第12話 烈風の王者 その1

 同時刻。

 マンションの一室では白熱した戦いが繰り広げられていた。


「くっ、腕を上げたな、アイシャ――」

「いつまでもやられっぱなしじゃないよ!」


 遮蔽物ない平らなステージの上。残機四つのタイマンバトル。

 悟は大剣使いの金髪イケメンソルジャーを操り、かたやアイシャは高火力かつ変身能力を持った美少女剣士を駆り、ステージを激しく動き回る。

 互いに一進一退の攻防末、残機は残一つ。

 プライドを懸けた熾烈な剣舞ソードダンスが魂をぶつけ合うファイナルラウンドを美しく彩る。


「まだだッ!」


 悟が叫んだ。


「やるねぇー! でも、そのキャラは復帰が――」

「リミット解放でどうとでもなる!」

「なにぃぃ!」 


 特殊技を駆使して危機を脱出――復帰後、悟は素早い攻撃で相手の勢いを削ぎにかかる。


「負けるかぁぁぁ!!」


 シールドを駆使しつつ猛攻を防ぎ、被弾を恐れず反撃の一打を叩き込むアイシャ。


「ぐっ、ここにきて攻めてくるだとっ。だが、まだ甘い」


 返す刀で悟が彼女のキャラを吹き飛ばす。


「うぉ、もうダメージが溜まってッ」


 ダメージが危険域まで突入する。バーストは目前だ。


「沈めぇぇぇ!」


 相手キャラを追いかけてとどめを刺そうと大ぶりの攻撃を出した。

 が、アイシャは悟の動きを読んでおり、


「見切ったぞ!!」「なんだとッ⁉」


 前転回避を利用して背後を取ってから、


「これで終わりだぁぁぁぁ!」


 必殺の一刀で勝負を決めた。ゲームセット。

 室内にファンファーレが鳴り響いた。


「よっしゃああああああああ!!」

「負けた……。――腕を上げたな、アイシャ」

「練習した甲斐があったぜぇ、うぇーい、コロンビアッ」


 コントローラーを置いて両手を突き上げる少女。

 年上の同居人はゲームのキャラ同様、パチパチと拍手を送った。

 そのタイミングでスマホが音を立てる。ナギサからの着信だった。


 ――もしもし、俺だ。

 ――悟くん、大変よ。花京院ダンジョンの警備員から連絡があったんだけど、ヘルゲートがまたやらかしたわ。

 ――ダンジョンの5階で騒いでるんだろ。ちょっと前まで視聴してたよ。


 のんきに語る悟とは対照的にナギサの声音は固さを帯びており。


 ――それだけならよかったんだけど、実は――。


  悟は驚きのあまり目を剥いた。


 ――はぁ、キンググリフォン⁉ 嘘だろ!

 ――嘘じゃない、5階層に出たの! でもってすごい勢いでヘルゲートたちを追い回してんのよ!


 珍しく語気を荒くするナギサに悟は静かに現実を受け入れる。


 ――となると一級案件だな。近くにいるのか? キンググリフォン相手なら最低でも一級ふたりか二級六人は必要だぞ。

 ――すぐに対応できる一級冒険者はいないわ。皆、秋保ダンジョン下層を攻略中または他県に遠征してる。

 ――なんてこった……。


 キンググリフォンは複数の上級冒険者たちを必要とする強敵で本来下層にいるはずの「ボスモンスター」である。


 ――二級冒険者で駆けつけられるやつは?

 ――連絡かけてる最中。初めに出たのは「あなた」よ。


 事態は切迫している。状況を判断した悟は目を閉じてから。


 ――これから現地へ向かう。アイシャと一緒にな。

 ――近場だから私も急行する。家に戻る時間ないからライフル貸して。

 ――ナギちゃんも戦うのか?

 ――初見であなたたちのサポートに入れる冒険者なんてそうそういない。私のがマシよ。

 ――わかった。じゃ、あとで。


 通話を切った悟がアイシャのほうに顔を向けると、そこにおちゃらけた少女の顔はなく。


「いつでも準備できてるよ」


 力強く頷いてみせた。


「サンキュー」


 悟が続けた。


「支度する。待っててくれ」


  ◇


「チクショー! なんで俺があんなヤツに追いかけられなきゃならねえんだよ!!」


 キンググリフォンの強襲に堪らず逃亡するワタルと取り巻きふたり組。

 閃光弾やスモークで時間を稼ぎつつ、来た道を引き返すように山道を脇目も振らず走り続ける。

 その姿を発見した警備員と協力要請を受けて同行した冒険者たちは「今は近づくな! こっちも巻き添えを食うぞ」と叫んで山道脇の緑の中に飛び込み、身を隠す。


「はぁ? 警備員が逃げんのかよ、卑怯者が!!」

「コラ、助けろや、ボケッ!」


 茶髪と緑髪が悪態をつくも、誰もその言葉を聞き入れることはない。

 キンググリフォンはまっすぐ三人組を追いかける。


「アイツ、俺らを狙ってやがる!」


 ワタルは混乱する中、脳内で思い当たる節を探る。

 グリフォンは縄張り意識が強い生き物で、集団で行動することは滅多にない。仲間意識の低い生き物だ。

 だからこそグリフォン狩りは仲間からの反撃を受けづらく、比較的戦いやすい相手になる。

 ただし――。


「そーいえば、キンググリフォンは通常種のグリフォンを配下にするって聞いたことがあったな」


 そう、上位種のグリフォンは下位種のグリフォンを束ねて組織化する傾向にある。グリフォンたちも強者には従う。

 それにより、本来見せない行動を取るケースがある。今回、ワタルたちは彼の配下のグリフォンを攻撃したのだ。

 それに怒りを覚え、自ら赴いたのだろう。


「クソ、しくじったァァァ!!」


 自らの浅はかさを悔やんでももう遅い。

 圧倒的暴力が後方から迫り、若者たちを追い抜いて正面に着地する。

 暴風が地面を這うように吹き抜け、ワタルたちの足が止められた。


「ギャアアアアアン!!」


 咆哮と共に風が止む。

 漆黒の体毛に身を包んだ鷲獅子の王者が小さき敵を睥睨する。

 有り余るほどの殺意が宿された険しい双眸。

 凄みに押された三人は蛇に睨まれたカエルのように背筋を粟立たせる。


「こ、これ、さすがにマズイんじゃ……」


 茶髪が後退りした。


「おい、ワタルなんとかしろよ! 強いんだからさ!」

「無理言うな! 俺ひとりでどうにかできるわけねーだろ!! 少しは考えろや、このキャベツ頭!」


 恐怖から喚き散らす緑髪に対してワタルは怒鳴るように暴言を吐き捨てた。


「んだと、いいところのお坊ちゃんがよぉ!!」


 緑髪が悪態をついてリーダーに食って掛かる。

 それにカチンときたワタルが彼の胸ぐらを掴んだ。


「もういっぺん言ってみろや、コラ!」

「あぁん? 何度でも言ってやるよ――」


 格上との対峙中に相手そっとのけで喧嘩する両名。茶髪が止めようと割って入ろうとした。

 その隙をキンググリフォンが逃すわけもなく、強靭な脚力で数十メートルあった間合いを一気に詰めた。


「おい、来るぞ!!」


 いち早く察知した茶髪が危機を知らせ、すぐにふたりから離れる。

 続くようにワタルも緑髪を突き飛ばして離脱。緑髪だけが尻もちをつき、その場に取り残された。そして――。


「えっ、ちょ、ま――」


 間髪入れずグリフォンの左前腕が叩き降ろされた。

 バシュンと鮮血が弾け飛び、肉がひしゃげる音が辺り一面に響き渡る。

 胴体はペシャンコとなり、首から上の部分が地面をゴロゴロと転がる。

 やがてそれは小石にぶつかって止まった。

 彼の瞳からはまだ生気が失われておらず、苦悶の表情を浮かべながら仲間たちのほうを見つめていた。


「う、うわぁぁぁ!!」


 パニックになった茶髪がワタルを置いて逃走を図った。しかし、それが却って相手を刺激してしまった。

 狙いを定めたキンググリフォンが口を大きく開いた。口内に周囲の風が吸い込まれ、体内の魔力と混ざり合うことで舌の上で風の渦が形成される。

 怪物がピタリと呼吸を止めた。


「ガァァァ!!」


 裂孔の瞬間、空気の大砲エアブラストがキャストされた。

 音速の空気弾が宙を切り裂きながら獲物へと突き進む。

 言いしれぬ悪寒に背中を突き刺されて彼が振り向いたとき、すでにその体は粉々に砕け散っていた。

 恐怖や痛みを感じることもなく、肉塊と化した仲間を目の当たりにしてワタルは言葉を失った。


「……っ」


 数秒で視線を戻せば、王者の眼光が注がれている。

 次に狙われるのは自分だ。状況を理解したワタルは悔しさのあまり奥歯をギリっと噛み締めた。


「舐めんじゃねえよ、ケダモノごときが――」


 名家の生まれであるものの、お世辞にも出来がいいとは言えない彼は、いつも誰かに白い目で見られて馬鹿にされてきた。

 それがきっかけで不良となり、迷惑系配信者として人生を歩んできた。

 親の力で助けられたことは幾度となくあった。アイシャへのメントスコーラの件も親の影響力を考慮して穏便に済まされた。

 だが、魔物に親の威光など通じない。


「この世に俺を見下していいヤツなんていねーんだよ!」


 キレた。ありったけをぶつけてやる。

 ワタルは両手を両面に構え、魔力を掌に集約し始める。

 稲妻がバチバチと大きな音を立てて迸り、密度の高い魔力の圧縮され、上半身に迫る大きさの光弾が誕生する。


「これが俺の最大火力だ。受けてみろよ、木偶の坊」


 啖呵を切ったワタルが最後のトリガーを引く。


「サンダーバーストォォォ!!」


 魔法名と共に放たれたのは電線を一本ぶんの太さを誇る光線状の雷弾砲だった。

 ライトニング系の上位であるサンダー系、その中でも高威力に分類される中級魔法サンダーバースト。

 その威力は大木数本を貫通し、巨石おも叩き割る破壊力を秘めている。

 そこに体内の全魔力を込めているため、威力は平均的なものよりも高い。

 通常種のグリフォンならば、成体であっても一撃でトドメを刺せる魔法だ。

 キンググリフォンはそのレーザーを躱すでもなくただじっと見つめていた。

 勝った。ワタルはそう確信した。

 撃つまでのタメがあるため、獲物に当てるのが困難な技だが、一度放ってしまえば、かなりの速度で対象を貫いてみせる。

 実際、この技で多くの魔物を仕留めてきた。いかに鷲獅子の王者といえど、直撃すればタダでは済まない。

 仮りに殺せなかったとしても、隙を見て逃げればよい。

 算段を立ててワタルがほくそ笑む。

 ところが攻撃が当たる間際、王者の周りをグルっと囲むように風が舞い踊る。直後、雷がそれ以上、前へ進まなくなった。


「んだとっ⁉」


 異変に気がついたワタルが声を上げる。カウンターマジックでも使ってきたのか。

 そんな高等魔法、四足歩行型モンスターに扱えるはずがない。

 ならどうして。

 予想外の事態に混乱する中、徐々に雷の威力が弱まっていき、やがて光の柱が消滅する。

 そこでようやくワタルはなにが起こっているのかを理解した。


「高密度の魔力を帯びた風……」


 そう、キンググリフォンは風を操る力を身につけている。

 その風を体外に放出した魔力とブレンドすることで強固な風壁を作り出し、攻撃を防ぐのだ。


「俺の切り札が、かき消されたってのか……」


 自慢の技が通用せず、茫然と立ち尽くす若い冒険者。

 そこに追い打ちをかけるが如く。


「ギャオ!」


 飛びかかるように詰め寄ったグリフォンが右腕を後方へと動かし、反動をつけて真横から彼を薙ぎ払った。


「ギィヤァァァァァァァァァアア!!」


 残った魔力でガードこそできたが、衝撃を無力化することなどの不可能。

 体中の骨がバキバキと砕かれ、同時に臓物が圧迫されて破裂する。ワタルは勢いよく宙に放り出され、そのまま崖下に落ちていった。


「ギャオオオオオオン!!」


 勝者の雄叫びが高らかに鳴り響く。

 これが「烈風の王者」の異名を持つキンググリフォンの力、その一端であった。

 不届き者を成敗した彼だったが、まだ怒りが収まらないのか、空へと舞い上がったのち、次なる獲物を探して麓へと降りていった。

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