第9話 ふたりの生配信 その2
「どうも、ヘルゲートワタルと」
「「その仲間たちでーす!」」
「へ?」
「さっきの奴らか?」
配信の数時間前、警備員と衝突して連れて行かれた迷惑系配信者三人組だった。
彼らを撮影するように後方には配信用ドローンが浮いている。
どうやら、向こうも生配信中のようだった。
「今から自称不死鳥ちゃんこと、アイシャちゃんにメントスコーラをやってもらいたいと思いまーす」
「「イエーイ!」」
「は?」
呆れた悟が顔を引きつらせた。
少し遅れて仲間を引き連れた隊長がステージへ突入する。
「お前たち、開放した途端、これか! 取り押さえろ!」
「はぁ? 職権乱用すんなよ、底辺警備員が!」
「ちょ、汚ぇ触んな!」
「舐めてんの? お、お、お?」
警備員と取っ組み合いになりながらも文句をつけ、それでも諦めずにワタルはメントスコーラを迫った。
「いや、汚れるからムリ」
アイシャが断ると「は? 俺のコーラが飲めねえってのか⁉」と逆ギレする始末。咄嗟に悟が前に出てアイシャを後ろに下がらせた。
その無礼な振る舞いにチャット欄が「放送事故だ」「迷惑配信者じゃん」「マジキモい」と批判的コメントが流れる。
一方で「いいぞ、ワタル!」「メントスコーラ成功させろ!」など煽るようなコメントも存在し、次第にアイシャのファンとワタルのファンがチャット欄で口汚く罵り合う事態に発展する。
緊急事態にナギサもステージ内に入って、アイシャや近くにいた山下を庇うように悟の横に並んだ。
数分の押し問答が続き、警備員が続々と流れ込み、ワタルたちは十人の警備員に拘束されそうになった。
襟首を掴まれ、舌打ちした緑髪が「あぁん、やんのか、ゴラァ!!」と叫んで後ろの警備員に軽い肘打ちをかます。
肘が顔に当たり、警備員の口が切れて出血する。我慢が限界にきた隊長が「暴行確認!」と叫び、警備員の勢いが増す。
「チッ、腹立つ!!」
自慢の金髪の襟足を掴まれたワタルの怒りが頂点に達し、自身の体に魔力を巡らせて身体を強化。目の前の警備員を蹴り飛ばした。
飛ばされた警備員は腹を押さえている。もはや言い逃れができないレベルの暴行だった。
彼らの蛮行に憤りを覚える悟だったが、目に漆黒を宿して怒るナギサを一目見て血の気が引いた。
このまま殴り込みに行くんじゃ、と心配する中、彼女のスマホがブルブルと振動した。誰からの着信のようだった。
画面に表示された名前を見た瞬間、彼女は即通話に応じた。
「はい。出雲です。えっ、アイツらと――わかりました」
要件を聞いたナギサが「ふたりはここで待ってて」と告げ、ヘルゲートたちのところへ早歩きで向かうなり、スマホを横にしてかざし、大きな声で喋った。
「はいはい! ヘルゲートの皆さーん、こちらを御覧くださーい」
「あぁん?」
乱闘なりかけの修羅場に響いた若い女の声に、一同の視線が向いた。
スマホの画面には薄ピンク色のスーツを着こなした還暦の女性が映っていた。
場所は執務室だと思われる。彼女は椅子に座ったまま若者たちに語りかけた。
――お久しぶりですね。ヘルゲートワタルさん。
「げっ、アンタは⁉」
ワタルが目を丸くした。
「誰だ、このおばさん」
と茶髪がこぼす。
――そちらの皆さんは初めましてかしら。わたしく、仙台ギルド代表
丁寧な口調で放たれた言葉にはかすかに怒気が混じっていた。
「ギ、ギルドマスター……」
さすがの緑髪も言葉を失った。
何を隠そう彼女こそ仙台ギルドのボスたる「ギルドマスター」である。
――わかっていただけたようですね。では担当直入に。配信の邪魔です。警備員さんの指示に従って即刻ここから立ち去ってください。拒否するなら宮城県内における冒険者活動の一切を禁止します。いいですね?
「「はぁ⁉」」
取り巻きたちが呆気に取られて大きく口を開けた。
「ちょっと待て、ください。俺たち、そこまでのことしてないですって」
ワタルが抗弁する。
――いえ、十分すぎるほど、暴れているでしょう。警備員さんに怪我までさせて。
「いやいや、それは俺じゃないですけど」
――組んでやったことなら連帯責任です。それにあなたも暴行しましたよね。
「そ、それはたまたま、足が当たっただけでーー」
――これ以上、付き合う気はありません。これが最後です。警備員さんの指示に従いなさい。
言われっぱなしが癪に障ったのか、茶髪がワタルを指さして言った。
「おいおい、そんなこと言っていいのかよ? コイツ、親父は――」
茶髪の発言を大友が遮る。
――ええ。よく知ってますよ。その上で申し上げています。早く立ち去りなさいとね。
ギルドマスターは権力に屈することなくバシッと言ってのけた。勢いに圧倒された三人は抵抗する気力を失った。さらにダメ押しと言わんばかりに。
――処分は追って通達します。
そう言い終えると大友は通話を切った。スマホをポケットに入れたナギサが警備員さんにペコリと頭を下げた。
「あとはよろしくおねがいします」
「わかりました。ほら、行くぞ」
不届き者三人は警備員たちに連れられてこの場を去っていった。その後ろを撮影用ドローンが追尾するように追っていく。
遠のく背中は先ほどよりも一段と小さく見えた。
「お騒がせしました」
ナギサがカメラの外に下がる。
「さすが我らがギルドマスター」
格上に対して一切怯まず、歯に衣着せぬ物言いをすることから大友は『伊達の女傑』の異名を持つ。
新人時代から仙台を中心に活動する悟にとって大友は顔見知りの上、直属の上司のような存在。
また同い年の出雲ナギサの母方の祖母であるため、プライベートでも付き合いがある。
「カッコいいねぇ〜、あの人」
堂々した立ち振舞いは同性のアイシャにとっても魅力的だったようだ。
突然のヘルゲート劇場の終幕にチャット欄が湧く。
〝ギルドマスターTUEEEE!!〟
〝伊達の女傑降臨とか、マジウケる😂〟
〝ヘルゲートもギルマスには勝てないよなぁ……〟
〝それに暴行の証拠も映ってるし、いかに親が権力者だからってこれ以上の迷惑行為はムリだろうな〟
〝ヘルゲートオワタwww〟
〝ざまぁ!〟
〝スカッとしたわ〟
〝今、配信中のヘルゲートのチャット欄、すげー荒れてるwww〟
〝被害者たちとアンチが勢いづいてて、阿鼻叫喚やでwww ヘルゲファンだんまりで涙目やで!〟
〝つーか、ギルドマスターとの通話を繋いだ女の人、美人だったなー。誰なんだろ〟
〝冒険者さんの隣で後ろのふたりを守ってたから、たぶん職員さんだね〟
〝意外と冒険者さんの彼女だったりして……〟
〝まぁ、仕事できそうだから彼女もいるだろうな……〟
〝やり手やねー〟
ワタル一派への悪口からナギサについての憶測まで様々な話題がなされていた。
数十秒ほど間を置き、平静を取り戻した山下が撮影ポイントにソロソロと戻り、悟たちも彼女に続いた。
「えーと、そのアクシデントに見舞われてしまいましたが、続行させていただきます。それではアイシャさん」
「うい」
気を取り直してアイシャが靴を脱いで悟に預け、ふたりから距離を取る。
カメラマンが持つカメラが彼女の姿をスッと追いかける。
十メートルほど歩いたところで、アイシャがカメラのほうに視線を合わせた。
「いくよー、ちゃんと見ててねー」
合図と同時に彼女の体から白い粒子が放出する。神秘を帯びた光だ。
周囲に散ったそれはまもなく巨鳥を形に再形成し、不死鳥を顕現させる。
光のベールから真紅の巨躯を持つ神獣が姿を現すと、現場からも声が上がった。
それは恐怖というよりは神秘の目の当たりにした人間の歓喜に近い。
〝やべえええええええええええええええ〟
〝かっけえ!!〟
〝これはCGじゃムリだわwww〟
〝本物の神獣様確定や……〟
〝うん、間違いないと思うね。隣にいる長老も口開けて「不死鳥様だ……」って言葉失ってる〟
〝不死鳥が日本の、それも仙台にいたんやね〟
〝それも美少女〟
〝ありがたや〜〟
〝とりあえず、投げ銭しとこっ ¥240〟
〝😊 ¥10000〟
〝おい、神社の建設はまだなのかよ!〟
〝どこ建てるの? 瑞鳳殿の近く?w〟
〝いやいや、現人神の神社なんだからさ。……青葉山辺りでいいじゃね?〟
〝正宗公の隣にアイシャ神像が立つんかwww いいじゃんwww〟
〝愛知県民のワイ、話についていけん🥺〟
〝心配すんな。旧都民のワイも蚊帳の外や〟
チャット欄もお祭りムード一色だった。無理もない。公式生配信による無加工の変身解除なのだから。
――皆、満足してる?
「してると思うぞ」
モニター上に流れるコメントを目で追いながら悟が答えた。
「え、どこから声が?」
突然、脳内に走る声に混乱する山下とスタッフに悟が「これはテレパシー、念波通信の一種です」と説明を加える。
「不死鳥形態のアイシャは声帯の都合上、人語を発せませんが、代わりにテレパシーを飛ばして人間と意思の疎通を行います。モニターなどを通した間接的な疎通となると保有する魔力量によって聞こえる方とそうでない方で分かれるケースがあります」
視聴者にもわかるように噛み砕いた解説を行い、アイシャを見た。
「そうだよな?」
――うん。
不死鳥が首肯してみせた。
神獣と呼ばれる者は意思の疎通をテレパシーで行える。
それはときに神通力と表現され、生命体に畏敬の念を抱かせる。
視聴者の反応は「聞こえない」が七割。残り三割が「聞こえた」に分かれたが、少しすると「とにかくスゲーんだな」で落ち着いた。
視聴者的には不死鳥アイシャの実在が確認できたことで満足のようだった。
時計を眺めていたナギサが悟にカンペを出す。『時間がないからまきでお願い』とのことだった。
悟はそれを一瞥すると、アイシャに指示を出した。
「よし、アイシャ。デモンストレーションだ。空に向かって炎を吐いてくれ」
――了解。でも、具体的にどこらへんに撃てばいいの?
「そうだな」
天気は雲ひとつない快晴。
配信びよりではあるが、強力な炎をアピールするにはやや物足りず、火炎を出しても視聴者が視認できるか不明だった。
見え方を工夫するしかない。そのためには近くで彼女に指示を出す必要がある。
「背中、乗ってもいいですか?」
自分を指さしながら悟は山下に問う。
「はい。構いませんよ」
「わかりました。ちょっとここを離れます。ナギちゃん」
「指示を出せばいいのね」
言わんとしていることを理解したナギサがすばやく返事した。
「頼む」
そう言って、アイシャの下に駆け寄った悟はそのまま地面を蹴って彼女のヒョイッと背中に飛び乗った。
「アイシャ、飛んでくれ」
――おっけー。
返事と共に翼を羽ばたかせて大空とへ飛翔する。その余波で周囲には突風が吹き荒れ、関係者たちは風から体を庇った。
あっという間に高台から計算して上空50mに到達する。悟はスマートウォッチを見やり、それが振動するのを待つ。すぐに着信が入った。
『ナギちゃん、カメラ写りはどう?』
『もう少し高台から距離を取ってほしいわね』
『そうか』
返事してアイシャに指をさして行き先を指示する。
カメラの焦点距離に合わせ、逆行にならないポイントに移動するとナギサからOKサインが出た。
「アイシャ、火炎を正面斜め下に放ってくれ」
――威力は?
「レッドオーガーを焼いたときと同火力で頼む」
――あいよ! 派手に行くぜぇ!!
大きく息を吸い込んだ彼女は空気中の魔素を体に取り込み、体内の魔力と合わせて一気に開放した。
「ギャーーーン!!」
咆哮が轟くと共に紅蓮の炎が放射状に噴出した。
まるで巨大なガスバーナーを彷彿とさせるそれは人間なら数秒で丸焦げになってしまうほどの高火力。チャット欄が「なんつー、火力だ!!」「黒龍ミ◯ボレアスやわ!」「レッドオーガーさん丸焦げもうなずけますわ」とざわつく。
眺める山下やスタッフもそうだが、ナギサでさえ「獄炎のシャワーね……。あんなの食らったら骨も残らないわよ」と舌を巻いた。
スタッフが欲しがっている絵が取れたことを確認した悟は彼女を降下させ、人間形態に戻るようにうながした。再び少女の姿を取ったアイシャに靴を差し出し、彼女はそれを履いた。
「これでわかってくれたかな。ボクは実在するぜ、みっしょんこんぷりーと!!」
画面の向こう側にお決まりのダブルピースが炸裂させると歓声のコメントが殺到、チャット欄がカクついた。
同時接続数も脅威の120万。女傑のヘルゲート撃退が話題を呼び、不死鳥への変身で爆発した形だ。
人気冒険者の深層攻略最終決戦配信が150万から200万の間と言われる中、事件の説明を兼ねた自己紹介配信でこの数字は異質といえる。
残すところは視聴者質問コーナーのみ――なのだが、スタッフから「巻きでお願いします」という指示が出る。
ヘルゲート襲撃のせいで時間がなくなったのが原因だ。それも中途半端に。
アイコンタクトのあと、山下はやや早口気味に言葉を発する。
「ありがとうございます。それでは、視聴者様からの質問コーナーと題しまして、ただいまより質問を受け付けます。チャット欄に書かれたものをこちらで選ばせていただきます。ただし、想定外の事態にて放送時間が圧迫されたので、急遽一問一答形式とさせていただきます」
山下が質問募集を告げると、視聴者たちが我先にと質問を書き連ねる。
コメント数は一分足らずで1000を越えた。
もはやアナウンサーひとりでコメントを精査するのは困難な状況。
ここは予定通り、スタッフたちが選んだ質問を選んでテロップに書き出す。
「えーと、まずはアイシャさんへの質問です。お歳はおいくつですか?」
「一万歳くらいかな。この姿になってからだと二年目だから二歳だけど」
アイシャが答えると、山下は目を丸くした。
二歳だとは聞いていたが、まさか万単位で生きているとは思わなかった。
けれど、一問一答と言った都合上、掘り下げることができない。
「一万歳⁉ それはすごいですねー。常盤木さんとはどこでお知り合いに?」
「二年前に日本の富士山ってとこで出会ったみたいだよ。ボクの前世がだけどね」
「ぜ、前世?」
山下が首を傾げた。
まさか前世を語られるとは夢にも思わなかったようだ。
「うん、そうらしいよ。ボクのその時のことはあまりよく覚えてないんだよね。もう少し大きくなったら思い出せるかもだけど」
目を瞑って唸る少女。
打ち合わせで聞かされていない内容がどんどん飛び出てて山下が言葉を紡げなくなっている。
さりげなく悟は「アイシャ、そのあたりは、な」と静かに自粛を促した。
「なるほど、そうでしたか――では好きな食べ物とご趣味をお教えください」
「果物と野菜かな。趣味は水浴びとゲーム。最近だとスマデラEXやってるよ。悟に勝つことが目標なんだ」
「あ、そうなんですか! ゲームおやりになるんですね!」
「よくやるよ。それとアニメも観るかな。スタジオ熱風のやつとかプ◯キュアとか」
「えー、プ◯キュアですか」
「うんうん、あれはボクの教科書みたいな作品だね。――格闘戦の」
「か、格闘戦⁉」
あのアニメを人生の教科書として捉えれる者は数あれど、格闘戦の教科書と発言する者は彼女くらいだろう。
予想外の答えに山下が面食らったような様子を見せた。
アガルタの不死鳥は自分たちとは異なった存在なのだと少しだけ自覚した。
チャット欄も同様で。
〝一万歳www〟
〝でも二歳児と考えれば成長はえーな〟
〝スマデラやってのんか!! 俺も一緒に遊びたいわ〜〟
〝プ◯キュア観てるんかwww〟
〝人生の教科書ではなく格闘の教科書とかコーラ吹くわwww〟
〝アイシャちゃん、キャラ立ってて面白すぎwww〟
〝アイシャ、おもしれー女、、、〟
ものすごい速度で文字のビックバンが起こっている。
「そうですか、ありがとうございます。次は常盤木さん。お歳と冒険者歴を教えてください」
「今年で二十五になります。先の大戦時にダンジョン内で産まれました。冒険者歴は三年の新人です」
「だ、ダンジョンで産まれたんですか⁉ それは、大変ですねー。ええっと、次は――」
彼が続く質問を数個ほど答えたところで配信が終了時間を迎える。
山下が配信の終わりを告げるとチャット欄から惜しむ声が続々と流れ、時間を削ったヘルゲートへの憎しみが噴出していた。
そのカオスなコメントたちを横目に山下が締めくくる。
「常盤木さん、アイシャさん。ご出演ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ」
「皆、楽しかったよー。またねー」
こうして仙台ギルドの公式説明という神事は興奮冷めやらぬまま幕を下ろした。
終了後に数々の憶測が飛んだのは言うまでもない。
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