第11話 ヘルゲート一派の迷惑配信 その2

 例えようのないほどの不快感を覚えた悟が口を開いた。


「……人間のクズだな」

「ボク、今まで色々な人たちを見てきたけど、ここまで酷いのは結構、稀かも」


 長い人生の中、善人だけでなく悪党も見てきた彼女にとって画面の中で暴れる若者はかなり醜い部類の存在に思えた。

 彼らはモンスターを視認するや先ほどの鬱憤を晴らすように手当たり次第、魔法で攻撃していく。

 騒ぎを聞きつけた冒険者が注意するも聞く耳を持たず、攻撃を続行――木々に火が燃え移ろうが関係なく魔法を行使する。

 やがてフロア入りした警備員たちの足音が後方で鳴った。

 いち早く気がついたワタルは巨大な風の刃を形成する「エアブレード」で木々を切断、通路を塞いで仲間たちと森の奥へと行方をくらます。

 配信は継続中だが、画面が真っ暗になった。居場所の特定を防ぐためだろう。


「なにがしたいんだろうな」


 もはや常識の外にあるワタルたちの思考。

 真っ当な考えを持った悟が解釈できるはずもない。


「もう説教なんてもんじゃ済まないだろうに」


 理由もなくダンジョンの通路を塞ぐ行為は違法行為に該当する。

 おまけに戦闘終了時、火を消さずにその場を離れることも状況によっては放火罪が適用される。

 彼らの行為は悪質を越えた限りなくアウトに近い蛮行だった。


「画面暗いままだね」


 アイシャが悟の顔を覗き見た。判断を求めているようだった。

 彼はしばし考えてから。


「そのままにしてくれ」


 行動範囲内で発生している事件。冒険者として無視できない。


「なにかあったら連絡を頼む。ちょっと武器、見てくる」


 そう言って悟はリビングを出て自室に向かった。


「悟って仕事熱心だよね」


 ひとり室内に取り残された少女がつぶやく。

 こんなとき、彼がやること言えば武器の調整や戦闘で使う備品の確認だ。


「そーいうとこ尊敬してるけどさー」


 アイシャが腕を組んで天井をみやった。


「蚊帳の外なのは寂しいねぇ」


 作業を手伝おうに銃器には触れられず、持ち物の整理も悟がやったほうが早い。

 不死鳥の少女にできるのは純粋な戦闘のみ。

 彼女はタブレットを手に持って食卓を離れ、ソファーに座った。


「エディ、今日ボク生配信したんだけどさ、どうだった?」

 ――とてもかっこよかったです。

「ホントォ? どのあたりがよかった?」

 ――……メントスコーラを拒否したところですかね。


「えー、そこは地味だった気がするけどなー」


 最近のAIは性能がよく、人との会話程度であれば難なくこなせる。

 たまに言い間違いや勘違いがあるも指摘して訂正すれば、同じミスを犯すことは滅多にない。

 アイシャが時間を潰す中、悟は自室の机のバッグやポーチを並べ、足りなくなったアイテムを詰め込む。

 その際、ふと写真立てが光った。四角い木枠の中には悟ともうひとり別の人物がとても晴れやかに笑っていた。

 一時間後。あらかたの作業を終えた悟がリビングの扉を開ける。


「なにか進展は?」

「山岳地帯に足を踏み入れた三人がグリフォンと戦ってる」

「グリフォンか。警備員は?」

「後方で様子をうかがっているみたい」

「そうか」


 鷲の頭と翼、ライオンの胴体を持ったグリフォンはゴブリンたちを凌ぐ力を持つ。

 主に三級〜二級の冒険者に討伐依頼が回される傾向にあり、悟も何度も交戦している。

 彼らは風魔法に耐性を持つ反面、雷属性に弱く、戦う際は雷による攻撃を中心にプランを練るのがセオリーだ。


「連中、何級の冒険者なんだ?」

「わかんない。――エディ、ヘルゲートワタルとその取り巻きの冒険者ランクを教えて」


 質問の返答をAIに投げればピコンっと機械音が鳴る。


 ――ヘルゲートワタルは迷惑系冒険者とあだ名される人物でそのランクは三級です。他のメンバーは情報がないのでわかりません。


「だってさ。……意外だよね、悟の一個下の階級だなんてさ」

「あぁ」


 冒険者のランクは一から六まであり、初心者は六級から始まる決まりとなっている。

 また国からその強さを認められた場合「国家級」と称されることもあり、その実力に近い冒険者を「準国家級」と呼ぶケースもある。


「ランクまで親の力で買ってなきゃいいんだがな」


 皮肉を語ってタブレットに目を移す。空を飛ぶグリフォンはやや小ぶりといった印象でメスもしくは成体未満のオスと推測できる。

 敵に狙いを定めて茶髪が魔法を撃つも当たる気配がない。加勢に入った緑髪の繰り出す初級風魔法もグリフォンの羽ばたきにかき消される。


「取り巻きは五級に毛が生えた程度だな」


 明らかに振り回されている両名をみやって評価を下す。

 配信中のワタルも同調したように舌打った。


 ――お前ら、ちょっと引っ込んでろ。俺が手本を見せてやるよ。


 ワタルは右掌に魔力を集中させ始めた。

 数秒も満たないうちに稲妻が迸り、やがて雷の槍が形成される。

 槍の長さが二メートル付近に到達したところで成長がピタリと止まる。


 ――ブチかますぜー、ちゃっと撮れよお。


 大きく息を吸い、やり投げの構えを取ったのち、大声で魔法名を言い放つ。


 ――サンダーランス!!


 綺麗なフォームから放たれた雷の槍がまるで投げやりのように宙へと打ち上がり、グリフィンの土手っ腹を深く抉った。


 ――ガァァァァァァッ!!


 さらに弱点である雷が体内で暴れ狂い、臓器を焼き尽くす。

 痛みに耐えかねたグリフォンは体勢を崩してそのまま地面に落下した。

 悶えるモンスターに茶髪と緑髪が駆け寄って魔法を浴びせまくる。

 通常種のグリフォン自体、魔法耐性そのものは高いとはいえず、至近距離からの直撃をもらえば初級魔法でもそれなりのダメージを受ける。容赦のない攻撃に弱る獲物。

 頃合いと見たワタルがふたりを下がらせ、ぐったりと横たわるグリフォンの首を抜刀した剣で斬首した。


 ――ま、こんなもんよ。どうだ、アンチども。お前らには一生かかってもできねーだろ、カハハハッ!


 胴体から別れた頭に剣を突き刺し、斜め上に掲げてみせる。

 それでもアンチと呼ばれた連中はバッシングを止めない。


〝調子に乗んな〟

〝そのグリフォン、小さくね?〟

〝まだ子供だよね。サイズ的に〟

〝幼体潰してイキってんの草。殺るなら成体を殺れよ、イキリ虫くん〟

〝弱い者いじめしかできないカス定期〟


 ――ああん? チャット欄でしか強く出れないカス共がなんだって? 家の中で批判すんのは誰でもできんだよなー。資格も取れない引きこもりの無産オタクくんにはわかんねーだろうけど。


 限度を知らない煽りにチャット欄の怒気が強まる。それを見て、ワタルは「ありがとー、養分になってくれて」とほくそ笑んだ。

 視聴していた悟が不愉快といわんばかりに鼻を鳴らす。


「もう切っていい。こんなもの、観る価値もない」

「そだね」

 彼女も同意見だったようで、すぐ動画を閉じた。

「なんか、嫌な気分になったよ」

「同感だ。上は何やってんだろうな、ホント」


 あんなガキ一匹に好き勝手やられているとは。

 環境省のお偉いさんのご子息とあって優遇されているのは間違いない。が、限度があるはずだ。

 とっとと武装した警察や軍隊でも派遣しろ。

 悟は毒づいて、ソファーに腰を掛けた。スマホをチェックするも誰からも連絡は入っていない。

 今回の件は警備員案件であって凶悪なモンスターが出たわけでもない。

 通常のグリフォンならば数さえあれば警備員にでも相手が務まる。

 二級冒険者に出番はない。となれば寝るまで暇を潰すだけだ。


「アイシャ、ゲームでもするか」

「お、いいねー。なにする?」

「お前の好きなのでいい」

「おっけー。ならスマデラEXで」


 ゲームを起動したふたりは対戦ゲームで時間を潰す。


  ◇


 ふたりがゲームで己の腕前を披露し合う中、ワタルたちの蛮行は続いていた。

 警備員や協力要請を受けた冒険者たちがワタルたちを拘束しようと試みも、連中は魔法やスモークで応戦。

 逃げながらモンスターに牙を剥く。ゴブリンやコボルト、スライムなどは当然としてオークやワーグ、マタンゴ、アルラウネを駆除して回った。


「俺たちTUEEEE!!」

「モンスターYOEEEE!!」


 茶髪と緑髪が大空に向かってシャウトする。

 実際はワタルが的確に攻撃を当てているだけで、ふたりはアシストしているだけだが、それを自分の成果と誇っているようだった。


「ふん、調子がいいねぇ」


 俺のおかげじゃねえか、と言いたげに鼻を鳴らす。

 すると察したふたりが示し合わせたようにリーダーを褒める。


「全部、ワタルのおかげだぜ!」

「そうそう。やっぱ俺らのボスだわー」

「はっ、たりめーだろっ」


 声のトーンは変わらないが、気を良くしたのは確かだった。生配信もアンチの勢いが削がれ、ファンや過激派のコメントが目立つようになった。

 スマートウォッチで一時的にドローンの音声を切ったワタルがふたりに告げる。


「そろそろズラかるぞ」

「OK。けど、どーやって逃げるんだ?」


 茶髪が問う。


「ダークウェブで調べてんだが、5階層には抜け道があるそうだ。そこを利用して脱出する」

「そんなもんあんのか。初耳だな」

「だろうな。つい数日前に発見されたようで、ダークウェブでも通しか知らねえ」

「よく突き止めたな、ワタル」


 関心したようにうなずく緑髪。


「こーみえて情報通だからな」


 そう言って、スマホを取り出す。

 画面にはマップのデータだけでなく、抜け穴へ繋がるルートが表示されている。

 流れのまま配信を終えた一行はこのナビ通りに歩を進める。

 要所に仕掛けられた監視カメラを避けながら歩くこと二十分と少々。山岳エリアの中腹、山道から外れた人目につかない場所にこじんまりとした洞穴があった。

 内部からピンク色の光が漏れ出している。

 転送用魔法陣だった。広大はダンジョンにおいてすべてを把握するのは困難を極め、稀にこうした未発見の魔法陣が見つかるがある。

 冒険者には報告義務があるのだが、一部の冒険者たちは仲間内で情報と利益を独占したがために義務を無視する。それが闇サイトに流れしまったのだ。


「おっし、情報通りだ。あれが7階層裏口に繋がってるらしい。近くには職員用の転送魔法陣がある。それを使えば逃げれるはずだ」


 入り口までおおよそ三十メートル。勝ちを確信したワタルが息をついた。しかし、そのときだった。


「ギャオーーーーン!!」


 上空に巨大な物体が出現し、一瞬だけワタルたちの周囲に影を作り出しては消えた。


「あぁん、なんだ――」


 最初に異変を感じ取った茶髪が顔を上げる。

 視界の端に映ったのは巨大な鷲獅子だった。

 それが急旋回してからワタルたちの目の前に着地する。

 風圧で取り巻きが吹き飛ばされ、ワタルだけがその場に踏みとどまる。


「クソッ、どういうことだ⁉」


 不意をつくアクシデントに動揺を隠せない。

 やがて暴風が弱まり、ワタルが顔を守っていた両腕を下ろすと。眼前に黒い体毛のグリフォンが立ちはだかっていた。

 先ほどの個体はとは比べ物にならないほどの巨躯。軽く見積もって不死鳥形態のアイシャの五倍はあった。

 姿を認識したとき、ワタルは唖然とした。


「烈風の王者『キンググリフォン』だとッ⁉」

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