第10話 ヘルゲート一派の迷惑配信 その1
「生配信、成功を祝して、乾杯!」
「イエーイ!」
無事、生配信を終えて帰宅した悟は、デリバリーサービスを使ってピザやポテトにパスタとサラダ、それに搾りたてオレンジジュースやフルーツ盛り合わせを注文する。
受け取り次第、食卓に並べて同居人と祝杯を上げた。
「あー、やっと解放されたぁ〜」
悟が特大のため息を漏らしてから缶ビールを口いっぱいに流し込む。
「くぅ〜、キンキンに冷えてやがる〜。サイコーだあ。……ノンアルコールだけど」
酔わない酒を物足りなさげに見つめる悟。アイシャが疑問を呈した。
「その黄色い液体ってさぁ、美味しいの?」
「まあ、美味しいっちゃ美味しいか、な」
ビールの魔力は子供にはなかなか伝わりづらく、たとえに苦労する。
「アイシャには飲ませられないけどな。モラル的に」
少女の姿をした彼女にビールを飲ませるわけにはいかない。ノンアルであろうと同様だ。
「それの匂いあんまり得意じゃないから」
けれど、アイシャは興味を持たず、オレンジジュースをストローで啜った。
「うん、甘くて美味しい。ボクの知ってる柑橘類じゃないみたいだ」
「アガルタのか?」
悟が尋ねた。
「そうそう。あっちにも似たものがあるんだけど、固くて酸っぱいんだ」
「こっちは品種改良が進んでいるからな。美味しいんだろうさ」
アイシャはうなずいてからフルーツに手を伸ばした。どんだけ好きなんだ、と呆れるも不死鳥の生態を考えれば、そういったものを好むのも理解できる。
肉を好まない彼女にとって草類や果実、豆類が主な栄養源だ。
魚も食べるそうだが、自分で捕まえることはせず、お供物として提供された品を口にしていたそうだ。
幸せそうに食事を楽しむ少女を眺めていると胃袋が刺激される。
悟はピザに手を伸ばして彼女同様、口いっぱいに頬張る。
「うまっ」
人工物で味を補強されたそれは自然にはない強烈な刺激を舌を通して脳内へと届ける。
重ねるようにビールで押し込めば、程よい刺激が喉を駆け抜けて爽快感を得られる。
「ん〜。やっぱこの組み合わせ――鉄板だな」
「サラダ、貰っていい?」
「いいよ。ちゃんと取皿に分けてな」
言いつけ通り、サラダを取り分けた彼女はオリーブオイルと少量の塩で野菜を摂取する。
「このオリーブオイルって美味しいよね。マイルドで癖がなくって」
「種を取り除いて丁寧に作られたオイルだからな、それ」
酸度0.2%以下の本場のオイル。それも種を抜かれ、青臭さや苦さを極限まで抑えた品物。塩も精製塩ではなく天日干しで作られた天然塩だ。
少々値は張るがアイシャの体に入るものは彼女の口に合うかつ健康に良いものを選んでいる。
食事量も育ち盛りの女子中学生より少し多い程度であり、決して大食いではなく、家計への圧迫も微々たるもの。
むしろ外食の回数を控えるようになって悟自身、体の調子が良くなったなと感じている。
緊張で腹が減っていたのか、ふたりは黙々と食べ続ける。
腹が膨れたところで両者、息をついた。
「食った食った」
悟が飲み物を取りに席を立つ。
話し相手がいなくなったことを機にアイシャもテーブルにタブレットを取りに行く。食卓に戻った悟は冷えた水で口を潤す。
少し遅れてアイシャも戻り、タブレットのロックを解除する。
「動画でも観るのか?」
「うんん。SNS観る」
自身の配信がどのような影響を及ぼしているのか、彼女なりに気になるようだった。
アルファベットの〝T〟が印象的なアイコンをタップしてトイッターを起動する。
ハッシュタグは『#Aisha』『不死鳥』『ヘルゲート敗北』『伊達の女傑』などが上位入りしている。
「ギルドマスターもトレンド入りか。……インパクトあったもんな、アレ」
権力を武器に好き勝手する若造に屈することなく正論を叩きつけるギルドのボス。誰もが求める大人の姿だった。
当事者たちも湧いたのだからネットでお祭り騒ぎになるのも納得だ。
続くように『美人職員』『ミラ◯レアス』と生配信関連が上位を独占していた。けれど悟を表すようなワードがひとつも見当たらない。
「俺も居たんだがなぁ」
自分がキャッチーな見た目ではないのはよく知っている。だが、いざ盛り上がりの外につまみ出されると疎外感を覚えるのが人間だ。
「そうだよね――ん?」
ワードを確認しつつアイシャがそっとフォローを入れるも、表示されたハッシュタグに目を奪われる。
「『ヘルゲートリベンジ』……何これ」
穏やかとが言い難い言葉。悟も目を点にして、
「アイツら、またなんかやってんのか」
アイシャにタグをタップするように促した。
彼女がパネルにタッチする。
一番上に表示された書き込みに切り抜かれたと思われる動画が添付されていた。
「観ていい?」
「ああ」
返事を聞き、彼女が動画を再生させる。
映し出されたのは、転送用魔法陣の部屋に彼らが押し入り、職員の制止を振り切ってダンジョン内に転移する光景だった。
転移したのは花京院ダンジョン5階層。
斜面が急な山岳エリアの下に森林が広がる広大なエリアだ。
出現するモンスターも一階層とはだいぶ異なり、森林部にはアルラウネとトレントなどの植物系、山岳部にはハーピーやグリフォンといった鳥類系モンスターが生息する。
特にグリフォンは空中から風のブレス吐いて襲いかかってくるため、相応な威力を持つ飛び道具がないと苦戦を強いられる。
しかし、グリフォン以上に強いモンスターが存在せず、三級程度の実力があれば十分に渡り合える。
もちろん彼らの中にも『王者』を名を関する強力な上位種がいるが、現在はダンジョン下層でしか確認されていない。
そのため、この階層は安全なフロアに該当し、山岳部に資源採掘を目的とした施設が建設され、ダンジョン作業員たちが交代を繰り返しながら働いている。
――おい、さっき俺を小馬鹿にしたアンチ共! 見てろよ。今から暴れてやっからさぁ!!
ワタルが画面に向かって吠える。
彼ら三人は先ほどの制服に加えて剣やマジックロッド、頑丈そうな背嚢を背負っており、対モンスター用の装備を整えて花京院ダンジョンに戻ってきたようだった。
「警備員に連れてかれてこっぴどく叱られたんじゃなかったのかよ⁉」
帰り際、ワタルたちに怒鳴る警備隊長の声を耳に入れていた悟にとって連中の行動は常軌を逸したものだった。
さらに彼らは言葉を吐き連ねる。
――この階層にいるモンスター共、狩り尽くしまーす!
――俺らの力に怯えてひれ伏せ!
茶髪と緑髪が視聴者を挑発したところで切り抜きは終わっていて、書き込みの最後にはご丁寧に生配信のリンクが貼られていた。
「配信サイトに飛べるけど、どうする?」
「サイトのURLは某動画配信サイトか――問題なさそうだ」
「わかった」
すかさずサイトに飛ぶと生放送の真っ最中だった。
チャット欄は荒れに荒れ、罵詈雑言が飛び交う修羅場と化していた。
ふたりは下劣なコメントを視界に入れぬよう、画面のほうへ意識を向けた。
舗装された道を突き進むワタルたち。
そのまま、ずかずかと森の中に押し入った彼らは、道路脇に生えている草木の影に隠れているゴブリンやコボルトたちを視認する否や。
――ファイアボール。
――ウィンドカッター。
――ライトニング。
出の早い初級魔法をモンスターたち目掛けてキャストする。
距離の都合、何体かは直撃を避けて逃げたおおせたが、不運にもコボルドの脚に風の刃が当たり、その場に転倒する。
――おうおう、転倒しやがるぜ。
くくっと笑みをこぼした緑髪は追撃のライトニングを放ち、コボルドの顔面を焼いた。
――ヒギャアアア!!
悲鳴を上げる二足歩行の犬型モンスター。
さらに茶髪がウィンドカッターで両手を引き裂き、腕を上がらせなくしてから。
――派手に火葬してやるよ。
口笛を吹いたワタルが悶えるコボルトの正面まで近づき、魔法の杖を脳天に突きつける。
――フレイムスロワー。
ファイア系の上位魔法にフレイム系。その中に名を連ねる「フレイムスロワー」は放射状の火炎を浴びせ続ける魔法だ。
威力はアイシャのブレスには遠く及ばないが、コボルトを焼殺するには十分すぎる威力を持つ。
――ギャアアアアアアアア!!!!
断末魔が辺り一帯に響き渡り、弾ける火炎が肉を焦がし、木々を燃やす。
――はっはっはっ、愉快痛快だぜ。弱い者いじめ、気持ちぃ〜〜〜。
ワタルは浮遊ドローンを手招きで呼び寄せ、視聴者に遺体を処刑シーンを見せつけるように体を避ける。
もちろん、モザイクがかかっているが、なにがなされたのかの理解は容易だ。チャット欄が荒れる。
〝やり過ぎやろ〟
〝悪趣味すぎる〟
〝人の心とかないんか?〟
〝悪質行為だろ、それ〟
〝いい加減にしないと女傑にしばかれるで〟
――あぁん? あんなババア知ったこっちゃねえよ。カスが!
あろうことかギルドマスターへの暴言を吐いてのけた。
――俺はアンチと権力には屈指しねぇって決めんだよ。
〝それをギルドマスターの前で言えや、チキン野郎が!〟
〝お父様の力がなきゃイキれないミジンコがよ〟
――はっ、言ってろバーカ!
子供じみた反論を行い、ワタルたちが先を急ぐ。
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