第13話 烈風の王者 その2

 急いで支度を整え、ふたりはバイクに乗って花京院ダンジョン入り口に到着する。

 その周辺は警備員やその他スタッフたちの大声が飛び交う慌ただしい空気を漂わせていた。

 その後方で人の流れを目で追っていると、横からナギサがやってきた。


「悟くん」

「ナギちゃん、状況は?」


 挨拶抜きに悟が質問を投げかける。


「ヘルゲートたちを追いかけていたキンググリフォンは連中を叩きのめしてから、麓に降りてきて警備員や冒険者を片っ端から襲ってるわ」

「叩きのめしたってのは、つまり――」


 ナギサが神妙な面持ちでうなずく。


「緑髪が前腕で叩き潰され、茶髪がエアブラストで木っ端微塵の両名とも即死。ヘルゲート本人はサンダーバーストで反撃に出たけど、風のバリアに阻まれてダメージを与えられず、巨腕に薙ぎ払われて崖下に落下。救助した警備員いわく意識不明の重体。すでに病院に搬送されたわ」

「……そうか」


 火遊びの代償としては対価があまりに重すぎる。

 わずかに同情を覚えるも、今それを気にしている場合ではない。


「銃はデザートイーグルと対物ライフル、それとAWMを持ってきた」

「AWMを貸して。そっちのは私には使いづらいの」


 悟が愛用する会社の対物ライフルは破壊力こそ飛び抜けて高いが、取り回しのほうはお世辞にもよいとは言えず、彼女の性に合わない。

 彼は肩にかけていたご指定のライフルを彼女に手渡した。

 ポーチから弾薬も提供し、ナギサがそれを自前のバッグに収める。


「ところで冒険者と銃の資格は?」

「両方とも数ヶ月前に更新したばかりよ」


 資格を取っている者はたとえ本職でなかったとしてもランクに応じてダンジョンに潜って戦うことができる。

 銃の資格も同様に定期的に行われる簡単な筆記と実技試験に合格すればライセンスの更新が可能だ。


「期待してるぞ、ライフルクイーン」


 親しみを込めて彼女を異名で呼ぶ。


「過度な期待は禁物。あくまでサポートだと思って」


 そう語るナギサだったが、不敵な笑みを湛えていた。

 チャンスがあれば殺ってやるという意思表示にも感じられる。

 二級冒険者と有資格者のふたりでは、格上たるキンググリフォンに挑むには到底役不足。が、こちらには神獣がいる。


「ボクなら大丈夫だよ」


 キンググリフォンのことは彼女も知っており、それでいて余裕を覗かせている。

 この娘が居れば劣勢を覆せるはずだ。悟は覚悟を決めた。


「よし、5階層に向かうぞ」


 彼が号令をかけたのち、ナギサがダンジョンの職員たちに話を通して皆で施設に入り、そのまま転送魔法陣の下まで駆け込んだ。

 魔法陣に入るとすぐに転移が行われ、5階層に到着する。

 アイシャは靴を預けて不死鳥に戻り――男女ふたりを背中に乗せて大空へ飛び上がった。

 百キロを優に越える速度で飛翔する紅の巨鳥。悟が左手で彼女の肩を掴み、右手でナギサの左腕を離れないように押さえる。

 空いた右手でナギサがアイシャの背中の羽根を掴む。

 風よけになるものが一切なく、飛行中は空気が顔面を絶え間なく叩き続ける。目を開けるのも一苦労だ。

 ナギサが言葉を漏らす。


「相変わらず、すごい速度。乗ってるほうも命がけだわ」

「旅客機がいかに快適かわかるだろう」

「そうね。肩がこるとはいえ、眠ってられるんだものね」

「ただし、こっちじゃエコノミークラス症候群には罹らないぞ」

「健康によさそうね」

「ははっ。だろ?」


 仲良く軽口を叩き合う搭乗者二名。

 翼を大きく羽ばたかせ、空気を操りながら空を駆るアイシャがやや不満そうに背中をみやる。

 ――冒険者と職員のおふたりさん、無駄口はそこまでだよ。敵の姿が見えてきた。


「わかったよ。ナギちゃんはどうする?」

「適当なところで下ろして。着陸はしなくていい。その後はあなたたちの動きに合わせて狙撃していくわ。電話するからスマートウォッチの通話、オンにしておいて」

「おう。アイシャ、地面スレスレに飛んでくれ」

 ――おっけー。


 指示に合わせて、彼女が高度を落として地面から一メートル付近を飛行する。

 タイミングを見計らって、飛び降りたナギサは反動を殺すように地面を転がり、器用に立ち上がった。

 人ひとりを下ろしたアイシャが一気に高度を上げ、ターゲットへと一直線に向かう。


「いた。アイツだな」


 低空を飛行する黒い巨躯が悟の視界に飛び込んできた。

 その下では複数の冒険者たちが交戦していた。


「アクアスピア!」

「ロックグレイブ!」

「サンダーバースト!」

「シャドウチェイサー!」


 鋭く研ぎ澄まされた水の槍、大地より現れし巨石文明の墓、空を裂く豪雷の大砲、追尾する縛鎖の漆黒――どれもが中級から上級の魔法。

 立ち向かっているのは皆、二級から三級の冒険者たちと推察できる。

 彼らの放った魔法はオーク程度なら木っ端微塵にできる威力を持つ。

 それどころかワイバーンだろうが落とせる。しかし、相手は烈風の異名を取る鷲獅子の王者。


「グガァア!」


 体内で発生した膨大な魔力を風のバリアに変換する。

 体を中心に魔力の暴風が吹き荒れ、迫りくる攻撃すべてを払い除けた。

 根本から折れる水槍、砕かれた墓石、グニャリと歪曲する雷撃、弾かれて地面を叩き割る黒鎖。

 切り札が為すすべなく叩き伏せられ、彼らの表情が青ざめていく。


「はっ、早く、次の攻撃を――」


 リーダー格が行動を促すも、グリフォンはすっと息を吸っていた。


「ガァア!」


 茶髪を肉塊にしたエアブラストとまではいかないが、一回り小ぶりな空気弾を彼らの手前に落とし、衝撃で冒険者たちをまとめて吹き飛ばした。

 宙をグルグルと舞って数十メートル後ろの地面に叩きつけられる冒険者たち。


「あの野郎……」


 舌打ちした悟がアイシャに「アイシャ――ヤツに『紅蓮焦熱砲レッドブレイズキャノン』をお見舞いしてやれ」と指示を出した。

 その技は彼女が現状扱える最大火力を意味する。


 ――いいんだね? 一発撃ったらしばらく撃てないよ。

「あぁ、冒険者たちと距離が離れた今がチャンスだ」

 ――うい。ド派手に行くぜぃ。


 命令を受け、アイシャが体内の魔力を燃やし始める。

 不死鳥の中には大量の魔力が蓄えられており、それはあの巨大なグリフォンにさえ劣ることはない。

 やがてそれは肺を通って喉を奥に溜まり、口内で紅蓮の炎へと変換――口いっぱいに凝縮される。煮えたぎるマグマのようにボコボコと音を立てる。

 時は満ちた。


 ――チャージ完了、いけるよ。

「OK」


 少女が合図を送る。

 悟が右人差し指を銃に見立てて、対象を指し示した。そして――。


「放て、レッドブレイズキャノン!!」

「ギャーーーーーーーン!!」


 直後、堰を切ったように紅蓮の熱線が発射された。

 空を引き裂きながら獲物目掛けて駆け抜ける、それはまるでレールガンを彷彿とさせる。

 巨大な魔力の塊の飛来を悟ったキンググリフォンは攻撃が放たれる数秒前に上空にいる敵の存在を感知していた。


「グァ⁉」


 驚きに目を見張りながらも咄嗟に風のバリアを攻撃方向に全力で展開――レーザーに備えた。

 時を置かず、アイシャの攻撃が風のバリアを直撃する。


「グギィ!!」


 戦艦の主砲を至近距離で受けたかのような凄まじく重い一撃。さすがの王者も度肝を抜かれたのか、練れる魔力の大半を費やしてレーザーを受け止めた。

 空中でバチバチと爆炎と烈風がしのぎを削る。余波で周囲の大地は削れ、草木が蒸発する。魔法換算で上級を越えて超級、いや極級に迫る威力だ。

 十秒の押し合いが続いた末、アイシャの爆炎が爆発を起こし、王者をビリヤードのピンボールのように弾き飛ばした。

 森林の地面を引きずられるように転がった末、崖へと激突する。


「やったか……⁉」


 砂煙で視界が狭まる中、攻撃が直撃したと見てとった悟。

 しかし、わずかにだが煙の隙間より揺らめく双眸がチラついた。


「グオォォォォオ!!」


 耳をつんざく咆哮。

 そう、烈風の王者は彼女の攻撃をかろうじて防いでいたのだった。


「――ッ。受け切ったってのかよ、あの攻撃を」


 不意をついた強力な一撃。完璧なタイミングだったはずだ。

 それにも関わらず、獲物は軽い火傷と擦り傷程度の負傷に留まっている。

 これが一級冒険者を複数必要とするボスモンスターか。悟の頬が引きつった。


 ――へー、やるじゃんね。


 かたや、相棒は強気の姿勢を崩さず、視線を巡らせる。


 ――どうする。あの人たちを連れて撤退する? それとも……。


 なにを言わんとしているのか、彼は理解した上で状況を整理する。

 冒険者たちは致命傷こそ負っていないものの、まだグリフォンから逃げられるほど回復していない。となれば。


「グリフォンを冒険者たちから離して、彼らの戦線離脱を促す」

 ――その後は?


 問われた冒険者は不敵な笑みと共に答える。


「俺たちでぶっ倒そう」


 一級冒険者がいない以上、このエリアでアレを留め置くことすら難しく、被害の拡大を阻止するには討伐以外の手はなかった。


 ――具体的なプランは?

「適切な間合いを取りつつ突破口を探る。俺はこのまま背中に残って射撃と魔法でヤツの行動を妨害する。お前は回避を中心に飛び道具でアイツを攻撃してくれ。隙ができたら急所にデカいの叩き込んで、すみやかに戦いを終わらせる。以上だ」

 ――りょーかい。


 手短な説明で納得したアイシャが作戦通り、グリフォンの右側面に回り込むように素早く移動する。

 当然、グリフォンの注意がアイシャへと逸れ、四つの足で地面をがっしりと掴みながら唸り声で威嚇する。

 よくよく見れば風のバリアが消失していた。

 悟はライフルを片手で構え、グリフォンの眉間を狙い撃った。


「グガァ⁉」


 急所を狙った弾丸はわずかに斜め下にズレて頬をかすめ、左肩の皮膚に突き刺さる。

 レッドオーガ―同様、巨大モンスター相手に銃撃では有効打を取りづらい。

 皮膚を抉られ、わずかに表情を歪めるも、続く銃撃をステップで回避したグリフォンは再び暴風をまとって飛翔する。

 構わず、悟が銃弾を叩き込むも風の防壁に阻まれ、軌道を曲げられてしまう。


「チッ、もう風を出してきやがったかッ」

 ――だったらさぁ!


 アイシャも続づけて炎弾を連射するも、部分的に風を抉るだけで攻撃そのものはかき消された、

 あの風がある以上、彼女の炎も簡単には通らないようだ。

 敵が攻めあぐねていると直感したグリフォンが闘志をむき出しにして彼らとの距離を詰め、お返しとばかりに空気弾を連射する。

 空気を乱すほどの強風弾の連打をアイシャが高度を下げながら掻い潜り、冒険者たちとは反対方向に遠ざかる。

 王者は彼らを追い、地平線の奥地へと消えていく。

 人外たちの戦いを目の当たりにした冒険者たちはその場を動けず茫然と立ち尽くす。

 後ろからナギサがやってきた彼らに声をかけた。


「皆さん、お怪我はありませんか?」

「えぇ、大丈夫ですが――って受付さん⁉」


 冒険者のひとりが意外すぎる人物の登場に驚く。

 それもそのはず、ナギサはスーツ姿のままライフルを肩に担いでやってきたのだから。

 戸惑いをよそにナギサがしれっと告げた。


「私も有資格者ですので。ご心配なく」


 はぁ、と腑に落ちない冒険者たち。

 時間の惜しいナギサはサッとスマホを取り出して悟に電話をかける。


「悟くん。今どこ――、そう山岳地帯と森林地帯の中間地点にいるのね。わかった、これから加勢に向かう。通話はそのままで」


 役割を終えたスマホをポケットに雑にねじ込み「では失礼」と会釈してグリフォンを追った。


「なぁ、俺たちはどうする……?」

「「「さぁ……」」」


 先ほどの戦闘で自分たちがまったく役に立たないと悟った彼らは軽率な行動を慎み、警備員たちと合流すべく下がっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る