じ取ったキンググリフォンは、歯ぎしりしてひときわ大きく吠えた。


「グォォォオオオオン!!」


 咆哮ののち、先ほど同様に風弾を乱射する王者。挑発者は「乗ってくれたようだ」とチャンス到来を喜ぶ。が、そのしわ寄せを受けるのはアイシャであり。


 ――ちょ、ちょっと、撃ちすぎだってばぁ!


 手数が増えた攻撃に泡を食いながら、少女は体を左右上下に動かして躱し続ける。


「すまんアイシャ、時間を稼いでくれッ」


 杖に神経を集中させ体内の魔力を一気に押し込む。体から力が抜けていく感覚に襲われるも、そんなことに構っている場合ではない。

 冒険者が持つ魔法の杖には意識を集中しやすいというメリットの他にも様々な効能がある。

 そのひとつに体内の魔力を効率的に各属性へ変換して威力を高めるというものがある。

 悟の持つワンドも同様の効果を持っており、掌から撃つよりも遥かに合理的だった。

 チャージまであと数秒。サンダーバレットのような小さい規模の技ではないのは明らかだ。

 アイシャの奮闘を感じながら、悟は機をうかがう。

 狙うは相手がブレスを出してから数秒の間に生じる風壁のほころび。そこを外せばダメージを通せるかわからない。


「くっ、間に合えッ」


 相棒が自分の無茶に付き合ってくれている。応えなければ、男がすたる。

 杖の発光が白色電球のような色合いに変わった段階で、込めた魔力が詠唱可能に達したと直感が働いた。


「チャージ完了――」


 敵は息継ぎのモーションに入っていた。それが終わり次第発射する。詠唱の時間を考えれば、今しかない。

 悟は杖を掲げ、口上を述べた。


「天より降り注ぎし裁きの万雷、今ここに顕現して、敵を討て――」


 グリフォンがブレスを発射した。その頭上で空の一部が白く光る。お膳立ては整った。あとは名前を叫ぶだけだ。


「サンダーレイン!!」


 紡がれしはサンダー系の中でも上位に君臨する裁きの万雷、サンダーレイン。

 その名の通り、複数の稲妻を一気に降らせ、敵を滅するれっきとした上級魔法である。

 降り注ぐ雷の本数は詠唱者の技量によってまちまちだが、その平均は五本から七本と言われる。

 詠唱者の問いかけに応えるように天から轟音が鳴り響く。

 瞬間、七本の雷光が顕現せしめた。

 天より降りし五つの裁きが暴風の護りの隙間を塗うように内側へ入り込み、四本が王者の背中と両翼を、もう二本が頚椎を、そして残り一本は後頭部。それぞれ撃ち、大きな衝撃音とそれに見合った爆発を引き起こす。


「グガァァァアア!!」


 サンダーバレットに続き、弱点属性の攻撃が本体を捉えた。

 皮膚を貫いて肉をも抉る強力な一撃を受けて本体の高度がグッと下がる。

 視界を明滅させたキンググリフォンが空中で無防備を晒した。いわゆるスタン状態だ。

 時を同じく、彼の者を囲んでいた風が再び止んだ。


「やはりな」


 あれほどの風の制御を行うには相応の魔力コントロールを必要とする。それはモンスターでも例外ではない。

 成体になるころには無意識に風の操作をやってのける烈風の王者も集中力を乱されればそれを制御できず、防壁は維持できない。

 悟が叫んだ。


「アイシャ、ヤツの側面に回って、その横っ腹に今出せる最大火力をぶつけろ!」

 ――おっしゃあああああ、待ってたぜぇ、この時をよぉ!!


 命令後すぐに腹を狙える位置への移動を終え、抑えていたストレスを発散させるように少女が一気に息を吸い込む。

 それが魔力と混ざって内部で膨張――口から爆炎が噴出する。


 ――バーンブラストォォォ!!


 刹那、獄炎の渦が放出され、魔獣の右脇腹、その肋骨部分を穿った。


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